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85.【東京第一特殊刑務所】奪還戦

八重樫編です

それと次回から始まる回想の内容はとあるシナリオの影響を受けた部分がありますので、もし問題が出れば削られます

ご了承ください

 其々の者達が戦闘を繰り広げている頃、【東京第一特殊刑務所】前に左足が義足の、歩行を補助する為の杖を突いた瘦せた男が立っていた。


 「はぁ、白昼堂々単独潜入指令とかついていない。しかも奪還しろとか」


 青息吐息を吐き出しそう愚痴る男―八重樫和也は外側に押し倒され、壁や地面に血痕や傷が刻まれた【東京第一特殊刑務所】を暫く眺めると、決心というより諦めが付いた様子で肩を竦めて息を吐くと押し倒されて歪んだコイル状に巻かれた有刺鉄線の付いたフェンスの奥にある敷地内へと脚を踏み入れた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ―パァン!

 ドサッ


 杖を持たない手で撃った銃弾が、襲い掛かってきた黄ばんだ白目の中に白濁した瞳を持ち、血の気の引いた土気色の肌をした服どころか肌すらボロボロで、所々喰い千切られた様な痕跡がある血塗れの、職員と思われる男の額を撃ち抜く。


 着弾の衝撃で後ろに大きく仰け反り、踏ん張り切れずにそのまま後ろに倒れた男は、通常ならば致命傷であるそれを受けて尚、活動を停止せず錆び付いたブリキ人形か出来の悪い操り人形(マリオネット)の様なぎこちない動きで、ブリッジをする様に床に手を付いて体を持ち上げようとする。


 八重樫は更に数発の銃弾を撃ち込むと、碌に血液を流す事無く男はその活動を停止する。


 「はぁ、これでエントランスはクリアかな?」


 元々は綺麗に磨かれた青白いタイルの床に受付カウンターや電子案内板、受付待ちに座るソファー等があるこの場所はすっかり荒れ果て、備品の数々は無残に破壊され、明るく照らしていた天井の電灯はその輝きを失っている。


 入って直ぐに襲い掛かってきた職員と思われる変わり果てた男女に躊躇いなく引き金を引いて対処した八重樫は拳銃のマガジンを取り出し残弾を確認すると、装填し直す。


 憂鬱な気分を紛らわす為に煙草を取り出したい衝動を我慢しながら周囲の物音などを確認すると、先程射殺した男の死体に近付き、跪くと調べ始める。


 「…財布か。職員用のIDカードを見た所、この男は間違いなく此処の職員の様だな。瞳孔は散瞳状態で変色が始まっている。死後硬直も何故か解け始めている」


 そこまで言った所で八重樫は顔を歪めると、心底不愉快だという様に吐き捨てる様に呟く。


 「まるでゾンビだ。死を冒涜した行為だ。原因を何としても排除しなければ」


 杖を突いて立ち上がると、外側に凹んだ鉄扉を開けてエントランスを抜けて廊下に入る。


 「ウグアァ…!」

 「ウアァアア…!」


 入った瞬間、中を徘徊していた数体のゾンビが扉を開ける音か、それとも差し込む光に反応したのか虚ろな双眸を顔ごと侵入者へと向ける。奥の暗がりの向こうからも覚束ない足音や動く影が複数見える事から一々相手にしていてはキリがない事が容易く予想出来た。


 「…この数は銃弾の無駄か。仕方ない【見えざる剃刀よ。彼の者を切り裂け】《幽体の剃刀》」


 八重樫は呪文を詠唱すると共に刃が仄かに輝く投擲向けの軽く鋭いナイフを取り出すと、柄の先にあるストラップ等が付けられそうな穴に、手首の腕輪から伸びるワイヤーの先の留め金を通して固定した。


 その間にゾンビの女が間近まで迫り、両腕を伸ばして掴み掛ろうとする。その時、突然右胸に何かに当たったかの様に体を傾げて動きが止まる。よく見ると女の右胸には薄く鋭い刃物で斬られた様な一筋の真新しい傷が出来ていた。


 女は直ぐに体を戻すとヨタヨタと近寄り、僅かに指が曲がった右腕を振り下ろす。八重樫は体を後ろに反らして、左回りに半身になると、晒された首筋に逆手に握るナイフの刃を突き刺した。


 抵抗も無く深々と突き刺さったナイフを引き抜くと一瞬プシュッと黒ずんだ血液が噴き出し、女はそのまま何かに手を伸ばす様に前に倒れる。


 男性職員が迫る。歩行補助用の杖の先を男性職員に向けると、義足を軸に右足を踏み出し、杖を槍の様に突き出した。


 滑り止めのゴムの付いた先端が男性職員の胸部を捉える。押されて後ろに数歩後退った隙に左手のナイフを男性職員に向けて投げた。


 吸い込まれる様に男性職員の胸に突き刺さったナイフは八重樫の左手を引く動作と共にワイヤーに引かれて抜け、腕輪にワイヤーが巻き取られてナイフは左手に戻った。ナイフには刀身に施されていた特殊なコーティング材によって、二度も人の体に刺さったにも関わらず僅かな血液一つ付いていない。


 男性職員が膝をついてうつ伏せに倒れるのを最後まで見る事無く薄暗い廊下の奥へと脚を進める。


 変わり果てた職員を対処しながら進んでいくと左右に道が分かれ、正面に小さな格子窓の付いた鉄扉がある場所に辿り着いた。左右に伸びた廊下の先は共に暗く、先が見えない。鉄扉の横にあるプレートには【独房棟】と書かれていた。


 試しにドアノブを回してみると何の抵抗も無く開く。蝶番が軋む音を立てながらゆっくりと開いて隙間から中を覗き込むと開け放たれた格子窓の付いた扉が並び、人影が彷徨い歩いていた。


 腰から手榴弾グレネードを取るとピンを抜いて【独房棟】の中へと投げ入れる。爆音が辺りに轟くと同時に素早く扉を引いて開けると、手足が損傷して移動できないゾンビをナイフで仕留め、爆発の影響が少ない離れた敵へと銃弾を放った。


 独房に収容されていた受刑者達は変わり果てて尚、能力を使える様で両腕が獣じみた毛深く、長く鋭い爪を備えた者や、火達磨になって動く人影等の姿があった。


 人ならざる力を持った屍人が生者である八重樫へと殺到する。


 八重樫がその間を擦り抜ける様に通り過ぎると数瞬後、彼らの首が滑る様に体から転がり落ちたり、不自然な角度に折れ曲がったり、180°回転して真後ろを向いていたりして一様にその場に倒れ伏した。


 八重樫が【東京第一特殊刑務所(この施設)】の制圧、奪還を命じられたのはそれ相応の実力があるという事にほかならない。少なくとも生前、【独房棟】の出入口に近い場所に収容される程度の能力を持っていた知能なき【特異体質者】や【魔人】では八重樫の相手たりえる事は決してなかったのだった。


 ワイヤーにより中距離の敵をナイフの刺突や斬撃で切り裂き、巻き付けて窒息や他の敵の攻撃に対する盾として無理矢理移動させ、近距離を引き戻して握ったナイフや右手の杖、義足になって尚衰えない格闘術により敵を確実に始末して進み、二階への階段を上る。


 最後の段を上り、二階の分厚い鉄扉を押し開けると、それ(・・)は居た。


 下三つのボタンを外した膝下程もある裾の長い白衣の上に透明なレインコートを着た、赤褐色の大小不揃いの斑点が左半分の部分に付いた顔の前半分を覆う白地の仮面を付けた、肩甲骨辺りまでくすんだブロンド髪を伸ばした人物が立っていた。


 身長は150cmより少し高い程度で、体の起伏からは男女の区別がつかない。辛うじて喉仏の有無で女性或いは少女である事が分かった。


 白衣の上に羽織ったレインコートをよく見ると、仮面に付いている様な斑点や小さなバケツでペンキを掛けた様な汚れが付着しており、赤と所々その他の色の物で覆われた床が伸びる室内から仄かに漂う鉄錆じみた生臭い臭いから、それらの正体が時間が経ち乾燥した血液である事を理解した。


 その時、扉を開けた八重樫に気が付いたのか、仮面の奥の視線を八重樫に向けると、耳障りな響く高い機械を通した様な何処か不自然な声が仮面から流れ出た。


 「あら?生存者?それとも侵入者かな?まぁ、どっちでもいいや


 ねぇ、貴方は此処までの間に、変異体は見たかな?まぁ、不適合の失敗作なんだけどね?


 所で【沼男スワンプマン】って知っている?思考実験の一つのアレだよ。私はね?試しに実際に造ってみたんだ。そしてとある馬鹿な男に其の試作品を試しに提供してみたんだ。確か『死んだ恋人を取り戻す』とか言っていたかな?上手くいくかどうかが興味深かったし、素人の狂人が扱った場合のテストにもなるからね


 だけどそれで最初に生まれた者は死体、其れも不完全な物を使ったからか、それはそれはそれは汚泥の様な不定形の化け物だったんだ。さらにそいつは馬鹿だから研究の途中で、自分が喰われて野放しになっちゃったんだ。そして世界は水面下で成り代わり始めたんだ


 でもそれでも良かったんだよ。見ていて飽きなかったし、馬鹿な男と成り代わった【沼男スワンプマン】は気付かず研究を続行していた。その裏で不定形な化け物は死体が生前もっていた記憶と愛情からなんと人の姿を取る事に成功したんだ!それで――」

 「もう良い。黙れ」


 両手を高く上げ、陶酔する様にやや纏まりの無い言葉で滔々と一人語るその人物の言葉を、八重樫の押し殺す様な低く短い声が遮る。杖を突いて室内に入りながら、左手で抜いた拳銃の銃口を目の前の人物に向けると、憎悪に満ちた眼差しを向け、怒りに満ちた声で宣言する。


 「先ず、君の言っている事に何一つ共感する事は出来ない。僕の掲げる思想と対極とさえ言えるだろう

 そしてあの事件(・・・・・)に関わっているどころかその原因であり、その引き金を引かせたであろう君の事を僕は絶対に許しはしない!君の事を今、此処で始末する!」


 開戦を告げる銃声が八重樫の拳銃から室内に響き渡る。八重樫にとって決して負けられない戦いが今始まった。

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