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83.真

戦闘再開!

そして台風大変でしたね(編集日10/14)

 兄の絶叫じみた問い掛けに紀矢子は口を開く事無く、斬り上げた【血吸・童子切安綱】を構え直して地面を蹴る


 その足取りは風を踏む様に軽やかに、されど確実に前に踏み出す一歩は力強かった。覚悟を決めた眼差しは前を見据え、眼前の敵を捉えてその一挙手一投足を決して見逃しはしない


 体に痛みは無く、活力が身を包み今までにない程に体が軽く、最高の動きが出来る事を確信した


 「クソッ!ふざけるな!この俺がお前如きに押されるなど認めないぞ!」


 兄は空中で仰け反った姿勢で握る右手を捨て、右手から抜けた日本刀を掴むと強引に姿勢を取り、魔力を纏わせ無数の斬撃を放つ。一つ一つがまともに当たれば只では済まない威力を持つ広範囲に拡散する斬撃が紀矢子へと迫る


 それなりの実力を持つ者でも対処が難しいであろうそれに対し、紀矢子の極限まで研ぎ澄まされた感覚は思考するよりも早く冷静な対処を行った


 一歩踏み出し右に少し体を数センチ傾ける

 ―頬を撫でる様に傾いた斬撃が通り過ぎる


 踏み出した脚を軸に左に一周する

 ―半身になったと同時に縦の斬撃二つが飛び、間を擦り抜ける


 そのまま魔力を刀身に纏わせ横薙ぎに振るう

 ―高威力の地面を走る斬撃と衝突し、再び【反鏡】を放って倍にして返す


 横薙ぎに放たれた斬撃は他の斬撃を悉く霧散させ、兄へと迫る。既に地面へと着地していた兄は慌てて迎え撃つ構えを取るも、間に合わず再び吹き飛ばされた


 「グオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」

 「終わりよ!今此処で私と兄さんの因縁に決着を着ける!」


 紀矢子は【血吸・童子切安綱】を上段に構える。そして姿勢をより一層低くし、地面を強く踏み締め加速すると一気に肉薄した


 「畜生がァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 「はぁああああああああああああああああああ!」


 兄は眼を見開き、内から湧き上がる恐怖を振り払い抗う様に、或いは恐怖を誤魔化し否定する様に大声で吼える。それと呼応する様に上げた裂帛の咆哮を上げた紀矢子はこれまでの因縁を断つ様に、これ以上この男による悲劇が起こさない様に振り上げた刃を振り下ろす


 ―気高くあれ。剛毅であれ

 ―強さこそ正義。仁義こそ美徳

 ―悪党であれ。善人であれ

 ―身内を守り、歯向かう敵は捻じ伏せろ

 ―万鬼を統べ、悪逆の限りを尽くせ

 ―汝こそは龍の子にして鬼の王の血統

 ―汝こそは【酒呑童子()】の後継者である!


 脳内に荘厳にして厳格な低い声が響き渡る。それと共に力が湧き上がり、握り締める【血吸・童子切安綱】が歓喜に打ち震える様に鼓動するのを感じる


 この時、紀矢子は気付いていなかったが、角の長さが伸び、口内の犬歯が牙と呼べる程長く鋭くなっていた。溢れ出した魔力を薄膜の様に纏い、強化された体はこれまで以上の力を発揮し、振り下ろされた白刃は深々と袈裟斬りに切り裂いた


 「グアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」


 兄は日本刀を手から取り落として、鮮血が噴き出す傷口を押さえて二、三歩ヨタヨタと後退って片膝をつく。絶えず流れ出て血だまりを作る血液の量と、小刻みに繰り返される荒い息で彼が満身創痍である事が誰の眼にも明らかだった


 「ウゥ、グッ…!」

 「此処までよ。貴方を拘束して【東京第一特殊刑務所】が立て直し次第、貴方を勾留する」


 【血吸・童子切安綱】を納刀し、警戒緩めずに手錠を持って近寄ると兄は突如顔を上げ、嗤い始めた。それと同時に傷口から紫紺と不気味な赤とも緑とも見える色が複雑に混ざり合った、粘性のある霧とも靄とも取れる毒ガスの様な、或いは気化した液体の様な物が血液と共に溢れ出し、立ち上って体を覆い始めた


 「アハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 「っ!?何!?」


 纏う雰囲気がガラリと変わり、威圧による不穏な圧迫感が辺りを包み込む。不快な色彩の靄の奥から兄が嘲笑を浮かべて口を開く


 「アハハハハ。嗚呼、不愉快だ。実に不愉快だ。この肉体は後(・・・・・・)数年は使えた(・・・・・・)にも関わらず(・・・・・・)人間如きに壊されるとは」


 立ち上がって顔の上半分を手で覆い、不愉快だと良いながら、逆に心底愉快だと楽しむような声音と笑みを浮かべて独白を続ける。その様子は致命の傷を負い、激痛に襲われている様子はなく、まるで片手間に立てた計画が失敗した様な自嘲じみた嗤いだった


 「あの夜の宴で(・・・・・・)目覚めて(・・・・)以降使い勝手が良かったのだがまぁ良い」

 「あの夜?貴方何を言っているの?」

 「ん?もしや気付いていなかったのか?この男の精神は当の昔に死んでいる。それこそ我がこの肉体を得る前になぁ

 シャッガイの種族は良く働いてくれた。記憶を操作されて本来崇拝しているアザトースでは無く我の招来の儀式を研究していたのだから。その過程で死んだこの肉体の精神も我を呼び出した昆虫もさぞかし光栄だろうよ」

 「貴様ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 傷口から流れ出る血液に構わず大仰な仕草で語る兄の肉体を操る存在に、紀矢子の感情が爆発した。手錠を放り捨て、腰から【血吸・童子切安綱】を抜刀し切り掛かる


 兄の斬り落とされた右腕から纏う靄と同質のより濃密な不定形の粘液が溢れ出し、広がって濁流となって紀矢子へと迫る!


 既に切り掛かる姿勢に入っており、距離も近い為に回避等は出来なかった


 「舐めるなぁああああああああああああ!!」


 紀矢子は敢えて【血吸・童子切安綱】を振り下ろす


 白刃が濁流を切り裂く。しかし僅かに押し戻しただけですぐさま元に戻ると紀矢子を呑み込んだ


 呼吸が苦しい。何時の間にか閉じていた目を開くと眼の前の光景に愕然とした


 あの夜だった

 幼き頃の悪夢だった

 不気味な紅い満月が見下ろす夜だった


 畳の上に広がる血溜まり。その上に横たわる両親と血濡れた日本刀を持つ兄。それらを照らす障子戸越しの紅い月光


 思わず自分を見下ろすと、あの頃に着ていた簡素な浴衣の様な寝間着と、子供特有の柔らかな小さな両手があった


 その光景は紀矢子の心に深く刻まれた決して癒えない傷であり、トラウマだった


 「う、あぁ…!」


 脚の力が抜け、膝を付くと蹲り両手で頭を抱える。抵抗しようという意志が段々と消えていき、視界が狭まり音が遠のいていくのを感じる


 ―立ち上がれ!


 ガラガラと心が崩れる様な音を幻聴していると何処かから男の声が聞こえた気がした


 ―過去に囚われるな

 ―幻に屈するな


 再び声が聞こえる


 ―乗り越えろ

 ―虚構の中にある真実を探せ

 ―振り払え。決して折れるな

 ―出来ると信じろ


 何時の間にか崩れる音が止んでいる。恐怖はある。今も震えが止まらず身が竦みそうになる。このまま丸まっていたい衝動に駆られる


 それでも今にも折れそうな心と竦みそうな体を叱咤し、両手を地面に付くと、震える脚に力を込めて立ち上がる


 歯の根が合わない口をきつく閉じる


 ―想像しろ。本来の姿を

 ―見極めろ。敵対する者の本質を


 言葉に従って眼を閉じると成長した姿を強く思い描く


 再び目を開くと自分の体はあの頃の物ではなく現在の姿となっていた。眼の前に立つ兄から先程見た悪意を煮詰めた様な黒っぽい様々な色彩の靄が人型の影となって立ち上っていた


 ―【鬼】とは【おん】を意味する言葉。見えざる存在に可視化された概念を与えた物

 ―お前の持つ【童子切】の名を持つ刀はその概念を断つ力を持つ

 ―お前なら出来る。何故なら―


 体が本来の姿になると共に握っていた【血吸・童子切安綱】を構えると、男の声に背中を押される様に一気に駆け出す


 ―お前は俺の自慢の弟なのだから!


 その声が響き渡ると同時に世界がガラスが割れる様な音を立てて砕け散る。それと共に視界一杯にあの不気味な色彩が広がり、身を引き裂く様な激痛と圧し掛かる様な倦怠感が襲い掛かる


 よろめいて前に倒れそうになる体を踏み出した脚で踏み止まる。そして強く地面を蹴ると裂帛の咆哮と共に靄の中を突き進んだ


 「何!?何故意識が戻って来れた!?」

 「はぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 間近まで迫った紀矢子は振り上げた白刃を振り下ろす。白金しろがねの刀身は全ての闇を払う様に、迷いを払い目指す先を示す様に煌々と輝き、脈動する


 白刃の輝きに触れた靄が忽ちの内にその霊気に祓われ霧散する


 振り下ろされた一刃は靄を切り裂き兄の右肩に深く食い込むと、そのまま大した抵抗も無く白刃が体内を走り、骨肉の一切を切り裂いて左の腰から抜けた


 靄が絶叫を上げて、風に吹かれた蝋燭の火の様に大きく揺らめく。斬られた兄の体は一度大きく血を噴き出すと力が抜けた様にその場で膝を付き、糸が切れた様に前に倒れ始めた


 『グオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?』

 「ご…んな。あり…う」


 化け物の絶叫が響く


 倒れながら兄は引き攣った笑みを浮かべて途切れ途切れにそう言うと、うつ伏せに倒れて二度と動く事はなかった


 「はぁ、はぁ…!」

 『…オノレ…。オノレオノレオノレェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!』


 憤怒に満ちた絶叫を上げながら靄が事切れた体の傷口から立ち上る


 それは兄の体の上で収束して不定形の流動し渦巻く粘性の塊が、兄の死体を覆い隠す様に現れる。至る所に変色する暗い極彩色の様々な生物の眼が浮かび上がっては沈み、ギョロギョロと辺りを忙しなく辺りを見回し瞳孔が拡縮を繰り返す。同じく無秩序に開いた歯と唇の無い口から細長い舌とタールと汚泥の様な唾液を撒き散らして開閉していた


 辺りに腐敗した血液を煮詰めた様な濃密な吐き気を催す生臭い鉄錆臭が漂う。周囲に転がる死体に触手が伸ばされ血液が吸収されると、紀矢子へと一斉に憤怒に満ちた体中の眼が向けられた


 「「「死ネェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」」」


 無数の口から放たれた絶叫と共に爆発する様に膨れ上がった靄状の体が紀矢子に向かって迫る。紀弥子は迎え撃とうと【血吸・童子切安綱】を構えようとした時、突然全身の力が抜け落ち体が揺れる


 迫る醜悪な靄に対し、力を使い果たした紀矢子はせめてもの抵抗で今にも崩れ落ちそうな体を気力で支えて【血吸・童子切安綱】を構えた。その時


 「お待たせしました。お疲れ様です」

助っ人登場

誰だろうね?

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