79.襲撃と因縁
紀矢子編です。彼女(彼)の過去の回想もあります
皆様、寒暖差が大きい季節ですので体調管理はしっかりとしましょう
この混乱の中で動いているのは当然【神怪課】や【公安0課】だけではない。避難所である学校や役所の周囲には住民の避難誘導をしつつ、暴徒化した者達やそこに紛れた【特異体質者】を制圧するべく動く警察官や自衛隊の姿があった
2020年に発生した巨大地震・通称【大厄災】以降、数多くの事件を解決出来ず信用を失墜させ、その影響で警察内部でも士気の低下が起きていた。その上就職率の低下も重なり、警察の権威はかなり落ちていた
それでも街や住民の為に働く真面目な人材もおり、そう言った人物が精力的に活動していた
「こっちだ!焦らず入ってくれ!」
「押すな!ちゃんと並べ!」
「脚を撃て!三班は上空を警戒しろ!」
突然発生した事態に混乱しながらも避難所の一つである公民館の前で迅速に対応していた警察達だったが、暫くして一人の赤と赤錆色のまだら模様の厚手のコートを羽織り、ズボンを履いた逆立つ黒い短髪の男が左手で脇腹を押さえて、フラフラと覚束ない足取りで近付いてきた
「どうした?大丈夫か?」
男に気付いた警官の一人が気遣う様に声を掛けながら男に近付いて行く。警官に気付いていないかの様に俯いて特に反応を示さなかった男は、警官が間近まで近付いた所で突然ニヤリと口を三日月の様に歪めた
近付いた警官はその時、男から生臭い鉄錆臭を感じ取る。次の瞬間、口角を釣り上げて嗤った男が背後に回して見えなかった右手に握られていた日本刀で、脇腹から右肩に掛けて逆袈裟に深く切り裂かれた
傷口から鮮血を噴き出しながら警官は眼を大きく見開いて斃れる。それを目撃した避難をしに来た女性が甲高い悲鳴を上げ、仲間を殺された警官達は威嚇射撃無しで一斉に男に向かって発砲した
男は最初の一発を回避すると、次の弾丸を日本刀で弾き飛ばす。男の甲高い金属音と火花が撒き散らされ、そして銃撃が止むとそこには無傷の男が立っていた
「いや~、警察も物騒だなぁ?威嚇射撃もなしにいきなり発砲するとかありえねぇだろ?」
男は余裕のある笑みを浮かべて日本刀の峰で肩を叩く。そして男は笑みを深めると警官達に向かって駆けだした
「奴を止めろ!」
「グアッ!?」
男は警官達に近付くと手当たり次第に日本刀を振り回して斬りつける。警官達は突然の乱戦に手間取り、更に発砲した場合に味方に流れ弾が当たりかねないので中々思う様に撃つ事が出来ずに被害が拡大していった
「グッ!」
最後の警官が倒れる。男は終始浮かべていた笑みを絶やす事無く公民館へと脚を踏み入れようとするとその時、男は素早く振り返ると飛来してきた斬撃を日本刀で斬り伏せた。そして斬撃を追う様に日本刀を構えて男に迫る《鬼闘化》した鬼瓦の袈裟斬りを正面から受け止めた
「久し振りね!兄さん!」
「誰かと思えば愚弟じゃないか。何か用か?」
「貴方に引導を渡しに来たのよ!」
二人は会話をしながらも激しく刃をぶつけ合う。いや、鬼瓦が叩き付ける斬撃を兄さんと呼ばれた男が軽くあしらっていると表現するべきかもしれない。暫く斬り合っていたが、付き合いきれなくなったのか男が強く横薙ぎに振るった日本刀に押されて鬼瓦は後ろに押し下げられた
「クッ!」
「俺に引導を渡すだと?お前に出来る訳ねぇだろ。あの夜と何も変わらないお前にはなぁ」
「煩い!」
叫ぶような言葉と共に放った斬り上げを僅かに体を傾け、一歩下がる事で躱した男は嘲る笑みを浮かべてその背に日本刀を振り下ろす。体を捻って日本刀を横からぶつける事で軌道をずらし、辛うじて躱した
「ほう、良く躱したな」
「当たり前でしょう。あの夜、村の皆を皆殺しにして【魔人】になった貴方を殺す為に此処まで来たんだから!」
血を吐く様な叫びと共に幼少の頃の記憶が蘇る
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鬼瓦紀矢子はかつて【童子村】というその昔【酒呑童子】と呼ばれた鬼の血族が住まう自然が豊かな自給自足の山奥の隠里で暮らしていた。まだ幼い少年だった紀矢子は女っぽい変わり者として見られながらも、理解ある両親や村の者達に囲まれて過ごしていた
村一番の武家、とは言ってもこの時代に容易に日本刀を振るう事が出来ない為、村の中で有名な道場だった家の子供故、紀矢子も他の門下生や只一人の兄と共に木刀や竹刀を振るう毎日だった
何不自由ない充実した日々を過ごしていて、紀矢子が十五歳になった頃のある日、一人の眼鏡を掛けた長身痩躯の青年がフラッと村に現れた。青年は暫く滞在して、村を見て回りながら村の者達に外の情報を教えて交流した
閉鎖的な村の者達にとって青年の話はとても興味深い物だったし、常に笑みを浮かべる青年の態度はとても親しみ易かった。只一人、紀矢子の父親は青年を警戒し、決して近付こうとしなかった。紀矢子がその事を尋ねると、厳しい顔つきのまま一言「胡散臭い」と答えた
やがて青年は村を去った。村の者達は残念がり、父親は人知れず安堵の息を吐いたが、その日からおかしな事が起こり始めた
数日に一度、鶏等の小型の家畜が幾つかいなくなった。数度起こった後、村人達は見回りを行ったが犯人を見つける事は終ぞ出来なかった
また、それと同時期に兄が稽古に姿を余り見せなくなり、代わりに自室に籠る様になった。家族が偶に様子を見に行くと、無数の書物が机に積み重なり、如何やら何かを調べているようだった。また、時折誰かと言い争う様な声や暴れる様な物音がする事があったが、見に行くと何事もなかったかの様に振る舞うので、調べている物も本当は何があったかも何も分からなかった
結局、家族は特に干渉する事はせずに見守る事にした
それから数日経ったある日の夜
その日は妙に大きく感じる紅い満月の夜だった
妙に静寂が耳に響き、梟や普段聞こえる事の無い鴉の声が大きく聞こえる夜だった
妙に不安で胸が騒めく夜だった
そして妙に鉄錆臭い夜だった
深夜、寝苦しさを覚えて嫌な予感を感じながら紀矢子は布団から起き上がった。何故か心臓の音が良く聞こえ、不安が掻き立てられる
或いはそれは虫の知らせ呼ばれる物だったのかもしれない。紀矢子は何かに導かれる様に一歩一歩を足音を立てない様にゆっくりと、しかし迷いなく確実に前に進んだ
心臓の鼓動が早くなる。無意識に浅くなった呼吸が小刻みに吸っては吐く事を繰り返す
この襖を開いてはいけない。この先を見たら確実に後悔する事になる
そんな一種の強迫観念じみた予感を強く感じながら両親の寝室と廊下を隔てる襖に手を掛ける。そして勇気を振り絞って震える手に力を籠めると、ゆっくりと横に動かして襖を開いた
回想の続きです




