65.災禍開幕
梅雨で天気が不安定ですね。気分もジメジメしてきます
さぁ、災禍の幕開けです。狂気と混沌が貴方に寄り添います様に、イア、イア、クトゥルフ
アルベルト達が中華料理店で襲撃を受けた数日後の正午、東京都心のモニターやテレビの映像が一斉に切り替わり、一人の痩せ型の白い仮面を着けた白衣の若い男が、愉悦に満ちた声で宣言した
「只今より【選定】を始める。諸君らは我らの理想の為の実験体となり給え」
その言葉が終わると同時に、近くの路肩に止まっていたトラックの荷台のコンテナが爆発した
モニターやテレビをスマホで撮影したり、白衣の男を指差して馬鹿にしていた人々は悲鳴を上げて距離を取るが、面白がった野次馬が直ぐに大破した車に近寄って行く
荷台部から何らかの液体―車から燻る火が着かない事からガソリンや燃料の類いではない様だ―が地面に広がり、揮発性があるのかうっすらと白い湯気を立てている
遂に液体が近寄った野次馬の一人である如何にもチャラそうな髪を金髪に染めた青年の足下まで来た。それが合図であるかの様にトラックの扉が開いて中にいた人が飛び出す様に外に出た
頭頂部が薄い草臥れた作業着を着た五十代の中年の男性が両足で地面に立つ。当たり前の事だが、その先が当たり前ではなかった
血走った両目は小刻みに揺れ動き、歯を剥き出しにした口からはダラダラと唾液を滴らせていた。露出した手や顔には幾つもの血管が浮かび上がり、前傾姿勢で荒い呼吸を繰り返していた
某ゲームのゾンビの様なそれに人々が釘付けになっていると、何かが落ちる、又は倒れる様な音が複数聞こえた。そちらを見ると、最も近くにいたチャラ男を初め、数人の男女が倒れていた
何人かの人が様子を確かめようと彼らに近付く中、その内の一人が気付いた。倒れた人々はあのトラックの荷台から流れ出た液体に触れていた、又はその近くにいたと言う事を
他の気付いた人々が毒ガス等を警戒して近付くのを躊躇う中、中年の男性が何かをブツブツと早口に呟き始めた
「…畜生!あいつら馬鹿にしやがって。俺がどれだけ会社に貢献してきたと思ってんだ!それをあいつらは…!畜生!こんな世界間違ってる!こんな世界は壊れちまえ!」
両手でバリバリと血が滲み出る程、頭を掻き毟ってそう言い放った瞬間、両腕が肥大化して鉤爪の生えた獣じみた剛毛に包まれた物に変貌する
草臥れた作業着を肥大化した上半身で突き破ってはだけた男性は憎悪に濁った目を揺らして見回すと近くにいた青年に向かって駆け出した
恐らく映画の撮影か何かだと誰もが楽観的に考えていたからこそ今まで混乱が少なかったのだろう。長い間、戦争もなく徴兵制度が無かった故に平和惚けしていた事もあるだろう
何にしてもこの場にいる者達は自身に忍び寄る生命の危機に鈍感過ぎた
驚きながらも笑ってスマホを構えて写真を撮る青年の頭部が、異形と化した男性の腕の一振りで消失する。偶々青年の右側にいた女性は、背後の壁に当たって湿った音を立てて跳ね返って転がっていた物を見てヒッ!と短い悲鳴を上げた
それは青年の半分潰れた頭部だった。未だ血液と脳漿を垂れ流す頭部の無事な部分はキョトンとしており、自身を襲った事態をとても理解している様には見えなかった
暫く立ち尽くしていた頭部を失った青年の首の断面から思い出した様に噴水の様に血が噴き出す。グラリと揺れてうつ伏せに倒れて尚、血が零れ出る死体に、思考が追いつかずに周囲の人々は固まってしまった
「キ、キャアァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
損壊した頭部を見ていた女性が悲鳴を上げると同時に人々の硬直が解ける。次の瞬間、現場は一気に騒然となり、混乱の極みに陥った
悲鳴や怒号が飛び交い、一斉にその場から離れようとして路地を埋め尽くして交通を妨げる。恐慌状態に陥った人々の中心で獣と化した男性が手近な人々に襲い掛かる中、今まで倒れていた人々が立ち上がり始める
ある者は炎を纏い、ある者は両腕に無数の刃を生み出しながら獣の様な叫び声を上げて、同じ様に人々に襲い掛かり、建物を襲撃する中、数人の男女がそれを戸惑った様子で辺りを見回していた
「何だよこれ。どうなってんだ!?」
「それは私が答えましょう」
阿鼻叫喚の中、訳も分からず頭を抱えた青年の思わず漏らした言葉に答える声があった。バッと声のした方を向くと、そこにはスーツを着た眼鏡の長身痩躯の若い男性が立っていた
「貴方方は選ばれた。周りで暴れ回るしか能が無い出来損ないと違ってね。私と共に新たな世界を歩みましょう」
「お前は何を言っている?選ばれただと?」
「私は貴方の様な【適合者】を政府よりも先に保護する役目を受けた者です。政府は秘密裏に生み出した特殊なウイルスによって人間をあの様に暴れ回っている化け物を軍事目的で生み出す研究を行い、そして今日実行に移しました
私はそれに離反し、巻き込まれた人々を保護しているのです」
男性の言葉にその場にいる者達は黙り込む。いきなり様々な事が起こり過ぎたのだ。更に政府やその離反者などとても考えていられる訳が無い
その時、バチンッと火花が弾ける様な音が鳴る。次の瞬間、飛び掛かる黒雷を纏った一頭の獅子が眼鏡の男性の間近まで現れて鋭い爪の付いた前足を振り下ろした
「っ!また、君か!しつこいぞ。邪魔をするな!」
紙一重でかわして後退した男性は黒獅子を忌々し気に顔を歪ませて睨み付ける
青年は不気味な声音で早口に何かを呟いて虚空を殴る様に右手を突き出すと、トラックの様な大型車に轢かれた様に、何かに弾かれた黒獅子が真後ろの建物へと吹き飛んだ
崩れてもうもうと土煙が上がる中、幾条もの黒雷が宙や地面を跳ね回りながら走り、途中で男目掛けて弧を描いて襲い掛かる
「クソっ!ここまで来て!」
彼らが呆然と見ている中、男性は悪態をつくと煙の様に姿を消す。その直後、未だ土煙を上げる建物から極太の迅雷が飛び出し、道や建物の壁を踏み砕き、破片を撒き散らしながら走り去っていった
今作はクトゥルフ神話の他にDX3(ダブルクロス)の要素も含み始めています。両方の情報を知っていると僅かばかりですが楽しめるかと思います




