■■■.終末の間際に【王】は敗残兵と出会い語らう
エピローグであり、プロローグです
―此れはとある世界線の後日談
―此れは最悪の到達点の延長線
―此れは探索者でも不幸な一般人でも黒幕でも無い傍観者達の幕間
―賽は投げられ、結果が示された
―盤上の王は既に討ち取られ、残された駒は片付けられるのを待つばかりである
―そして幕を下ろした舞台の下で語る者は?
―西暦20■■年■■月■■日、日本某所
「やぁ、久し振りだな」
「そうじゃな、どれ程振り位かの?モーゼ」
「さてな。生憎と長生きしていると細かい時間が分からなくなる。其の名を呼ばれたのか分からない位だ」
「確かにの。儂ももう何百年経ったのか、何百回繰り返したのか分からんわい」
「其れでこんな場所でどうした?」
彼等がいる場所は辺りを人の代わりに異形が闊歩する、植物に支配された罅割れた道路と損傷のある廃墟が散見する、荒廃した街の残骸の中にある、中程から折れた商業ビルの中の、上が全て無くなって青天井になった嘗てのレストラン跡の一角だった
瓦礫や、壊れた机や椅子が散乱する中で比較的損傷の少ない椅子に座る、肩甲骨辺りまで伸ばした白髪を後ろで紐で一纏めに縛った着物姿の壮年の老人は、右手に持つ日本酒の一升瓶を呷って一口呑むと、目の前に立つ初老に差し掛かった白人男性の問いに答える
「何、話し相手が欲しかっただけじゃ。盤外の駒である上に、既に盤上が詰んでいる以上もう儂には何も出来ん
嘗て存在した三つの理念を掲げていた組織が、身内の多くにすら秘匿していた終末に対抗する為の最終手段だと思い込んでいた【機械仕掛けの神】は、自らを造らせた【人間】の手によって滑稽にも権能を司る【拾の権限】を奪われ手出しを封じられた
滋賀の地下に眠る【円盤の方舟】は、乗り手の選別を待つより早く、厄災の大波に呑まれて役目を果たす前に大破し、金属のガラクタになり果てた
最早、この世界線に人類は儂らと同じ盤外の者を除いて存在しているまい
【強欲】は【色欲】と【憂鬱】と言う破滅の銃弾が籠められた拳銃の引き金を引き、【怠惰】は常冬の酩酊に微睡み、【虚飾】は自分の世界に引きこもっておる。【暴食】と【嫉妬】は好き勝手に動き、抑止たる【例外】が存在しない以上はどうしようも無い
皮肉な物じゃ。人類に比較的友好的な筈のノーデンスすら見捨てたにも拘らず、絶対悪たる筈のニャルラトホテプが自らを犠牲にしてまで【色欲】と【憂鬱】を相手に人類を護る為に立ち向かったのだからの」
「だからお前が終止符を打つと?矢張りお前は【傲慢】だよ」
「儂自身が一番良く分かっておるよ」
壮年の老人は、【三国魔術同盟】が秘匿する【人亡き世の自死と救済の時計台】と呼ばれる神器級魔導具の原型である、【自害と再起】と名付けられた全不明級魔導具の、十二の地球には存在しない異界の文字が円状に等間隔に並んだ文字盤と四つの針がある、未知の金属製の縦2m、横50cmの縦長の八角形の柱時計を虚空から取り出す
老人が【自害と再起】を起動しようとした時、ボロボロになったスーツの上に軍用の金属装甲が内蔵されたジャケットを着た、髪や無精髭が伸びている傷だらけの男が、罅割れた商業ビルの外壁を登って現れると同時に、幾つもの黒い骨が連結した関節で伸ばされた五指が壮年の老人に振り下ろされる
モーゼと呼ばれた老人が迎え撃つ為に動く前に、着物姿の老人が穏やかな笑みを浮かべたまま、モーゼに掌を黙って向ける事で制止する
黒い骨の五指が壮年の老人まで後2m程の距離に迫った時、前触れも無く骨が罅割れ、忽ち粉々に自壊する
「驚いたのぉ。未だに生きた人間がいたとは思わなかった。何者じゃ?」
「この結末を変える為に繰り返して足掻く愚か者だ。いや、変える為に囚われた者か」
笑みを崩す事無く、双眸に予想外の物を見た驚きと興味の色を宿す老人の言葉に、男は自嘲し吐き捨てる様に答える
「して、儂に何か用かの?其処の老い耄れは恐らく関係なかろうし、先程の戯れもまさか本気で儂をどうにかしよう等という物ではなかろうよ」
「今回の一連の件にあんた等が干渉しない事は既に把握しているし、【王権】持ちが関与している事も解っている。だから、戻った時点で今回の件に関与していない【王権】は何処にいるか知りに来た」
老人は、男が想像以上に情報を持っている事に内心で驚きながらも、其れを僅かにも出さずに納得した様に答える
「成程、【王権】には【王権】を相対させる事は相性もあるが有効な手段ではあるのう
じゃが、其の有効な手段が実行可能かどうかは別じゃ。儂やこやつを含めて曲者揃いの【王権】を動かすのはあらゆる意味で困難である事をお主は理解しておるのか?」
「運命に抗うんだ、苦難逆境は当然だろう?其の上でこの未来を知って、始まりまで戻れる俺がやるしかないんだ
其れに今回が初めてじゃないからな。後、何回か挑む程度大した事じゃないさ」
「そうか…」
男の何でも無い様な口調で告げられた覚悟と決意に、老人は憧憬と懐古の籠った眼差しを向ける
「ならばアラスカの人が寄りつかない凍てつく荒野の何処かに存在する虚空にいる【虚飾】に会うと良い。【嫉妬】や【暴食】よりは交渉が幾分かは可能だろう。【怠惰】はそもそもこちらからはマトモな方法では接触すら出来んからの」
「正確な座標は分からないのか?」
「現在で直接確認すれば分かるが、過去な上に遠く離れた此処からでは流石に分からんよ」
老人は虚空から何処にでもある様なありふれた金属の鍵を取り出すと、握り締めて力を込める。老人の細い、しかし衰えを感じさせない程度には肉付きの良い腕に、露出した肘から手先へと入れ墨の様な模様が浮かび上がる
数秒握り締めた後、模様が消えると同時に手から力を抜くと、老人は男に握っていた鍵を差し出した
「儂の【傲慢】の力を僅かに刻み込んだ。必要になったならば使うが良い
但し、心せよ。【王権】は強大故に、間に合わせのこの器は容易に壊れる。精々、能力を行使出来るのは一回のみじゃ。使用する機会を見極めて本当に必要と判断した場合のみ使用する事じゃ」
「分かった」
「其れではやり直すとしようかの」
老人が【自害と再起】を起動させる。文字盤にある四つの針がそれぞれ速度や方向が不規則に高速で回転を開始し、下の空間にある振り子が不自然な振れ幅で不規則に揺れる
【自害と再起】の周囲の空間が歪み始め、昏い穴が開くと周りの空間が粒子状に崩れて穴の範囲が拡大していく。穴は二人の老人と男を呑み込み、レストラン跡地を呑み込み、中程から折れた商業ビルを呑み込む
拡大した穴は廃墟の街を、嘗て日本と呼ばれていた国を、周辺の大陸を呑み込み、地球と呼ばれていた星は深く広く抉られていく
軈て最後の一欠片が、地球よりも大きくなった穴に呑まれた時、唯一穴の中で形を残す【自害と再起】の四つの針が一斉に逆時計回りに高速で回転を始めると、先程の一連の出来事を逆再生する様に膨大な量の粒子が穴から吹き出す
吹き出した粒子が渦巻きながら青、緑、白、茶が混ざり合った朧気な輪郭の球体が現れると、色が分かれ始め、それぞれが大陸と海を形作る
輪郭が鮮明になり、嘗ての地球の姿を取り戻す。そして地球内では廃墟になっていた建造物が元の状態へと戻り、街では闊歩していた異形が消失し、本来の住民である人間が何もなかったかの様に日常を過ごす光景が広がっていた
そして元の状態に戻った商業ビルのレストランの一角に、悠然と座ってステーキを切る着物姿の老人と赤ワインを呷る土色のゆったりとした上下に黒い革ジャンを羽織った老人と共に席についていた、服や肉体の損傷や無精髭が消えて髪が短くなった、幾分か若返った男が、目の前に置かれたペペロンチーノに手を付けずに立ち上がる
「折角のパスタを食べていかないのか?」
「俺には時間が無い物でな。また会った時にご馳走してくれ」
片眉を上げて尋ねる老人に、男は肩を竦めて、パスタの料金をテーブルに置きながら小さく笑って答える。男が立ち去った後、もう一人の老人が着物姿の老人に問う
「其れで?此れからどうするのだ?」
「若人がこの悠久を彷徨う敗残兵に辿り着く程に頑張ったんじゃ。ならば其の褒美に手助けをする事が年長者としての務めと言う物じゃろうよ
其れに少々、【強欲】の奴にもお灸を据えてやらんとな」
「隠居してから表に出るのは久し振りだ」
「モーゼよ、儂らは駒として動くには世界への影響が大き過ぎるからのう。過去の遺物である儂らが悪戯に歪める訳にはいかん」
着物姿の老人は仕方なさそうに肩を竦めて首を横に緩く振ると、氷が浮かぶブランデーの入ったグラスを一口呷り、一転して悪戯小僧の様な挑戦的な笑みを浮かべて宣言する
「じゃから暫くの間は細かく修正をして、最後の最後に一気に歪めてしまおう。シナリオにキャラシートの追加じゃ。ダイスを回そう。ではこのセッションの過去のリプレイを書き換えようかのう?」
―其れはとある世界線の前日譚
―其れは最悪の結末だった物語の再挑戦
―其れは探索者でも不幸な一般人でも黒幕でも無かった者達が舞台へ上がる前の物語
―賽は投げられた。未だに回る先に止まる目は誰も知らず
―盤上には再び駒が並べられ、遊戯の開幕を待ちわびる
―さぁ、今こそ舞台の幕開けだ。観客達が観賞するのは悲劇か?将又、喜劇の大団円か?其れを知るのはまだまだ先の事である




