61.復讐者の契約
【青梅村】の生き残り・高藤sideです
ある意味この章のもう一人の主人公です
【両面宿儺】はこの瞬間、自身を内部から侵蝕する黒靄と見上げる紅い双眸から事態を理解して吼えた。その顔には今まで浮かべていた愉悦と侮蔑の表情が一転して焦りと屈辱から生まれた怒りに歪んでいる。
『オノレ!成リ上ガリノ新参風情ガ我ノ邪魔ヲスルカ!』
「邪魔?違うな。貴様では役者不足だったから退場してもらうだけだ」
若い男の口から言葉が紡がれる。それは確かに男の口から出て、確かに男の声であるものの明らかに男の言葉では決してなかった。男の口と声を借りた存在は続ける。
「これまでは俺が宿主たるこの男の精神と肉体に適応する為に見逃していたに過ぎん。それに所詮、神の断片を組み込んで作られた程度の絡繰り風情が我が【復讐】という領域を侵したばかりか貴様自身の糧とする為に一方的に契約を反故にし、裏切るとはな」
『煩イ!新タナル憑代ヲ得ル邪魔ヲスルナ!』
「矮小な自尊心を満たせず癇癪を起すか。彼我の力量を量る事さえ出来ぬとはつくづく見下げた断片だな。まぁ、良い。【代償】の取り立てはさせてもらうぞ」
『黙レェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!』
【両面宿儺】が若い男に向かって殴り掛かる。しかし、その拳が届く前に胸部を穿つ腕から放たれた黒雷が【両面宿儺】の内部から蹂躙し、愚かな絡繰りは罅割れた断絶魔の絶叫を上げて、すぐさま炭化し文字通り崩れ落ちた。
『グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』
崩壊した【両面宿儺】の残骸を暫く見下ろしていた若い男は、今まで黙って見ていた男の方に顔を向ける。男は銃を構えたまま余裕のある笑みを浮かべていた。
「困った事に君の所為で目的が果たせなくなった様だ。どうしてくれるんだ?」
そう尋ねる男を若い男は只、黙って無機質な焦点の合わない硝子玉の様な虚ろな目で見つめていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
若い男―高藤大輔は真っ暗な空間にいた。それは正しく黒一色の空間で地面どころか上下の認識すらも危うい状態だった。高藤は内心で理解する。此処は現実ではない夢の様な場所であると。明晰夢の類だろうか?
そんな事を考えていると、眼の前の闇が歪み始める。歪みは徐々に大きくなっていき、やがて体長が3mはあろう輪郭がはっきりとしない、三つの闇の中を煌々と輝く紅い眼を持つ九尾の狐の様な物へと変わった。
『さて、邪魔者は消えた。先ずは現状を説明しようか。此処はお前の精神の奥底だ。深層領域とでも言えば解るか?』
「あぁ、それで何の用だ」
若い青年の様な、しかし確かな重みのある空間に反響する様に響く声の九尾の淡々とした言葉に、高藤は苛立たし気に尋ねる。九尾はそれに器用に肩を竦める様な仕草をすると続ける。
『まぁ落ち着け。先ず奴も言っていたが今、現実ではお前の仇がいる。因みにこの空間にいる間は現実では時間の変化が無い。あくまでもお前の思考でしかないからな』
「それで?」
『落ち着けと言っているだろ?簡潔に問おう。貴様に復讐の意思はあるか?それが例えどの様な苦難の道であろうと、そして何を代償に失おうと掲げた復讐を貫く覚悟はあるか?』
高藤は考える。【青梅村】で自らの為に盾となって斃れた仲間達の事を。そして眼の前で殺された尊敬する隊長の事を。そして眼の前にその仇がいる。
それ以上考えるまでも無かった。上等だ。眼の前にいる存在が悪魔だろうが邪神だろうが構わない。この復讐を果たす為ならそんな事は些細な事だった。
「俺は隊長やあいつらの仇さえ取れればそれで構わない。例えそれが破滅に繋がるとしてもな」
『そうか。ならば貴様に力を与えよう。【代償】は復讐の完遂後、定められていた天命を十年頂く。更に貴様がこれから得るであろう力は自らすらも蝕み避けられぬ破滅が待ち受けるだろう』
「構わん。力を寄越せ。大事な仲間達の、隊長の仇が取れるならその程度安い物だ」
『では覚醒ろ復讐の獣よ。汝の血濡れた道に幸あらん事を』
荘厳な響きを持つその言葉と共に高藤の意識が遠のいていく。何かが流れ込んで馴染んでいく感覚を感じながら完全に意識が途絶えた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
虚ろだった高藤の目に全てを焼き尽くさんとする業火の如き激情の光が宿ると共に、焦点が眼の前の仮面を付けた男に合わせられる。男は高藤の纏う雰囲気と周囲の空気の変化に、信用が出来ない軽薄な笑みを浮かべたまま警戒のレベルを引き上げる。
次の瞬間、眼前まで迫った高藤の顔が映った。男は考えるよりも先に体を捻ると、先程までいた場所に伸ばされた右手に闇を集めて固めた様な漆黒のナイフが握られていた。
男は内心の動揺を顔に出す事無く上体を反らして空いた隙間に拳銃を割り込ませて、躊躇いなく高藤の頭に向けて発砲する。飛来する銃弾は寸分の狂いなく高藤の頭部に当たり、瞬く間に其の額に小さな穴を開ける筈だった。
しかしバチンッと両者の顔の間の空間から黒い閃光と破裂音が鳴り響くと、数舜遅れて仮面の男の顔の横を弾き飛ばされた先端が熔けて潰れた銃弾が通り過ぎ、掠った銃弾の熔けた金属が仮面の頬に一筋の汚れを残す。落ち行く銃弾が地面に着くよりも早く、身を翻して反転した高藤が地面を蹴って肉薄し、男の首目掛けてナイフを振るう。男はそれを紙一重で躱すと、小さく詠唱して高藤を大きく吹き飛ばした。
「やれやれ、厄介な事になったな。奴に提示された条件じゃ釣り合わないぞ」
溜息混じりにそう愚痴ると、別の魔術の詠唱を行う。何処からともなくバサリ、バサリと何か大きな生き物の羽音が複数聞こえ、男の頭上に何かが現れた。現れた生物は大きく翼をはためかせると、吹き飛ばされた高藤の下へと一斉に襲い掛かった。
一方の高藤はというと、内心で荒れ狂う暴力的なまでの狂気の衝動を僅かに残った理性で抑え込んでいた。謎の衝撃により大きく吹き飛ばされ、床に置かれた木箱を巻き込んで転がるとその衝撃で壊れた木箱から子供程の大きさの木彫りの仏像の様な物が転がり出てきた。
数度転がって四つん這いの姿勢で止まった高藤はそのままの姿勢で沸き上がる狂気に従い呪詛じみた低い声で一言呟く。
「【従え】」
その一言と共に地面に付く両手を黒靄が薄く覆い、そこから無数の細い糸のような物が伸びて無事な木箱や高藤に巻き込まれて外に転がる仏像に繋がった。次の瞬間、全ての木箱の蓋が大きく吹き飛ぶ。そして中から腕が伸びたかと思うと、全ての様々な仏像の様な物―【仏僧兵】が首をガクガクと揺らしながら錆び付いたブリキ人形の様な動作で起き上がり動き出した。
久し振りの解説
【両面宿儺】
【八尺】、つまりニャルラトホテプの心臓が組み込まれた絡繰り人形内部に生きた女性二人を心臓を挟む様に背中合わせに組み込み、呪術で半分融合、外装に半分に切って中をくり抜いた古びた仏像を被せて釘等で完全に固定した物
中の女性達の恨みをニャルラトホテプの心臓が増幅し、更に外から加えられた呪力を取り込む事で災厄を齎す程の自立稼働型の呪具となる
第二次世界大戦末期に戦場に投入される予定だったが、輸送中に暴走しその場にいた者が全滅。呪術師達が甚大な犠牲と被害を出しながら何とか封印し、地下に封印された
研究資料も封印され、その事は戦後GHQにも報告される事は無かった
その後、封印地の上に現・【三門学園】が設立され、かつて【両面宿儺】を制作した一族がその監視の役目を背負って代々理事長や校長として過ごしている
尚、もし研究資料が発見されれば【屍食経典儀】並みの魔導書として扱われる。精神が弱ければ当然発狂する
因みに、物部天獄が作った【両面宿儺】とは別物だし、オリジナルの鬼神である【両面宿儺】も別に存在する




