60.復讐者と仇の相対
次回、本編に入ると言ったな?あれは嘘だ!
…はい、すみません。本編のプロローグの一つです。アルベルト達の出番は無いです
ある日、一人の少し草臥れたスーツを着た、眼鏡を掛けた如何にも入社して暫く経った会社員といった風貌の、二十代後半に見える長身痩躯の男が都内のラーメン店でチャーシュー麺を食べながら左手に持つスマホで会話をしていた。
店内は昼時という事もあって賑わっているが、不思議な事に男の周りには誰もいない。その事を気にする事無く男は電話の相手と話し続けていた。
「――…あぁ、あれの場所が分かったか。
――…成程、そんな場所にあったのか。…まぁ、そう云う事だろうね。
――分かった。今からだと流石に人目に付くから日が落ちてからだな。
――…あぁ、分かった。回収出来次第、報告をする。あぁ、また後で。」
貼り付けた様な笑みを崩さぬまま通話を終えると、スマホを仕舞って、具の無くなったラーメンのスープを飲み干すと勘定を払って店を出る。一度立ち止まって曇った眼鏡のレンズを拭くと、そのまま街の雑踏の中へと姿を消した。
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その日の夜、男は全身を黒に限りなく近い紺の服で身を包み、眼鏡の代わりに此れから暗闇に紛れるには不釣り合いな白い無地の仮面をつけて【私立三門学園】の前に来ていた。男は周囲を軽く見回すと、軽やかに塀をよじ登って構内に侵入する。昇降口の鍵をピッキングして校内に忍び込むと、足音を立てず、かつ監視カメラに映らない様に姿勢を低く死角を移動する。
廊下を進み、校長室と書かれた扉をピッキングで開けると、中を見回す。絨毯が敷かれた部屋の奥には重厚な木製の机と革張りの椅子が置かれ、机の上には数本の花が生けられた花瓶が置かれている。中央から奥側には応接用の机と一対のソファーが置かれ、部屋の右側と手前の壁にはスチール製の棚が並んで書類が納められていた。
男はそこで机やソファーの並びや位置に多少の違和感がある事に気付いた。そこで更に床を調べると、絨毯が床の汚れによる色の違いから本来の位置から少しズレている事が分かった。如何やら動かした後直した様だ。
絨毯を捲るとその下に、旧い漢数字とイロハがそれぞれ十刻まれた二つ並びのダイヤル錠が付いた木製の扉があった。
「さて、強引に破っても良いんだが…」
男はそう呟くと床に耳を付けて左手で左側の漢数字のダイヤルをゆっくり左右に回し始める。やがてカチリと音が小さく鳴った事を確認すると、同じ様にイロハのダイヤルも回して開錠した。
取っ手に指を掛けて引くと、ギィイイと音を立てて扉が開いた。埃っぽい空気が流れ出し、人一人通れる位の細い石段が下に伸びる。ゆっくりと音を立てずに石段を下りると、やがて奥に真っ直ぐ伸びる長方形の石を組み合わせて造られた通路に出た。
異様に息苦しく冷えた通路を5m間隔で塞ぐ、資格の無い者を呪殺する為の東洋呪術が書かれた呪符が一面に貼られた、赤錆に塗れた扉を六つ破壊して進んだ所で壁が現れて道が途絶えた。何処か仕掛けが無いか辺りを探ると、足元に小さな凹みがあったので指を掛けて動かすと、ガタンと音が鳴って壁が横にずれた。
先に進むとそこは、一筆書きで書かれた呪符が隙間なく貼られた、無数の棺桶の様な古く変色した木箱が置かれた、カタコンベじみた陰鬱で埃っぽい空気と暗闇を湛えた広い空間だった。その大半は小学生から中学生くらいの子供が入る位の大きさだったが、中央には縦2m60cm、横1m60cm、高さ1m40cmはある錆び付いた鎖で縛られた大きな木箱が異様な気配を放って鎮座していた。
男がその大きな木箱に近付こうとした所で頬を撫でる微かな風に気付く。ふと視線を部屋の奥に向けると、そこには自分が通ったのと同じ様な長方形の穴があり、注意深く見ると中央の大きな木箱の横にしゃがみ込み木箱に触れる一つの人影があった。
男は直ぐに銃を抜いて人影を射殺しようとするが、それよりも早く人影は木箱の中央やや上寄りに貼られていた他の物より大きく最も古びていた呪符を素早く引き剥がす。その瞬間、鎖が箱の内から放たれた波動によって一瞬で外側に引き千切られ、観音開きの蓋が勢いよく開かれた。
吹き荒ぶ力の奔流と飛び散る鎖の残骸に、青年が思わず空いた左腕で顔を庇っている隙に呪符を剥がした人影は立ち上がり、其れに数秒遅れて木箱の中から伸びた二本の腕が途中で折れて縁に手を突いて其れを支えにし起き上がり、更に動いて中に居た物が立ち上がる。
其れは一見すれば高さが2m40cmはあるであろう所々罅割れ、欠けている部分もある木彫りの不動明王像の様な顔立ちや体格の像に見える。しかし其れは長年放置され、明らかに整備されていないと判る程にボロボロなのにも拘わらず眼の前で関節を軋ませて動き、特に大きく欠けた顔半分は大きく窪んだその奥に、ギラギラと輝く落ち窪んだ眼を持つ正しくミイラの様にかさついた骨と皮だけの痩せこけた人間の女の顔があった。何より異常なのは、陰になっている背部にも正面にある物とは別に鏡合わせの様に二本の腕と頭部が存在する点だった。
人影―良く見ると若い男の様だ―が顔を俯かせて男に向き直ると口を開く。
「お前があの時の裏切り者か?」
若い男の問いの意味を最初は分からなかったが、直ぐに彼が【青梅村】に向かった【怪異対策班】の唯一の生き残りであると思い出す。
「…まぁ、君にとってはそうなるだろうな?所でどうやって此処の事を知ったか教えてもらえるか?」
あの時、【神怪課】の連中の邪魔さえ入らなければ容易く死んでいたであろう男に対して、幾つかの疑問を持ちながらも余裕の態度でそう尋ねる男に対し、若い男は顔を俯かせたまま何も言わない。その時、室内に愉悦が混じった低くしゃがれた女の声が響き渡った。
『クカカカ!此処ヲ教エタノハ我ダ。我自身ノ事ナノダ。我ニ分カラヌ筈モアルマイ。ソシテ契約者ヨ、オ前ノ問イノ答エハ是ダ。正シクコヤツガ我ガ肉体【八尺】ト取引ヲ行イ貴様ラヲ嵌メタノダ!』
呵々大笑しながらそう答えた声に若い男は俯いたまま動かない。それに構わず声の主―若い男の隣に立つ呪具【仏神兵・両面宿儺】は罅割れ半分欠けた顔を醜悪に歪めながら、木製の筈の両腕を大仰な手振りをして、口を滑らかに動かして言葉を続ける。
『サテ、我ガ提示シタ条件【我ノ解放】ヲ確カニ確認シタ。ソシテ予定通り人間ガ二人揃ッタ。契約者ヨ、感謝スルゾ。ソノ礼ニアノ男ト共ニ我ガ半身トナル栄光ヲ与エテヤロウ!!』
【両面宿儺】のその言葉と共に掲げていた右腕を、隣に立つ若い男の心臓目掛けて鋭い手刀を突き出す。その瞬間、若い男は信じられない速度で体を沈み込ませて手刀を潜り抜けると、そのまま【両面宿儺】の胴の中心やや左よりの場所を黒靄を纏った自身の手で刺し貫いた。
『グゴッ!?貴様、何故ダ!?何故我ガ催眠ニ落チテナイ!?』
信じられないといった様子の【両面宿儺】に対し、この時初めて若い男が顔を上げた。その双眸は暗闇の中でも尚、赫灼と紅く輝き今まで契約者であり協力者だった【両面宿儺】を真っ直ぐ見据えていた。
後、ニ、三話続きます。本編がどんどん遅れる…




