58.長き悲願の終わり、新たなる復讐の始まり
次回、本番です!···多分
俺達は【第十三支部】に帰還した翌日に支部長室で荒八木に今回の報告を行っていた。因みに車内である程度のコントロールが出来る様になり、纏め直した髪の中程から先は元の銀髪に、眼は黒目に戻っている
「以上が今回の事件の報告です」
「そうか、分かった。下がって良し。但し、【双頭の猟犬】は残る様に」
荒八木の言葉に、孝義と鬼瓦は去り際に扉の前で振り返って一礼すると退室する。荒八木は暫くして足元から、ガラスが割れて壊れたアンティークのカンテラを机に置く
「お前の魂を入れていたカンテラが壊れた」
「いや、そう言われても困るんですが…」
「まぁ良い。本題だ」
荒八木は【魂狩り】と呼ばれる特異体質を持ち、その能力で魂の焔を自作のカンテラに封じる事が出来た
困惑して口ごもる俺に荒八木は気にする様子も無く直ぐに話を切ると、真っ直ぐ見て口を開く
「お前の母親の延命治療を中止する」
「はっ?」
その瞬間、俺の中で何かが弾ける感覚と共に室内の空気が軋む程の殺気が放たれる。中程から先が一気に黒く染まり、双眸は瞳孔が狭まり紅い猫目になって、アルベルトの全身から漏れ出る黒靄は不穏に渦巻いて何かを形成しようとしていた
この瞬間、荒八木は俺の中で上司から敵へと認識が変化していた
「どういう事だ?言え、内容によっては容赦しないぞ」
僅かに残っていた理性で、凍てついた低い平坦な声と視線が荒八木に向けられる。それに一切構う事無く一言「入れ」と言うと、扉が開かれて何かが転がる音と共に誰か入ってきた。それを横目で確認したアルベルトは驚愕に目を見開くと勢い良く振り返る
「久し振り、で良いのよね?大きくなったわね」
「…え?母…さん?」
入ってきた人物は車椅子を押すジャンヌで、その車椅子に乗っていた痩せ細った黒髪の女性は紛れもなく、自分の所為で長い間植物状態に陥っていた樋口圭吾の母親であった
余りの衝撃で放っていた殺気や黒靄が霧散し、眼や髪も元に戻る。愕然としたまま荒八木に向き直ると、こちらを見たまま優し気な淡い笑みを浮かべて言葉を続ける
「言葉が足りなかったな。お前が帰ってくる少し前に彼女が目覚めたと病院から連絡があってな。丁度時間が間に合いそうだから此処に呼んだ」
「え、あ…」
「私は今回の件の報告に行ってくる。さっきの威圧行為の処罰は一ヶ月間減給とする。以上」
そう言って立ち上がると、俺の肩に一度軽く手を置いてそのまま部屋から出ていく。未だ放心状態の俺に、柔らかな笑みを浮かべて母さんが話し掛ける
「あれから何年経ったのかしらね?すっかり見違えたわ」
「母さん、俺、俺…!」
頭の中が真っ白になったまま、俺は目に涙を浮かべてそう口にすると、長い間寝たきりで痩せこけた顔に浮かべた優し気な笑みを深めて、今まで待ち望んでいた言葉を言う
「良く頑張ったわね、圭吾」
「う、ウァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
俺はその場で膝を付くと蹲り、声を上げて大泣きした。内心でもう聞く事が出来ないと思っていた声と、最後に呼ばれた名前で感情が決壊したダムの様に溢れ出して押さえられなかった。何度も流れる涙を両手で拭う俺を、母さんと車椅子を押すジャンヌは何も言わずに只、静かに見ていた
暫くして落ち着いた俺は泣き腫らした眼で六年ぶりに母さんを見る。入院患者用の簡単な服から覗く腕や脚は、長い寝たきり状態の所為で簡単に折れてしまいそうな程細い。車椅子に乗っている事から歩行は困難だろう
特に話す事が思い付かないまま声を出す
「久し振り、だね。母さん。あれから色んな事があり過ぎて体も含めてすっかり変わってしまったよ」
「そうね。子供の頃の面影はなくなったわね。だけど根っこの雰囲気は変わってないわ」
「そうかな?余り自覚は無かったけどね」
俺がそう言うと母さんは柔らかな笑みを浮かべる
「やっと笑ったわね」
「え?」
母さんの言葉に顔に触れると、確かに口角が上がって笑っていた
「貴方にはそれが一番だわ。それじゃあ、圭吾が今まで経験した事を教えてくれる?」
「あぁ、良いよ。でも長くなるから場所を変えようか」
そう言って応接スペースに移動した後、ジャンヌが用意してくれたコーヒーと茶菓子を食べながらこれまであった事を話し始めた
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【青梅村】の【八尺】戦から数日後、隊長の男の病室に生き残った若い男がやって来ていた。若い男は見舞いの籠に入れられた果物を机に置くと、ベットに横たわる隊長に話し掛ける
「隊長、具合はどうですか?」
「あぁ、お前か。悪くはない。動けないがな」
「そうですか」
男はベット脇の椅子に座ると、籠から林檎を一つ取り出して隊長に差し出す
「食べますか?」
「いや、いい。それよりあの後どうなった?」
「…【神怪課】の方達によって【八尺】は封じられました。生き残ったのは隊長と俺だけで他十三人は死亡したそうです」
目を伏せてそう言う男の言葉に隊長は怪訝な表情を浮かべて呟く
「十三人?一人少ない。いや、一人多かった…?…グッ!?ガッ!」
隊長は胸を押さえると急に苦しみだす。胸を服の上から引っ掻きまわしていると、胸の中央が盛り上がり、内側から爆ぜてベットの上に血肉を撒き散らした
「えっ?」
突然の事態に男は思わず呆然とする。その目の前で隊長は虚ろな眼を男に向けて息絶える。混乱してその場から動けない男の耳元から何処か聞き覚えのある不快な女の囁きが聞こえてきた
『ウヌヨ、其ノ男ガ何故死ンダカ知リタイカ?』
「!?誰だ!?」
『フム?ソウダナ…、【両面宿儺】トデモ名乗ロウカ。ソレヨリ其ノ男ガ何故死ンダカ知リタイカ?』
【両面宿儺】と名乗った声は粘度の高い毒が混ざった蜂蜜の様に男の心の杯にゆっくりと流れ込んで満たしていく。甘く誘惑的で、されど身を亡ぼす様な危険な香りが漂う声に惹かれた事は勿論、何より目の前で何故隊長が死んだのか知りたかった
「…教えろ」
『態度ガナッテ無イガマァ良イ。村ニ居タ時、ウヌラノ中ニ封印ヲ解イタ者ガイタノダ。ソシテ契約ニ従イウヌラガ襲ワレタ訳ダ』
「何だと!?だが、それは今関係無い筈だ」
『最後マデ聞ケ。其ノ者ハウヌラノ記憶カラ自身ニ対スル認識ヲ操作シ、其レガ解ケタ者ニ死ノ呪イヲ掛ケタノダ』
「そんな!?じゃあ俺も死ぬのか!?」
『安心シロ。今ハ其ノ呪イヲ我ガ止メテイル』
「…お前の目的は何だ」
『何、ソウ難シイ事デハ無イ。我ト契約シロ。ウヌハ我ヲ封印カラ解放シ、我ハウヌノ復讐ニ力ヲ貸ソウ』
「復讐…」
声が発した『復讐』という言葉を男は小さく呟く。その時、姿が見えない声の主がニヤリと嗤った気がした
声は尋ねる。その問い掛ける声はあからさまに危険だと本能が訴えかけるが、それを融けた理性が覆い隠す程に誘惑的で、蠱惑的な響きがあった。何より男の心の奥深くに灯った復讐心という名の昏い感情の種火が、その声を燃料に思考を焼き尽くす程の大きな焔へと姿を変えていたのだ
男の眼には既に迷いなどは無く、昏い光が宿っていた。それと共に男の中で、何か今まで抑制していた枷の様な物が外れた感覚を覚える。それが何かは今の男には分からなかったが、些細な事だと直ぐに切る捨てて口を開いた
『裏切リ者ガ憎イダロウ?ソレニ我モ奴ニ貸シガアル。ドウダ?』
「…良いだろう。契約を結んでやる」
『決マリダナ。宜シク頼ムゾ?』
「煩い。やる事を教えろ」
男はそう言うと病室から出ていった。その後、隊長の様子を確認しに来た看護婦によって死体が発見され、監視カメラの映像や記録から男は直ぐに指名手配される事になる。しかし、余り時間が経っていないにも関わらず男の行方を警察は掴む事が出来ずにいるのだった




