57.その銃弾は誰が為
【八尺】戦完結です
次回、後日談の様な物の後、本番です
孝義と鬼瓦が【八尺】を引き付けて時間稼ぎをしている間、俺は八つの黒い火球を使ってとある【領域】を開放する準備を進めていた
俺は瞑目してイメージする。それは昏く死せる咎人を永劫に縛る奈落。その深き穴蔵は何人も逃がしはしない牢獄
集中する事で次第に周囲の音が遠のく。本来ならばあり得ない行動だが、二人が【八尺】を抑え込むと信じて更に意識を沈める
俺の中で何かが繋がる感覚を覚える。それは一つ、また一つと増えて、徐々に加速していく
そして最後に繋がる感覚と共にカチリと鍵が開く様な音と、繋ぎ留めていた伸び切った鎖が引き千切れる様な音が聞こえ、背後に灯る焔の熱量が増す感覚と共に眼を開いた
「出来たぞ」
俺の声にボロボロになった孝義と鬼瓦がこちらを見る。【八尺】相手に良くも抑えきってくれたものだ。それに報いる為にも全力で【八尺】を叩き潰さねば
「【我が開くは永劫の奈落。そこに希望も慈悲もありはしない。今宵も咎人を縛る為に獄卒たる我が断罪の扉を開けよう!【領域展開:獄都開門】!】」
背後で一つになった黒い火球が渦巻き、深い穴へと変化する。そこから重苦しい重圧が辺りを包み込み、古い墓場の様な腐臭と共に背筋が凍える様な青白い霧が地面を舐める様に溢れ出して、『オォォ…』という掠れた声と無数の微かに透けた黒い影の様な揺らめく手が【八尺】に向かって伸びていった
孝義と鬼瓦は素早く【八尺】から離れる。そして残された【八尺】の腕に影の手が掴みかかった
【八尺】は大鎌を振り回して手を切り裂こうとするが、通り抜けてそれが出来ない。一つ、また一つと影の手が【八尺】を掴み、絡み付くと徐々に穴へと引きずり始める
「オォ?オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」
【八尺】は初めは疑問の声を上げていたが、ズルズルと、そして引き込む速度が上がってそれは驚愕の声に変わる。踏ん張っている様だが、地面に二本の溝を掘るだけの結果になっている
やがて間近まで引きずられた【八尺】が振り返りざまに大鎌を俺に向けて振り下ろす。それを俺は瞬時に黒い獣の腕に変化させた右手で刃を掴むと、そこから黒焔が燃え広がって熔かし蒸発させた
黒焔が手元に来る寸前で大鎌を手放して武器を失った【八尺】の全身から白い靄の様な物が湧き出て来る。それは苦悶の表情を浮かべた魂の様な物だったが、今回は相手が悪かった
黒い手が顔の一つを掴むと、剥ぎ取る様に穴へと引きずり込む
遂に地面から足が離れて俺の背後に浮かぶ穴へと持ち上げられた【八尺】だったが、なんと四肢を伸ばして穴と空間の境に引っ掻けて全身を黒い手に覆われながら耐えていた
「な!?クソが!」
俺は魔力を込めて黒い手に力を籠めるが【八尺】の抵抗で中々引き込めない。俺は此処から動けない上に【領域】の性質上、近距離攻撃を行った場合、確実に巻き込まれて引きずり込まれる。鬼瓦は片腕が使えない為、弓は使えない
「孝義、お前銃は?」
「悪いな。知っていると思うが持ってねぇよ」
「だよな」
分かっていたとは言え困った事態だ。いや、一人いたか
「おい、そこのあんた」
俺は【怪異対策班】の若い男を呼ぶ
「な、何だ!?」
「こいつを撃て!」
「む、無理だ!手が震えてまともに銃が持てないんだ!」
俯く男の叫ぶ様な声に俺は構わず言葉を続ける
「仲間の仇だぞ?悔しくないのか?」
「っ!それは…」
「どうなんだよ?おい!」
俺の言葉に男は顔を上げると、血を吐く様な悲痛な叫びを上げる。震える手で地面を握り締め、涙を流して噛み締めた唇から血を流す男に俺は不敵に笑うと短く答える
「…悔しいに決まっているだろ!?だけど俺には力が無いから!だからっ!!」
「あるさ」
その言葉に男は俺の顔を見る
「今のこいつは辛うじて穴に呑まれない様にしている状態、つまり既に追い詰めているんだ。流石に今、銃弾を喰らえば終わりだ」
俺は一旦言葉を区切る。そして男の眼を見て笑みを深めて言う
「それに自分で決着をつけないと後悔するぜ?」
「っ!」
男の手の震えが段々と治まり止まる。そしてよろよろと立ち上がると【八尺】に向けて拳銃を構えた。恐怖で震える体を意志の力で抑え込んだ男は覚悟を決めた眼で真っ直ぐと、引き金に掛けた指をゆっくりと動かす
『止めろ!こいつにそんな物効かない!諦めるんだ!』
「っ!隊長の声で話し掛けるんじゃねぇ!この化け物がぁああああああああああああああああああああああ!!」
隊長の男の声が聞こえてきたが、男の眼に宿る意志の炎は揺らぐ事は無かった。怒りに満ちた声で吼えると引き金が引かれ、弾倉に込められていた全ての銃弾が【八尺】へと放たれた
銃弾は胴や頭に着弾し、体が揺れて【八尺】の手足から一瞬、力が抜ける。その隙に黒い手は一気に【八尺】を奈落へと引きずり込んだ
「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ…」
雄叫びの様な声が遠のいていき、開いていた穴が収縮を始める。空は暗くなって気温が急激に下がり、周囲の時間が一気に動き出したかの様に草木が伸びて、家屋は汚れ朽ちていく。男は緊張の糸が切れたのか膝から崩れ落ちて、そのままうつ伏せに倒れた
『………』
孝義と鬼瓦が男に駆け寄り、状態を調べているのを眺めていると収縮した穴が完全に消失する直前に何か脳内に声が聞こえた。その内容について考えていると、孝義がこちらに駆けてきた
「気絶したみたいだ」
「そうか」
俺は眼を閉じてシュレディンガーと分離しようと意識を集中する
…
……
………?
何時もなら終われば脚を前足で突くなり、勝手に上ってくるなりする筈だが一向にその様子がない。思わず首を傾げていると、脳内に困惑した様なシュレディンガーの声が聞こえてきた
『出れねぇな』
「はぁ?どういう事だ?」
『如何やら完全に精神が癒着したみたいだな』
「はぁ~!?」
「た、大将、どうした?」
「…シュレディンガーと融合した」
孝義の問いに俺は困惑した声で答える。孝義は困った様な笑みを浮かべると尋ねる
「えぇっと、つまり?」
「シュレディンガーと文字通り一心同体」
『異心同体の間違いだろ』
「何を話しているのかしら?帰還するわよ」
「何でもない。帰るぞ」
「おう」
孝義は俺の言葉に、俺はシュレディンガーのツッコミに何とも言えない表情をしていたが、男を背負った鬼瓦の呼ぶ声に意識を戻して車を止めた場所へと歩き出した
【青梅村】から出て暫くして、行きにも使っていた鬼瓦が運転する車の助手席で、俺は先程聞こえた声について考えていた
『マダ終ワラヌ、我ガ心臓ヲ組ミ込ンダアレガ在ル限リ…』
【八尺】の心臓を組み込んだあれとは何だろうか?如何やらまだまだこの仕事は終わりそうに無い。そんな事を思った俺は、この先の事を考えて憂鬱気に溜息を吐いた
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【青梅村】跡地、アルベルト達のいた場所から離れた所に建つ、かつて市役所として利用されていたコンクリート製の二階建ての建物の中に【怪異対策班】の制服を着た、眼鏡を掛けた長身痩躯の青年がスマホを片手に立っていた。周りには無造作に引き出しや書類棚が開け放たれ、開かれた段ボールが散乱している
男は淡々とした口調で電話の相手に今回の仕事の報告をしていた
「ーあぁ、邪魔が入って【八尺】が無力化された。折角封印を解いて【怪異対策班】に潜入したのに拍子抜けだよ
ーえ?あぁ、問題無い。生き残りはいるが事前に記憶を操作してあるし、ちゃんと【領域】が展開されて再現された戸籍の内容は記録した。渡された保険もある
ーあぁ、【仏神兵】の管理者らしき名前も幾つか見付けたから後はそちらで調べてくれ
―其れじゃあ、そろそろ【神怪課】の連中に気付かれない内に撤退させてもらうぞ
ーあぁ、じゃあな」
通話を終えた男はスマホをポケットに仕舞うと、冷え込んだ空気に体を震わせて人知れず建物から立ち去った
最後に一言
【八尺】はここまで形態変化する予定なかったんだよなぁ~




