51.戦闘訓練からの模擬戦
お留守番していたジャンヌsideです
アルベルト達が貨物船の上で死闘を繰り広げていた頃、【第十三支部】の訓練場でジャンヌがシオンとクウにコンバットナイフを見せながら戦闘の講義をしていた。三人の服装は既に動きやすさを重視した飾り気のない黒いジャージ姿に変わっている
「―以上がこのナイフの説明です。では実際に振ってみましょう」
「えっ?もうですか?」
「えぇ、習うより慣れよと言いますし。刃は潰してあるので大丈夫ですよ」
ジャンヌは二人に刃を潰した訓練用のナイフを手渡すと、二人から離れて構える
「では一連の動きを見せますので良く見ていてくださいね」
そう言うとジャンヌは素早く動き出す。まるで踊る様に体を動かして一切の無駄無く上段、中段、下段の斬撃や突き、切り払いを繰り出す。最後に突きを放つとゆっくりと残心し、二人に向き直る
「この様な感じです」
「え…、えぇっと…」
「……」
見事な動きに感嘆すると共に、自分にこの動きが出来るのかと当惑するクウの横からシオンが前に出ると、先程のジャンヌと似た構えをする。そして次の瞬間、ジャンヌと比べると未熟で拙さはあるものの見事に先程のジャンヌと動きをしてみせた
最後の突きを終えると汗を流して荒い息を吐き、構えを解いてジャンヌとクウに向き直る。それにジャンヌは拍手をする事で答えた
「まだまだ未熟ですが初めてでそれ程の動きが出来れば上出来でしょう。クウ様もその様に心配せずともいずれ身に付きますよ」
「そう…ですか…」
クウがジャンヌの言葉にそう返すと、訓練室の扉が開かれる。中に入ってきた鬼瓦は、肩に刀身が1mはある肉厚で大きい抜き身の大刀を片手で肩に担いだまま、ジャンヌに片手を上げて話し掛ける
「あら?ジャンヌちゃんじゃない。貴女も訓練かしら?」
「えぇ、シオン様とクウ様に得物の使い方を教えています」
「そう…、ねぇ、ちょっと付き合ってもらえないかしら?」
「と、言いますと?」
「実際戦っているのを見るのも良い経験じゃないかしら?」
「…そうですね。では早速始めましょう。お二人共壁際までお下がりください」
ジャンヌは二人を壁際まで下げると、虚空から金色に輝く諸刃の鎗を召喚する。それを見た鬼瓦は端正な顔に獰猛な笑みを浮かべて飛び掛かった
「ハァッ!」
真上から片手で振り下ろされる大刀を半身で躱すと、その動作を利用して引いた槍を鬼瓦に向かって突き出す
「あら!」
鬼瓦は空いていた手で素早く槍を掴むとそのまま脇に受け流す。そして漸く地面に着いた大刀が床を粉砕し、一瞬にして土煙が朦々を湧き上がる。ジャンヌは視界が塞がれる事を嫌って後ろに下がると、土煙の中から鬼瓦が前傾姿勢で大刀を真横に構えて飛び出した
横薙ぎに大刀が振るわれる。ジャンヌは跳躍すると大刀を足場に更に上に跳び、前転して天地が逆さになった所でスーツの内側から拳銃を抜いて銃口を向ける
「ハァッ!」
「ッ!」
引き金に指を掛け、後は引くだけになった所で鬼瓦は大刀の軌道を強引に変えて真上に振り上げる。風を切り裂く音が聞こえる程高速で迫る刃を、ジャンヌは体を捻り、間に槍を挟む事で受け流して体操選手の様に見事な回転と捻りを空中で行い、よろける事無く着地した
素早く銃を構えて全弾発砲したジャンヌに対し、鬼瓦は真横に薙ぎ払った衝撃で全ての銃弾を叩き落とす
「流石は鬼瓦様です。中々攻撃が届きませんね」
「そう言うジャンヌちゃんこそ私の攻撃を全ていなしちゃって。しかも全然本気じゃないでしょ?」
ニヤリと笑い、闘志に滾った眼でジャンヌを見る鬼瓦の言葉にジャンヌは薄くフッと笑うと、片手で空になったをマガジンを拳銃から排出し、そのまま器用にポケットから取り出した新たなマガジンを装填する
準備が整った事を示す様に槍を構えて受けの体勢になったジャンヌに、鬼瓦は笑みを深めると彼、或いは彼女は腰に下げた銀の水筒を手に取って呷ると、鬼瓦の周りに闇色と言うべき紫がかった黒と血色のオーラが彼女の周囲に渦巻き始める
額には黒光りする一対の緩やかな弧を描く3cm程の角が伸び、浅黒い肌が若干赤っぽく変色する。瞳には金の筋が混じり肉食獣を思わせる物へと変貌して、口元に上下二対の牙が伸びるとオーラが鬼瓦に収束してそのまま体内に吸い込まれる様に消えた
「【鬼闘化】、ですか」
【鬼闘化】とは鬼の半妖である鬼瓦が持つ能力の一つだ。酒に含まれるアルコールによって自身に眠る鬼の血を呼び覚まし、肉体を鬼の物に一時的に変える事で身体能力を爆発的に向上させる事が出来る
「えぇ、じゃあ行くわよ!」
その言葉と同時に先程とは比べ物にならない程の速度で肉薄すると大刀を振り下ろす。それを後ろに下がる事で避けると、鬼瓦は振り下ろしを途中でキャンセルし、小さく自身に引き寄せると鋭い突きを放つ
ジャンヌは体勢を低くして紙一重で潜り抜けると、構えた槍と四肢に魔力を纏わせる
「《ピアス・ロザリオ》」
カウンターで放たれた刺突は夜空を駆ける流星の如き輝きを持って鬼瓦の脇腹を穿ち、先端に渦巻く魔力が炸裂して小さく弾き飛ばす
「うっ!」
小さく声を漏らしてよろめく鬼瓦にジャンヌは肉薄すると槍を横薙ぎに振るう。更にそのまま振り上げると槍を真上から叩き付け、最後に再び刺突した
槍が纏っていた魔力が渦巻く衝撃となって鬼瓦に追撃する。大きく吹き飛ばされた鬼瓦は脚が地面に着いた後、二、三歩後退ると片方の唇を釣り上げて笑う。対するジャンヌは今あった事を表情を変えずに口にした
「今の一瞬で【練気術】《金剛体》による防御、そして薙ぎ払いと叩き付けを的確に大刀の腹で受け流し、最後に大刀を盾にして更に後ろに跳ぶ事で被害を最小限に抑えましたか。お見事です」
「フフフ、それでもかなり効いたわよ。【鬼闘化】した私の動きについてきた挙句、カウンターを打ち込むなんてね」
「日々の鍛錬の結果です」
ジャンヌはそう言うと一瞬で鬼瓦に肉薄し、それを体の向きを変える事で回避した鬼瓦は大刀を振り下ろす。ジャンヌが飛び退って回避すると、鬼瓦は瞬時に大刀に魔力を纏わせてその場で斬り上げた
大刀から放たれた魔力は突き上げる斬撃となって床を切り裂きながら縦に大きく伸びて走る
ジャンヌはそれを避けてふと背後を振り返ると眼を小さく見開いて焦りの表情を浮かべる。それは技を放った鬼瓦も同じだった
何故なら、技が突き進む先にはシオンとクウがいたからだ。二人は突然の出来事に動けない。ジャンヌが慌てて二人の前に行こうとするが間に合わない事は明白だった
「はぁ~」
何時の間にか二人の前にいたシュレディンガーは気の抜けた溜息を吐くと、シュレディンガーの体から黒靄が湧き出し輪郭が朧気になる
二回り程大きくなった黒靄の中央に紅いアーモンド形の三つの横並びの光が現れるとその下に口の様な亀裂が走り、その中から血色の長い舌の様な物が斬撃に向かって伸びる
舌が斬撃に触れた瞬間、斬撃は消失し、同時に黒靄が収束してシュレディンガーは元の黒猫の姿に戻った
シュレディンガーは瞑目するとやや低い声でジャンヌと鬼瓦に向かって口を開く
「お前ら、今日は此処までにしろ。そして今、起きた事について良く考えておくんだな」
「…分かりました」
「…分かったわ。失礼するわね」
【鬼闘化】を解除した鬼瓦は申し訳なさそうな表情を浮かべると、肩を落として大刀を担いで訓練室から出ていく。ジャンヌも槍を消して、何時も殆ど変わらない顔を一目で判る程シュンとさせてシオン達の下に歩いてきた
「…申し訳ありませんでした」
「い、いえ!ジャンヌさんが悪い訳ではっ!」
「そうですよ」
頭を下げるジャンヌにクウとシオンはその様子に慌ててそう言う。しかし三人の間に座るシュレディンガーは閉じていた眼を開けてジャンヌを見上げると冷静にジャンヌに語り掛ける
「ジャンヌ、今回は熱が入り過ぎて視野が狭まったな。もう少し冷静ならそもそも立ち位置を上手く調整出来ていた筈だ。俺が防がなかったら間違えなく死んでいたぞ
万が一、立ち位置がああなったとしても盾を召喚して防ぐ事も、何等かの技で迎え撃つ事も出来た筈だ
一対一の戦闘なら攻撃を次に繋げる上手い動きと評価出来たかもしれないが、今回の様に護衛対象がいる場合の対処としては落第点も良い所だ。精々反省する事だな」
「はい…。申し訳ありませんでした」
肩を落とすジャンヌにクウとシオンはオロオロしながらも何も言えない。三人の様子にシュレディンガーは溜息を吐くと仕方ないといった様子で口を開く
「あいつには伝えないでおいてやる。二人も構わないな?」
「は、はい」
「構いません」
「ありがとうございます」
室内の沈んだ空気にシュレディンガーは居心地が悪そうに顔を顰めると、元居た荷物の上に戻って丸くなった
人物紹介
鬼瓦紀矢子
コードネーム【酒呑童子】
鬼の血を受け継ぐ半妖のオネエ。【鬼闘化】の発動条件はアルコールの摂取
【鬼闘化】とは鬼の因子を遺伝子に宿す【特異体質者】の人為的な先祖返りを起こす事である。それぞれ固有の変化と能力を持つ。多くの場合、額に一本、又は二本の角が生える




