48.異形と海神の挟撃
船上戦です。巨大生物に立ち向かうって何かワクワクしません?
【全ての鮫の父】は一応、公式のデータを使用しています
【全ての鮫の父】が大きく反らして持ち上げていた体がそのまま真後ろに倒れていく。津波の様な水飛沫を両脇に撒き散らすとそのままその巨体を海中へと沈め始めた
海面に見えた白い輝く様な影から予想していたとは言え、いざ目の当たりにすると思わず冷や汗が流れる
砕かれた手は後少しで治るがこちらは俺と孝義しかいない上にコンテナ内に捕らわれた民間人がいる。この船を守りつつ、更に言えば場合によってはこの船を操縦する必要がある事から考えてかなり状況は良くない。最悪と言っても良いだろう
せめて誰かいれば…。そう思っているとプロペラ音と共に一台のヘリがこちらにやって来た。敵か?と思い【オティヌスAASⅢ】に取り付けられた可変スコープを覗き込むと如何やら【第十三支部】に配備されている移動用の小型ヘリだった
ヘリが貨物船の真上に来ると高度をかなり落とし、高さ10m程の所まで近付くと側面にある扉が横にスライドして開き、中からカナリアと鏡華がテラスに飛び降りて危な気なく足から着地した。俺はヘリが飛び去った後、二人に尋ねる
「お前ら、どうして此処に来た?というかどうやってこの船を見つけた?」
「「樋口様(お父さん)が困っている気配がしたので(から)取り敢えず勘で来ました(来たよ)」」
「…あぁ、そうか。ありがとよ…」
「おい、大将!奴がそろそろ来るぞ!!」
俺が軽い頭痛を覚えながら思わず疲れた声を漏らすと、孝義が慌てた声で俺に報告する。それで今の事態を思い出し慌てて指示を出した
「孝義!お前確か船の操縦出来たよな?もし誰も操縦していないなら東京湾に引き返してくれ。カナリアは周囲の索敵、鏡華は障壁での防御を頼む」
「了解、行ってくる!」
「分かった。頑張る!」
「畏まりました」
俺の指示に従い孝義は船橋にある操縦室に、カナリアは拳銃で船室に繋がる廊下の出入口の屋根に向かって、一発発砲してからどこからともなく黒い渦巻く球体を近くに浮かび上がらせて壁に向かって跳ぶと、体を起こして壁をまるで平面の床の様に駆けあがって船室の屋根の上に移動する
テラスに残った鏡華が紡ぐ障壁を張る為の詠唱を聞きながら俺は海面に向けて【オティヌスAASⅢ】を構えた
白波を立てて進む船の周囲には無数の大型の鮫が並走している
暫く警戒していると、左後方から白い影が急速に大きくなりこちらに接近してきた。素早く照準を合わせると引き金を握る指に力を籠める。引き金が数cm下がった瞬間、再び砲弾が放たれた
俺は影に一直線に飛来する砲弾は確実に標的に着弾すると思っていた。しかし海中の白い影は直前で海中に潜り、海面から白い影が消えて砲弾は虚しく海面を穿つ
スコープから眼を離して海面を見回していた次の瞬間、目の前の海面が爆ぜ、【全ての鮫の父】がその巨体を翻して尾鰭を貨物船に叩き付けてきた。その一撃に船体は軋んで大きく傾き、瀑布の様に降り注ぐ大量の海水が船上にいる者を押し流そうとする
【オティヌスAASⅢ】を捨てて鏡華の下に走った俺は鏡華を右腕で抱き抱えると、近くにあった船室等がある廊下の出入りの扉を開けてそこに倒れる様に飛び込んだ
ザバァー!!という水が勢い良く流れる音が響いて暫くして降り注ぐ海水が止み、船の傾斜が元に戻ると俺は抱き抱えていた鏡華から腕を離して立ち上がる。俺は鏡華の手を取って立ち上がるのを手助けすると鏡華に尋ねる
「はぁ、はぁ、鏡華大丈夫か?」
「はい、助かりました。ありがとうございます」
「お前は此処にいろ。俺は外を見てくる」
少し頬を赤くして微笑む鏡華が無事と分かったので俺はテラスに出る。水浸しになって、打ち上げられた鮫が這い回るテラスから下を見ると驚く事にコンテナは全て濡れているものの残されたままだった。テラスの上にいた奴らは流されたみたいだが、孝義に倒された部下達は落下防止の柵に引っ掛かっている
俺はナイフで鮫を始末すると、柵に引っ掛かっていた【オティヌスAASⅢ】を拾い、スマホを取り出して孝義とカナリアに専用の共有回線で電話を掛ける。二人共数コールした後に繋がり応答があった
「こちら樋口、お前ら無事か?」
『こちら孝義、色んな所をぶつけたが大丈夫だ。だが船の方は後数回喰らえばアウトだな。既に機関に少し被害が出て船速を上げる事が出来ない』
『こちらカナリア、すっかりずぶ濡れだよ。それと鏡華が羨ましいから帰ったら抱き締めてね?』
「何を言っているんだお前は?兎に角、無事で何よりだ。孝義は船を操縦してくれ。カナリアは―」
『お父さん、真ん中のコンテナの様子がおかしい。中から何か来るよ』
カナリアの言葉に呆れた声で返した後に指示を出していると、それを遮ってカナリアが普段の明るい年相応か少し幼ささえ感じる程の高い声からは考えられない程、鋭く落ち着いた低くなった声で報告する
俺は直ぐに言われたコンテナを確認すると、先程の手榴弾の爆発で破損していたコンテナの壁が内側に大きく拉げており、その壁からガツン、ガツンという何かで壁を叩くような音が響くと共に小さく外側に凹み始めた
手榴弾の爆発や先程の水圧で破損しているとはいえ中々壊れない壁に、コンテナの中に潜む物はイラついた様に壁を叩く強さと速さを上げていく。暫く暴れる様に壁を叩く音が響いた後、一瞬、壁を叩く音が止む。そして次の瞬間、ズドンッ!!という何かを勢い良く叩き付ける様な音と共にコンテナの分厚い壁が内側から吹き飛んだ
水の滴るコンテナの中からピチャリ、ピチャリと音を立ててそれは現れる
―それは体長2m程で二足歩行をしており、一見するとその輪郭は人の様に思えた。しかし、襤褸切れが貼り付く全身は重度のやけどをした様に肉が爛れて緑がかった赤黒い肉が露出し、白く濁った虚ろな双眸とだらしなく半開きになった涎を垂らす口からは欠片の生気も感じられず、形容するならば正しく米国の映画やゲーム等に登場する様なゾンビであった
横に平たく肥大化した両腕からは無数の蠢く触手が生え、変形した両手は鋭い黒緑色の爪が伸びている
先程まで気付かなかったがよく見ると背部に亀の甲羅の様な物があり、その上に海の岩場等に貼り付いているフジツボの様な突起物が幾つもあって不気味に膨張と収縮を繰り返している
甲板に出たそれは二、三歩よろめきながら前に進むと背中を突き出す様に体を曲げると、一段と拡大した背部の突起が収縮し、そこから一斉に白っぽい緑色の茸の胞子の様な煙を勢いよく噴き出した
煙はテラスの下の甲板を覆い尽くし、視界を塞ぐ。船が高速で動く事で発生する風でそれが晴れると、そこにはゆっくりとした動きでこちらに近付く最初のゾンビがおり、端の方には柵に引っ掛かっていた部下と鮫がもがき苦しんでいる姿が見えた
暫くもがいて暴れていたそれらは段々とその動きを弱めていき、やがて動かなくなったかと思うと体が肥大化していく。急速に膨張する内部に追い付かず皮膚や鱗が裂けて血液が零れ落ち、ガクガクと痙攣する体から湧き出る触手が全身を覆い尽くす
やがて長く伸びた触手は近くにいる物も飲み込み始め、部下達が固まる一角が巨大な触手の繭へと変貌するとその動きを止めた。その近くには鮫が作った無数の歪な小さい楕円体が転がっている
ピシリと音を立てて一斉に繭の表面に一条の長く細い罅が走る。それは直ぐに数を増して繭全体に広がると、部下達が入った大きな繭を突き破って一本の腕が外に向かって伸びる
だがそれを一本とするのは少し語弊がある様にも思えた。何故なら繭を突き破ったその腕は無数の人間らしき腕が絡み合い、手が乳緑色に変色した肋骨の様な大きな骨で出来た物だったからだ。その内新たにもう一本の腕が現れると繭が崩壊し、中から新たな異形が現れた
解説
【全ての鮫の父】
【ルルイエの主】クトゥルフの化身の一つ。巨大な古代鮫の姿をしており、配下として無数の鮫を伴って現れる。その本質は海からの物理的な破壊であり、その強靭な体や顎、鰭によって引き起こされる高波で艦船や港等に甚大な被害を与える
この化身は奉仕種族の深き者でさえ制御出来ず、重大な拠点の壊滅等の本当の意味での最終手段として召喚される
『其れは大海の災害の具現にして、大いなるルルイエに眠る神の怒りの化身
其の尾鰭の一掻きは全てを呑み込む大津波を起こし、其の巨体の一撃は陸を崩して海を広げ、其の一噛みは大型船をも割り砕く
付き従える鮫は幸運にも神の口から免れた者を襲い、痕跡を残さず貪り尽くす』




