41.日本
新年明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します
それでは2章【海神八尺】始まります
さて、『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった』何て川端康成の小説の有名な書き出しがあるが大して長くもない昏い《門》を潜るとそこは無機質な灰色のビル群が建ち並ぶ懐かしき光景が広がっていた
疎らに見える街路樹の銀杏は黄葉して風に舞い、地球温暖化やら環境汚染やらで急速に普及した電気や水素で動く自動車に紛れて、今尚使われているガソリンやディーゼル車による排ガスで油の独特な臭いを持つ少し曇った空気に懐かしい息苦しさを覚えて俺は僅かに顔を顰める
俺は物珍しそうに今いる狭い行き止まりの裏路地から辺りを見回すシオンとクウの様子を微笑ましく思いながら荷物を下ろしてスマホを取り出すと、片手で番号を打ち込みとある人物に電話を掛ける
「もしもし、ジャンヌかい?…あぁ、うん。まぁ何とかやってるよ。それでちょっと頼みがあるんだけど。…え?今向かってるって?じゃあ、ちょっと途中で十二歳位の女の子の服を二着位買ってきて貰えるかい?…うん、え?あぁ、うん。じゃあ、宜しくね?」
通話を終えた俺はスマホを外套のポケットに仕舞って二人を見るとそれぞれ不思議そうな顔をしていた
「今、何をしていたんですか?」
「ん?あぁ、これで知り合いに連絡していたんだよ」
シオンの問いに俺はスマホを取り出してプラプラと数回振って仕舞う。クウは真剣な表情で俺を見ると尋ねる
「アルベルトさんは何者ですか?」
「しがない魔術師だよ、と」
「―動くな」
クウの問いを薄く笑って流すと、次の瞬間に背後から静かで鋭い女の声と共に首筋にナイフが添えられる
首に微かに触れる刃の鋭く冷たい金属の感触と背後から発せられる殺気が、プラスチック等を使った下らない玩具等ではなく、このまま刃を近付けて引けば人を容易く殺せる本物のナイフであると証明している
俺は驚いた表情を浮かべる二人に笑いながら頭の横に両手を上げると背後にいる女性を盗み見る
俺の頭一つ分下に見える見覚えのあるブロンドの髪に懐かしさを覚えていると、背後から短い問いの様な言葉が掛けられる
「月に?」
「誓いを」
「孤狼に?」
「叛逆の爪牙を。果たされぬ誓いを果たす為に我らは抗う」
「最後に貴方は誰ですか?」
「かつて樋口圭吾を名乗っていたしがない魔術師の一人だよ。質問はこんな物で構わないかい?」
俺が薄く笑ってそう問うと、首に添えられていたナイフがゆっくりと外される。ゆっくりと振り返ると、そこには右手に赤みがかった刃の無骨なコンバットナイフを持つスーツ姿のブロンド髪の女性がこちらに一礼していた
「お帰りなさいませ。樋口様…っ!」
「あぁ、只今。ジャンヌ」
女性―この世界に於いて表の仕事や本来の組織の部下の一人であるジャンヌは記憶の中の彼女より大人びており、この世界から離れていた時間を感じさせる
顔を上げたジャンヌは俺の後ろにいる二人を見て普段のクールな顔に僅かに疑問の表情を浮かべて少しずれた眼鏡を片手で直しながら俺に尋ねる
「それで彼女達はどうなさえたので?」
「それが今回、此処に戻ってきた理由でな。所で頼んでいた物はあるか?」
「はい。彼女達にですね?」
路地裏の入り口に置かれた紙袋を持ってきたジャンヌに俺は頷く
「あぁ、二人の恰好は少し問題だからな。見張っているから着替えを頼めるか?」
「お任せ下さい」
そこまで言った所でアルベルトは思い出した様にシオンとクウに振り返ると女性を紹介する
「っと、二人共紹介するよ。この人はジャンヌって言ってこの世界で俺の秘書…まぁ、簡単にいうと色々手助けしてくれている人だ。少しの間だけこの女の人に従ってくれ。ジャンヌ、この娘達はシオンとクウだ。ちょっと訳ありでな。頼んだぞ」
「わ、分かりました」
「は、はい」
「了解しました」
紹介されたとはいえ先程の一連の出来事に戸惑っている二人にジャンヌは歩み寄り、しゃがんで目線を合わせると笑みを浮かべて優し気な声で話し掛ける
「どうもこんにちは。私はジャンヌと言います。宜しくね?」
「宜しく…お願い、します」
「…宜しく…」
恐る恐るといった様子の二人にジャンヌは笑みを深めると、手に持った紙袋から二人分の衣服を取り出して言葉を続ける
「済みませんがお二人の恰好は少々目立つのでこちらに着替えてもらって構いませんか?其れとこの指輪を着けてください」
「は、はい」
「分かりました」
俺は荷物を担いで路地裏の入口まで行くと、ジャンヌに従って二人が着替えている間に街を観察する
最後に見た時の記憶と余り変わりない街の平穏な光景に、俺はその薄氷の様なその平穏の裏に潜む狂気染みた世界の真実を知らない街を行き交い、友人や会社の同僚と談笑する人々の姿に僅かな憧憬を覚えた
「終わりました。…どうなさりましたか?」
二人の着替えを終えたジャンヌが俺の隣に来て尋ねてくる。俺は顔を街から動かさずに答えると、二人に聞こえない声でジャンヌに指示を出す
「…いや、何でもない。【第十三支部】へ行くぞ。他の奴ら数人に連絡を頼む」
「畏まりました。会社へは向かいますか?」
「いや、今の所その予定はない。お前も見た通りシオンは兎も角、クウは確実に保護して自衛出来る様にする必要がある。だから二人を頼んだぞ」
「畏まりました」
「さて、行こうか」
俺は二人に向き直る
秋を感じさせる赤や黄色みがかった暖色系の茶色っぽい色違いの若者らしい薄いセーターとロングスカート姿になった二人は、共に容姿が良い事もあり子供向けのファッション誌のモデルの様だと思いながら口を開く
シオンは帽子の中にある耳が気になるのか帽子の位置を直しており何処か落ち着きがなく、左眼を眼帯で隠したクウは右手の中指に着けた、宝石の代わりに単方向に筋が走る黒い金属が嵌められた銀色の輪に細かい記号が刻まれた指輪を不思議そうに眺めている
「さて、じゃあ行く場所あるから行こうか」
「分かり、ました」
「はい…」
俺達は裏路地から出て交差点を抜けて暫く歩くと目的地である銀行の前まで辿り着いた。が、何処か人だかりが出来ており騒がしい。少なくともボーナスの時期では無かった筈だ
俺は荷物の紐を襷掛けに背負い直すとシオンとクウの手を引いて人だかりを抜けて中に入る。中には床に一塊になって座る怯えた二十人位の男女と銃を持って覆面を被った二人組の姿があった
俺は思った。『あ、これ銀行強盗だ』と
「おい!お前―」
―ドパンッ!ドサッ
俺に気付いた二人組の片方が大声を出して拳銃を向けたので取り敢えず二人から手を放して、そのまま腰のホルスターから拳銃を抜き撃ちして射殺する。強盗犯は眼と、弾丸が貫通した後頭部から血液と脳漿を噴き出し倒れる
突然仲間が殺された事に戸惑いを見せている内に、俺はもう一人の手の拳銃を指ごと撃ち抜くと、痛みで体を折り曲げた強盗犯に魔力を纏わせ強化した脚で一気に肉薄するとそのまま身体を捻り、フィギュアスケートのジャンプの様に跳んで放った後ろ回し蹴りで思いっ切り蹴り抜いた
骨が複数折れる嫌な音を体から鳴らして水平に吹き飛ぶと、背後のカウンターにドゴンッという大きな音を立てて体を打ち付けるとバウンドしてうつ伏せに倒れて動かなくなった
「時間の無駄だった。行くぞ」
「は、はい!」
「……(プルプル)」
俺は斃れた強盗犯から眼を離すとカウンター横にある職員用の扉を開けて二人に声を掛けるとクウが上擦った声で答えた。シオンは何も言えずに震えている
…少しやり過ぎたか…。反省せねば
怖がりながらもついて来てくれた二人とジャンヌと共に扉を潜り、ジジィと耳障りな音を立てて明滅する蛍光灯が頼りなく照らす薄暗い所々罅割れたコンクリートの長い真っ直ぐな廊下を進み、行き止まりの二つ手前の廊下の右側にある扉を押し開ける
長い下り階段を進み、再び古びた鉄扉を開けると、中から溢れた光に目を細める
そこは正面の壁一面にそれぞれ別の番組を映す幾つかの液晶モニターと、部屋の中央にあるホテルのエントランスホールの様なソファーや机、観葉植物が置かれた、左右の壁に三つずつオフィス等にある様な質素な扉が並ぶ室内だった
解説
今から約18年程未来の地球。大規模な災害と活発化した神話的存在や教団によって世界は大きく変化している
日本では表面上は変化が乏しいが、水面下では数多くの神話事件が発生して奇妙な死者や行方不明者が日常的に現れている。其の結果として治安も悪くなり、一般人の銃の所持が認められる様になったが、下地が無い為に余り普及はせずに、主に運送業や警備会社等が所持している。又、傭兵等の荒事関係の職業が増加している
神話的事象の侵食状態としては、記録上、本土では東京が一番まとも(但し、裏では確実に狂気が侵食している)で、基本的な大都市はそれなりの状態。但し、京都は陰陽師が最盛期の平安時代ばりにヤバく、ある意味魔境と化している
本州以外の現在までの状況は、沖縄や離島は管理困難で基本的に放棄。四国は2032年当時に存在していた大規模カルト連合によって神格が少なくとも一柱招来された事により、一時的に占領されたが4年後に奪還。九州は表向きは平和
北海道は冷気系統の神話生物と睨み合い中。一部の地域では何やかんやで共存していたりするし、実質独立状態
因みに更に北の北方四島は神話生物に支配された際のゴタゴタに紛れてロシアが完全に支配下に置こうとして返り討ちに遭った所か、其のまま侵攻されて東側が壊滅する一歩手前の状況に陥った
序に情報公開
ジャンヌはあのジャンヌ・ダルク本人。19歳の頃に行われた火刑の時に、とある出来事で過去に飛ばされた樋口圭吾が其処に突っ込んで救助した。其の為、過去改変が発生した模様。現在31歳だが魔術やら技術やらで20代に見える
着替の時に渡した指輪は【バベルの指輪】と云う魔導具。簡単に説明すると装着者と会話する対象双方の言語を自動翻訳する指輪
素材に【バベルの残骸】と云う石ころを使う




