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38.【Pandora hope】

そろそろ1章が完結します

エレベーターに乗った二人を待っている物とは…?

 暫く互いに黙ってエレベーターに乗っているとシオンが俺の方を向いて頭を下げた。


 「先程は私を助けてくれてありがとうございました」

 「構わないよ。俺が勝手にやった事だ。それに君の父親を助ける事が出来なかった」

 「それでも感謝します。あのままでは私も殺されていましたから…」

 「この話は止めだ。それと約束してもらいたい事がある」

 「何ですか?」

 「俺に関わる情報を絶対に口外しない事」

 「何故ですか?」

 「色々あってな。さて、もう直ぐ着くぞ」


 俺がそう言って少しするとガタンと音を立ててエレベーターが停止し、扉が開かれる。先には左右に二つずつ飾り気のない白い扉が並んだ廊下と正面に塗装の無い両開きの鉄扉が見える。


 俺は廊下を進むと左右の扉を無視して正面の鉄扉を開けた。


 中は30m四方の正方形の部屋で床には無数のコードやケーブルが縦横に這い回り、それに繋がれたモニターや計器の付いた大小様々な機械類が部屋の周りを埋め尽くしている。


 そして部屋の最奥には、太さや色が異なるコードの様な物や配管らしき物が土台部分の機械類に繋がれた、淡く発光する蛍光グリーンの液体で中が満たされた明滅する大きな紫水晶の様な結晶体が乗せられた高さ3m程のガラス製とみられる円柱が設置されていた。


 その中には一人の少女(・・・・・)が首にペンダントの様な物だけを下げた一糸纏わぬ姿で入っていた。いや、少女だった物(・・・・・・)と言うべきか。


 その少女は白磁の様なきめ細かく白い肌と絹の様な白髪を持ち、幼げなあどけない顔は思わず吸い寄せられる様な魅力を感じさせる。だがそれ以上に目を引くのが所々に見られる(・・・・・・・)体の異常性(・・・・・)だった。


 少女の左腕は肩から先が人間の腕ではなく途中で幾つにも分かれた鱗模様が浮かぶ灰緑の軟体動物の様な触手に変わり、首筋の左側から変異した肩に掛けて爬虫類の様なオパールの様な淡い虹色にも見える白い鱗に覆われている。そして左目の周りには赤い蜘蛛の巣を連想させる様な不思議な傷跡が存在していた。


 ガラス管の中程に浮かぶ少女は死んでいるのか眠る様に目を閉じやや俯いて動かない。


 「何…これ…?」


 目の前の現実離れした光景に茫然と呟くシオンの隣で俺は室内を見回していると、部屋の隅に機械類に紛れる様にひっそりと置かれた本棚と一冊の革の装丁の古びた本が乗った引き出しの付いた机がある事に気付いた。


 机の前まで移動すると先ずは本棚を確認する。


 かなり古い本の様でどれも紙が黄ばんでいるが、保存状態が良かったのか思った程装丁に擦り切れた様子は見られない。


 中を見てみると生々しい生物の研究記録や、神話的な知識が納められた冒涜的な知識の書物がほとんどだった。気が弱い人間ならこの中のどれか一つを少し読むだけで発狂するか失神するだろう。


 本を閉じると机に向き直り、引き出しを開ける。中には一冊の分厚いファイルが仕舞われていた。


 【Pandora hope】というタイトルのそれの調べてみると、如何やらあの少女を元の体に戻す為に行われた研究の記録らしい。一枚目のカルテらしき物には薄い笑みを浮かべた少女の写真と【パンドラ】と名前の欄以外に何も書かれていなかった。


 その後ろの紙には一面に細かく様々な仮説や予想が書かれていたが、そのほとんどに赤いバツ印が激情に駆られた様に溝が出来る程強い筆圧で殴り書かれていた。


 書かれる文字は後半になるにつれ乱れて行き、段々とインクを垂らした様な赤黒い汚れが一つ又一つと増えていく。紙を塗りつぶす様にインクをぶちまけた様に中央から赤黒い汚れに覆われた紙を最後に記録は途切れていた。


 そしてファイルを机に置くといよいよ机の上に置かれた本を手に取って中を見た。


 それはある一人の男の手記だった。


 ――かつて【無形なる崇拝】というカルト教団の幹部だったその男は、ある日とある少女の世話を任された。


 初めは命令だから仕方ないと余り乗り気でなかった男だったが、暫く付き合っている内に何時しか男の中で自分の娘の様に大切な存在へと変わり、男にとって少女との時間は掛け替えのない物になっていった。


 そんなある日、男は少女が近々行われる儀式の生贄になるという話を聞いてしまう。


 男は教団との決別を決意し、少女を連れて逃走を図るが直ぐに教団側に気付かれて追われる事になる。


 追手により満身創痍となった男の目の前に、何処からともなく現れた黒いシルクハットと燕尾服を纏った白人の男が男に向かって一言「君はとても面白い。だから手助けをしてあげよう」と言って《門》を開いた。


 あからさまに胡散臭く信用などとても出来そうになかったが、男には四の五の言っている余裕は無かった。何処に繋がっているかも分からない《門》を潜るとそこは森の中だった。


 既にかなりのダメージを負っていた男はそのまま意識を失ったらしい。


 男が目覚めるとそこは病院らしき施設のベットの上だった。跳び起きて辺りを見回す男に扉を開けて入ってきた白い髭を蓄えた初老のギリシャ人が声を掛けたそうだ。


 初老の男は【アスクレピオス】という名で男の事情を話した結果、協力してくれる事になった。この施設は蛇人間が人間に擬態して運営する医療機関らしい。


 男は彼らに協力しながら少女を元に戻す研究をして数年経ったある日、突如としてこの世界に教団の者達が現れた。


 男や蛇人間は奴らに抵抗する為の戦闘能力を持っていなかった為、男は苦肉の策として少女をこの部屋にあるポッドに入れて仮死状態にして此処に残し、男の能力で身代わりを作り、其れを囮として逃げ出した様だ。


 この記述を最後に白紙のページが続く。そして残り数ページになった所で一枚の古びた紙が滑り落ちた。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 あの子を頼む。奴らから守ってくれ

 そして願わくばあの子を元の体に戻して欲しい

 ―【生体の魔人】十一兼好―

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 落ちた紙を拾い上げて急いで書いた様に乱れた文字を暫く見ると、外套のポケットからボールペンを取り出して紙の裏に短く一言書いてボールペンを仕舞い紙を上に掲げる。


 「【この書置きが書かれた時へ】《逆行転移》」


 短い詠唱が終わると同時に掲げる紙が虹色に輝き出し、次の瞬間にアルベルトの手から消える。


 俺はそれを一瞥する事なく本棚と机を一通り見て浮かんだ幾つかの疑問に思考を沈めていった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ―??年前、地下施設


 「兼好!時間が無い!早く出るぞ!!」


 慌ただしい室内で一人の30代のくたびれた白衣を着た顎に無精髭を生やした男がメモに使う様な紙に手早く文字を書いて元の世界から愛用していた日記の間に挟んで机に置くと、仲間の焦った急かす声に頷いて振り返ろうとする。


 その時、パサリと軽い物が落ちる音が聞こえ振り返ると、何時の間にか黄ばんだ紙が日記の上にあった。


 男はそれを見て小さく笑うと部屋から駆け出した。


 黄ばんだ紙には短く日本語で『任された』とだけ書かれていた。

解説

アスクレピオス

蛇使い座のモデルにもなっているギリシャ神話の人物。医者で死者を甦らせたとしてゼウスに殺された事になっている

その正体は人間に融和的な蛇人間である

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