35.不可視の監視者
神話生物出ますよ~
クトゥルフ要素多少はあると思いますよ~?
男と数度打ち合い、斬りつけた所でダインスレイフの声が聞こえてきた
『済みません、旦那様。これ以上、この男の血を吸収するのは…』
俺はその言葉に大きく飛退いて男から距離を取る。ダインスレイフはその性質上、刀身に付いた血液を吸収するが、その際に血中の成分を全て吸収してしまう。生きた魔剣である事もあり、アルコールが多ければ酔うし、薬物等の影響も受けてしまうのだ
この【領域】を維持する為に納刀する訳にはいかないのでその場に突き立てると、右手に腰から抜いたナイフを逆手に持ち、左手に《倉庫》から拳銃を取り出す。これはかつての世界で得意とした戦闘形態の一つであり、対人戦闘に於いて最も使用していたスタイルであった
「ウグァアアアアアアアアアアアアアアア!!」
剣を振り被ってこちらに走って来た男に一気に肉薄すると、右腕で魔力を込めた肘鉄砲を肥大化した胸部に打ち込み怯ませると鳩尾を蹴って後ろに下がらせ、左手の拳銃から適当に三発の弾丸を放った
男は顔に剣を翳して初弾を防ぐが、残り二発の弾丸は最初の肘鉄砲で骨が砕かれて歪に凹んだ胸部と右腕の中程を穿つ。弾痕から赤黒い血液が流れ出すが、そこから薄緑の蒸気が立ち上ると徐々に傷口が塞がって行く
「グゥウ…ッ!ガァアアアアアアアアアッ!!」
殆ど塞がった傷口から燻る蒸気を散らして、男が異常に発達した脚力で距離を詰めると力任せに長剣を俺の頭目掛けて振り下ろす
「はっ!」
―バキィイイインッ!
俺は魔力を纏わせて強化したナイフの峰に付いているギザギザになっている部分――ソードブレイカーで受け止めると、ナイフを捻って男の長剣を中程から圧し折り、其れにより間合いが縮んだ長剣を上体を軽く反らして避けて、姿勢を戻す動きから流れる様に切っ先を無防備になった男の首の左付け根に深く突き刺す
「ガァアアアアアアアアアアアア!?」
ナイフを突き刺したまま手放すと、俺は折れた長剣を取り落として首に刺さるナイフを抜こうとする男の背後に回り、拳銃の銃口を男の手へと六発の銃弾を撃ち込んだ
男は手の肉が抉れている事も構わずに、毟る様にナイフを抜きながら振り返り、首から血と薄緑の蒸気が噴き出し、憤怒の形相でナイフを放り捨てて膝を曲げると地面を蹴り、水飛沫を上げて殴り掛かる
《倉庫》から取り出した新たな弾倉を拳銃に装填しながら男の力任せの拳を僅かな動きで躱すと手首の返しで上に投げ、伸びた腕を掴んでそのまま投げて背中から叩き付け、丁度落ちてきた拳銃を左手で掴むと衝撃で一瞬硬直した男の頭に向けて全ての弾丸を一気に撃ち込んだ
男は額に開いた穴から血を流すとビクンと大きく痙攣して動かなくなる。暫くか細く罅割れた怨嗟の様な低い声を口から漏らすと薄緑の蒸気を上げて急速に時間が流れる様に皺枯れて縮み、やがてミイラの様になって完全に死亡した
「アァ…ァ…ウァア……」
俺はそれを無視して弾倉を入れ替えるとナイフを拾い上げて仕舞う。そしてダインスレイフを引き抜くと納刀した。それと同時に天を覆う夜空に白い罅が入り、それはドンドン大きく広がって行く。そして罅が一面に広がると砕け散り、世界が白い光に包まれた
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―時は僅かに遡りアルベルトが【領域・血戦場】を展開した時、落とされた荷物の中からシュレディンガーが外に顔を出した
辺りを見回したシュレディンガーは蹲って泣いている少女を見ると、外に出て少女に近付き少女の足に体を擦り付けながら《精神の安定》の魔術を少女に聞こえない様な小さな声で唱えた
呪文の効果で精神が多少落ち着いた少女は足元のシュレディンガーに気が付くと、しゃがみ込んだまま持ち上げて縋る様に抱き締めた
―クスクス
抱き締められていたシュレディンガーの耳にそんな笑い声が聞こえてきた。少女の腕の中から神経を研ぎ澄ませて辺りを見回すがそれらしい影は見られない
シュレディンガーは魔力を纏うと拡散させ《仙術》の【生命感知】を使用すると、近くに浮かぶ五体の生命反応を感知した
(あぁ、奴らか。全く面倒な)
シュレディンガーは内心で愚痴ると少女に気付かれない様に極細の触手を伸ばすと生命反応があった場所に向けて伸ばした
突然、伸びてきた触手に不可視の嘲笑者は逃げようとするが黒糸の檻の如く取り囲む様に伸びた触手がそれを阻み、巻き付くと一気に体を締め上げた。クスクスという笑い声が苦し気に歪み、ギシギシと軋む様な音が立つ
少し経つと革製品が裂ける様な音と共に黒糸の触手で造られた目の粗い繭の様な物は徐々にその大きさを小さくしていき、やがて一本に纏まり中の存在を微塵に切り刻んだ
ボタボタと水気を帯びた物が落ちる様な音に少女は顔をシュレディンガーから上げて辺りを見回すが、それらしい物は見当たらない
不思議に思って首を傾げていると目の前の空間から紅い渦巻く球体が現れ、一瞬で霧状に広がって辺りを包み込んだ。それは直ぐに晴れるとそこには少女が逃げる時にぶつかった青年と、斃れ伏す異端審問官の姿があった
青年は少女に振り返ると近付き目線を合わせる様にしゃがみ込んで青年は少女の頭を撫でた
「もう落ち着いたか?」
「う、うん」
「そうか。じゃあ、もう少しそいつを抱いて待っててくれ」
『おい、近くに監視の星の精が転がっているからそれも回収しろ』
立ち上がって異端審問官の死体を調べに行こうとしたアルベルトにシュレディンガーが念話で指示を出す。アルベルトは荷物を漁るとやや灰がかったレンズのゴーグルを取り出して、荷物が入った袋を担ぐと異端審問官の死体に近付いた
ゴーグルを付けると少女を囲む様に鉤爪の生えた触腕を持つ乱雑に切り刻まれた死骸の山が五つ出来ているのが見えた
アルベルトは異端審問官の死体を挟む様に出来た死骸の山の一つに近付くと死骸から流れる体液を袋から取り出した大型の注射器で吸い出して試験管型の容器に移す。次に外套の内側からメスに似た銀に輝く刃物を取り出すと、分厚い皮とそれに覆われた肉や触腕を切り取って容器に収めた
容器の蓋を閉じるとプシュッという空気が抜ける様な音を立てて閉まる。それを袋に仕舞うとメスの刃を布で拭って外套の内側に納めた
次にセルタス以外の異端審問官の死体と星の精の死骸を一纏めにすると身包みを剥いで魔法で火を着けた
煌々と燃える炎に照らされながらアルベルトはセルタスの横にしゃがむとセルタスの乾燥して皮膚がささくれ立った手首を握り、大型ナイフで干乾びた腕の肘から先を切り取ると透明な袋に入れる。暗緑色のそれは正に太古の時代に造られて変質したミイラを彷彿とさせる
切り口からは水分が少ないのか一世紀以上昔の霊安室に漂う死臭や腐臭の様な鼻に衝く悪臭がする粘性の濃緑の体液がボタッ、ボタッと滴りどす黒い肉と淡緑色の骨が妙に不快さを感じさせた
二の腕側から滴る体液を回収したアルベルトは死体を切り刻んで一纏めにすると《倉庫》を開いて中から真鍮の様な輝きを持つ1m四方の金属の立方体を取り出した
アルベルトは正面にあるパネルの文字盤を操作するとカシュッ、ガタガタと音を立ててパネルがある面が横にずれて、横長の空気を入れるタイプの緩衝材の様な物で全面が覆われた空間が現れる。その中にセルタスの死体を入れると扉を閉めて再びパネルを操作する。やがて入力を終えると金属の立方体は一瞬で元の世界へと姿を消した
何故こんな事をしたかと言うと危険だからだ。【アトゥロスタント】は要するに麻薬の一種なので、燃やせば気化した成分が風に流されて辺り一帯に被害を及ばず事になり兼ねない。異常な再生能力と狂暴性を持つ化け物を好き好んでばら撒く趣味はアルベルトには無かった
先程送った死体はかつての同僚達が適切に研究、処分をしてくれる事だろう。切り取った腕は個人での研究用だ
一仕事を終えて溜息を吐くと、煙草を吸おうと胸ポケットを探るがどうも切らしていた様で服を掻くだけだった
アルベルトは不満気に小さく舌打ちをするとシュレディンガーを抱く少女の下に歩きだした
解説
星の精
不可視の吸血種族。先端の鋭い触手で吸血して消化するまでの数秒か、特殊な薬剤等で色が付く事でのみ見る事が出来る
特徴としてクスクスという笑い声に似た鳴き声が挙げられる
触手による組み付きは強力で脱出は困難である。又、厚い皮が装甲の役目を持つ
翼は無いが浮遊している。風の影響は受けずに自分の意思で行動出来る
魔術師に呼び出される事が多く、割とメジャーな神話生物である
『見えざる嘲笑者は哀れな獲物に忍び寄り、触手で絡め取り血液を啜る。吸われた血液で束の間に暴かれた姿は口だけの肉塊とのたうつロープを備えた忌まわしき浮遊する冒涜的な怪物で、犠牲者を抱えたまま刻々とその姿を薄れさせていった』




