34.赤き領域
神話生物が出ます
クトゥルフしているかは保証し兼ねます
変更報告【ベルセルク】→【アトゥロスタント】
アトゥロスタントはatrocityとmutantの合成語です
「展開せよ。【領域:血戦場】」
その言葉と同時に先程鞭を振るった仮面の人物の左目辺りに投擲したナイフが突き刺さり、赤い水飛沫を上げて後ろに倒れる。糸目の男は充血した眼で突然一転した景色に困惑した様子で見まわしていた
「何…ですか?これ…。此処は一体何だ!?」
「分からなくて良い。どうせ死ぬ。それより早く出てきたらどうだ?」
俺がそう言うと、先程死んだ人物が倒れて生まれた波紋からスゥ―っとカナブンや黄金虫を冒涜的に変異させた様な、五対十本のささくれ立った節足と、三つある口に醜悪に蠢く触手を生やした鳩位の大きさの異形の虫がブゥーンという不気味な低音の羽音を鳴らして浮上し、こちらを見てホバリングしていた
それは嘗てとある館で出会った虫だった。この冒涜的な昆虫は人の脳に半物質化して寄生し、種族的な嗜虐的な道楽に勤しむ異星からの逃亡者にして侵略者だった
俺は静かにその名を口にする
「やはり【シャン】か。【シャッガイからの昆虫】と呼んだ方が良いか?」
俺の言葉を聞いているのかいないのか分からないが、暫く空中で止まっていた昆虫―シャンは突然、こちらに向かって猛スピードで飛んできた
初めて相対したならば思わず固まってしまっただろう。だが、これまでの経験が直ぐに対処する為の行動をとらせる事を可能にした
俺は敢えて前に出ると刀身が紅く染まった【ダインスレイフ】で両断すると後ろで固まって詠唱を続ける仮面の人物の右二人の頸を刎ね、返す刀でもう二人を切り捨てる
背を向けた事で前衛の三人が襲い掛かってきたが、剣を振り下ろす瞬間に赤い水面が渦巻き水柱が立ち、それが三本の紅い刀や長剣に変わるとそれを受け止めた
「…!?」
仮面の人物達は戸惑った様な動きを見せる。その背後には既に三本の渦巻く水柱が立っていた
水柱は槍に変わると背後から心臓を刺し貫く。そして仮面の人物達の頭部から合計七匹のシャンが現れると、シャンは青白く明滅する鞭の様な物をささくれ立った最前の節足の先から出して俺に向かって叩き付ける
それを渦巻く血の水流の壁で防ぐと、そこから無数の針を生み出して無差別に打ち出した
シャンは飛び回って回避しようとするが赤い弾幕の密度が高く翅や頭部が貫かれて一匹、また一匹と剣山になって絶命した
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
糸目の男―セルタスは筋弛緩剤により膝を付いたまま動けずに一連の光景を見ていた
片刃の剣を払ったかと思うと赤い霧の様な物に包まれて、それが晴れると一変した景色
顔にナイフが突き刺さって倒れた部下から現れた奇妙な虫
そして残った部下とそこから現れた同じ様な虫を渦巻く紅い水から生まれた武器で容易く殲滅した男
今、残っているのはセルタスだけだった。体は麻痺毒らしき物で力が入らず動けない。この場所が何なのか分からないがあの男を始末せねば出られない事は確実だろう
(クソッ!こんな男に我が信仰が敗れるのか!?…いや、まだあれがあった。こうなれば殉教してでも奴を道連れにしてくれる!)
セルタスは力が入らず震える手で懐から幾つか錠剤の入った小さなガラス瓶を取り出すと、蓋を開けて口に全て流し込む
「ムグッ!?ガッ!グァ!」
口内の錠剤を噛み砕いて嚥下すると体が急激に熱くなり、心臓が大きくドクンと鳴る音が聞こえる。体が内から膨れる様な感覚と共に、それに耐え切れないかの様に皮膚が引き割かれるかの様な激痛がセルタスを襲う
それは次第に体内に浸透していき、全身が作り変えられる激痛に襲われ、感じる温度も乱高下する感覚がセルタスの精神を摩耗させる。視界が歪み、揺らぎ、明暗や広狭が激しく変化する
一瞬が永遠にも感じられる感覚の激しい変化にセルタスの意識が消失した。だが、歪んだ狂信と今まで受ける事が無かった屈辱が残された本能的な意思に目的を与えた。その目的に従ってセルタスはこちらを見る男を見返した
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ウグッ!…アァ…」
呻き声が聞こえたのでそちらの方を向くと糸目の男が片手に何かを握って蹲っていた
呻いて蹲る男の顔から血や体液をボタボタと滴らせ、丸めた背や腕が段々大きくなっていく。やがて呻き声が止んで暫くすると、男、いや、男だった物が顔を上げてこちらを見た
顔は鼻や口から零れた血で汚れ、血走った眼の瞳孔は死人の様に開いている。血管が目元に浮かび、異常に膨張した体から高まった体温で気化した体液が蒸気となって内から袖や裾等が裂けた血濡れた法衣から立ち上っていた
異形と化した男は背を丸めたままよろりと立ち上がると水飛沫を上げて人間とは思えない速度で突進してきた
俺は距離がある程度開いていた事でそれを回避する事に成功する
「っと、何が起きた?薬が切れるにはまだ早いしな…」
男の変化について観察して考察していると、男が向き直り再び突進をする。再び回避すると男は右手に持っていた剣を俺に向かって振り下ろした。それをダインスレイフで受け流し、男の脇腹を斬りつける
「グァア…」
深く斬ったにもかかわらず対してダメージを受けた様子も無く、男は僅かな獣の様な声だけを漏らすと剣を横薙ぎに振るう。後ろに下がってそれを避けて男を見ると、斬りつけた傷口が薄緑の蒸気を上げて修復していくのが見えた
「今の再生…もしかして禁止薬物の【アトゥロスタント】か?」
禁止薬物【アトゥロスタント】とは、とある教団によって作られた細胞を過剰活性化させる事による強力な再生能力と脳のリミッターを外す事による怪力を始め、人ならざる物への変異や超能力じみた能力を得る事が出来る薬物である
この薬物が禁止されている理由は使用している材料や副作用にあり、【レンの黒蓮】を元に造られる覚せい剤【ドクター・ドリーム(D・D)】をベースに様々な毒薬草や特殊な物質、そしてショゴス細胞を組み合わせて作られている
更に副作用は強力な依存性は勿論、幻覚、幻聴、魔力暴走による意識の喪失、痛覚の鈍化や破壊衝動等があり、使用者の寿命を大幅に削る正しく魔薬である
最初に製造した教団は崩壊したものの製造データは闇に流れており、根絶する事が難しい上に、テロに使用された事がある為、元の世界で対策が急がれていた
それが今、目の前にあるとしたら教会の連中はかなりきな臭い事は間違いない。最悪、元の世界に連絡を取って応援を呼ぶ必要が出てきた。まぁ、する気はあまりないが
また面倒事かと内心で溜息を吐きながら男が振り下ろした剣を受け流した
解説
シャッガイからの昆虫(シャン)
十本の足、三つの触手の生えた口を持つ異星の虫
シャッガイと呼ばれる滅びた惑星からの逃亡者。嗜虐的な精神構造をしており、それを満たす為だけに人間の脳に寄生する
種としてアザトースを崇拝する。又、その他の虫に関わる神格に対して大いなる敬意を持っている事が多い
半物質の存在だが、物理的な攻撃は普通に効く
『自ら故郷を滅ぼした逃亡者は流れ着いた星の先住民に憑りつき、隷属させる。嗜虐的で退廃的な嗜好は明確な悪意となって我々の正気を犯した』




