29.裏切り
流血表現あります
さて、突然で済まないが今の状況を説明しよう
森を抜けて要塞都市【エルガド】まで後少しの所で日も落ちて暗くなり、ギルネスとの食事を終え、一眠りして目覚めたら俺は両手足を縛られ、荷台の中にある檻に入れられていた
外には星が見える事から夜だと分かり、檻の向こうにいるギルネスは俺から盗んだダインスレイフ=グリムを持って欲に塗れた嫌なニヤついた笑みを浮かべて眺め、その近くには護衛達がこちらを見ており、シュレディンガーは何処かに消えている
…これは完全に裏切られた様だ。どうもこの旅の最後の晩餐に一服盛られたらしい。護衛の一人が俺が起きた事を伝えると、ギルネスはやや驚いた顔をした後、ニヤニヤとして勝ち誇った様な声で俺を見下ろして言う
「思ったよりもお早いお目覚めですね?それでは今までご苦労様でした、ロテアウルさん!申し訳ありませんが、貴方のこの見事な剣と貴方自身を商品として売らせてもらいますよ!」
俺はその言葉に半眼になると口調を本来の物に戻して尋ねる
「ギルネス、これはあんまりじゃないか?依頼を引き受けてやった恩を仇で返したりして信用第一の商人としてやって良いのかよ?」
「おや?思ったより冷静ですね。問題無いですよ。どうせ全ては闇の中に消えるのですから。それよりもご自身の心配をした方が宜しいのでは?」
ギルネスの言葉に俺が肩を竦めて答えると、ギルネスは得意な顔をして如何にも楽しそうに嗤う
「まぁ、そうだな。こんな目に遭うなんて全く予想外だ。まさかお前が闇取引に通じているなんてな」
「フフフ、そうでしょうね。彼の有名な【オロナミン商会】の者が闇に通じているなんて思わなかったでしょう。世の中、清濁併せ吞む事が大切なんですよ」
「成程な。だが、最近その剣は整備していなくてな。中で錆びてるかもしれんよ?」
「なんですと?」
俺の言葉にギルネスは訝し気な顔をしてダインスレイフ=グリムを鞘から抜く。その瞬間、ギルネスの横にいた護衛の一人が腹部を金属製の鎧ごと真一文字に切り裂かれ、鮮血を迸らせながら後ろに倒れた
「ガフッ!?」
「!?ギルネス様!一体何を!?」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
護衛達が動揺し、ギルネスが狂った様に嗤う声が響く中、俺は俺の中でニヤリと嗤う
ダインスレイフ=グリムは前に説明した通り、鞘から抜かれる事をトリガーに使用者を操り生き血を吸う魔剣である。それは基本的に使用者か相手が全滅するまで行われる事が多い。そしてこの魔剣を相手にする際に厄介な点が『嘗て使用された経験と精神の記憶から行動を最適化して扱う能力を十全に引き出す』所である
例えば全く剣を使った事の無いひ弱で臆病な男がいたとしよう。その男にこの魔剣を持たせると、自らの力で体を壊さない様に脳がセーブしているリミッターを外し、更にこれまでの経験から最適化した行動を取らせるので体が壊れて動けなくなるまでの短い間に限り、正しく一流の剣士となり、鋼鉄を切り裂き特殊部隊を殲滅する事すら可能になる
因みに操られた際、精神も食われるので体が無事でも長い間体を使われると廃人になる上に更に操られやすくなる。正直かなりヤバい魔剣である
そんな恐るべき魔剣を抜いた事で操られたギルネスは眼を血走らせ、大声で笑いながら護衛達に斬りかかる。混乱していた護衛達も、流石戦闘のプロというべきか直ぐに持ち直し、ギルネスを迎え撃とうとする
近くにいた護衛が自身に振り下ろされる斬撃を受け止め様と長剣を横に翳すと、斬撃は翳した長剣諸共、護衛を文字通り縦に二分し、返す刀で返り血を浴びながらそのまま別の護衛に襲い掛かる。狙われた護衛の男は受けるのは危険と判断し、剣で受け流すと、広く戦い易い馬車の外へ出た
ギルネスがそれを追って馬車から出ると、先に外に出ていた護衛から放たれた矢が飛来し、ギルネスの右肩に突き刺さる
「ウグッ、アハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
刺さった瞬間、小さく呻き声を上げたが、直ぐに狂気じみた嗤い声を上げて矢を放った護衛の女に襲い掛かる。女は後ろに下がりながら矢を放つが、ギルネスはそれを全て切り払いそのまま逃げようと背を向けた女を異常な速さで肉薄し、背後から切り捨てた
残された剣士の男は剣を構えて様子を見て下がるしか出来ない。下手に挑めば確実に返り討ちに遭うし、逃亡を選べば追撃に遭うからだ
ギルネスは歪に笑った顔をグリンと残った護衛の男に向ける。爛々と不気味に輝く眼は充血して血涙を流し、口から唾液を滴らせて体の芯から溢れる様な快楽により喜悦に歪んだ顔をしたギルネスに男は思わずゾクリと怖気を感じて体を震わせた
ギルネスが襲い掛かろうと足を踏み出した瞬間、ボキゴキバキッと音を立ててギルネスが膝から崩れ落ちてうつ伏せに倒れた。ギルネスは顔を護衛の男に向け、地面に手をついて立ち上がろうとするが起き上がれない。如何やら足の骨が力に負けて砕けた様だ
護衛の男はゆっくりとギルネスに近付く。やがて互いの距離が1m程になった時、ギルネスは男に向かってダインスレイフ=グリムを片手で投げる
警戒していた事で男はそれを避けると、力尽きた様に崩れ落ちたギルネスの頸に剣を突き立てて殺害した
ギルネスを殺害して護衛の男の警戒心が緩んだ瞬間、パーンと乾いた弾ける音が鳴り響き、男は頭に開いた小さな穴から血を噴き出して押される様に横に倒れる
何時の間にか手足を縛っていた縄を外して檻の中からそれを行ったアルベルトは銃口から白煙を立ち上らせる拳銃を腰のベルトに刺すと檻の錠に触れる
触れた部分が虹色に淡く輝くと、時間が加速した様に劣化していき、朽ちてボロボロになる。檻の扉を押し開けて外に出ると、ギルネスの手から鞘を抜き取り、地面に突き立ったダインスレイフ=グリムを引き抜く
先程の虐殺で鮮血に濡れている筈の刀身はまるで何事もなかったかの様に月光に照らされて妖艶な美しい銀に輝く。俺は布で土等の汚れを拭うと鞘に納めて腰に戻し、積荷を幾らか奪い馬を馬車から外すと適当な方向を向き、虚空に向かって声を掛ける
「おい、シュレディンガー」
「何だよ?」
その声と共に馬車の中の光が遮られて出来た影の中に、縦に割れた瞳孔が開いた、周りに転がる死体から流れ出る鮮血の様に紅い双眸が浮かび上がると、その闇の中から滲み出る様に輪郭が曖昧な何時もより一回り大きな体をした二尾の黒猫のシュレディンガーが現れる。外に出て近付くにつれて収縮してその輪郭ははっきりとして行き、アルベルトの前まで来た頃には輪郭は鮮明としていた
「お前、見捨てたな?」
「ん?…あぁ、面白かったぞ」
シュレディンガーは一瞬、言葉の意味が分からなかった様に訝し気に首を捻ると、直ぐに納得した様に声を漏らしてニヤリと笑う。俺はそれに溜息を吐くと本題を口にした
「証拠隠滅に喰ってくれ」
「あいよ。人肉なんて久し振りだ」
シュレディンガーはそう言うと背中から黒い霧で形作った様な輪郭が朧気な無数の触手を生やすと、それぞれ一本ずつ転がる死体に伸ばして絡め取る。そしてそこから更に無数の触手が生えるとしたいを繭の様に包み込んだ
繭は段々収縮していき、その度にボキッ、ゴキッ、グチュッと何か硬い物が壊れる様な音や水っぽい物を磨り潰す様な音が聞こえて来る。やがて繭が拳程の大きさになると、触手は更に輪郭を曖昧にして、次の瞬間には霧散して闇に消えた
「終わったぞ。グリムの所為でパサついていたな」
「そうかよ。目的地に向かうぞ」
「あいよ」
そう言ってシュレディンガーが肩に乗った後、俺は要塞都市【エルガド】に向かう。関所でどう説明するか考えねばと思いながら星と月明かりが照らす道を歩くのだった
シュレディンガーは猫ではありません。猫みたいな神話生物です




