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11.ルシファー

魔物の氾濫(スタンピード)】後編です

 詠唱を終えると同時に魔力が体から抜け出る感覚と共に、上空に浮かぶ多重展開魔法陣の内、中央にある最も大きく、梵字や嘗て存在した人類以前が使用していた忘れ去られた太古の文字と記号、そして図形が所狭しと描かれた魔法陣へと、上下に円錐状に存在する魔法陣が集まり一つになると魔法陣の内側が歪み、禍々しい雰囲気の先の見えぬ黒い穴に変わる


 穴からゆっくりと何かが降りてくる


 其れは羽毛の代わりに鱗で覆われた象の様に大きくずんぐりとした胴に、鬣を持つ馬の様な頭部を持っていた。鳥と似つかぬ其れ―シャンタク鳥が巨体を浮かばせる為に一対の翼が羽搏く度に、纏わり付いた霜と硝石の結晶が撒き散らされて光を反射しながら降り注ぐ


 其の上には人影があり、その様子からこちらを見下ろしている事が分かる


 俺は無言で《倉庫》から対物ライフルと銃弾を取り出すと、その銃弾を装填してスコープを覗き込み、人影の頭部に照準があった瞬間に引き金を引く。人影は仰け反って銃弾を避ける様な動きを見せたかと思うと、バランスを崩したのかそのまま頭を下にして転落する


 空中で体勢を立て直した人影は、落下した高度を思わせない様な軽やかな音を鳴らして、脚から地面に着地して、明らかに軽い衝撃によって僅かに舞い上がった砂埃を立ててアルベルトの近くに降り立った


 「我を呼び出したのは貴様だな?自分勝手に呼び出しておいてこの出迎えはどういう事だ?我が何者か解っての行動だろうなぁ?」


 見た目は18歳位で髪は中央から左右に白と黒に分かれて短く綺麗に切り揃えられており、真紅と黄金のオッドアイの双眸は吊り目気味で爬虫類の様に瞳孔が縦に割れている事から、この一見すると人間の青年にも見える存在が人ならざる者である事が分かる


 染み一つない色白で知的な印象を与える何処か人間離れした非常に整った顔は、男女問わず目撃した全ての人間が彼をイケメンだと答えるだろう。長身でスタイルも良く、燕尾服を華麗に着こなすその姿は少女漫画か何かに出て来る令嬢の執事にピッタリだろう


 尤も纏う雰囲気が冷たく傲慢で人間を見下して馬鹿にしているので、奉仕業等とてもでないが向いているとは決して言えないが


 こちらに向ける顔に不機嫌さを隠しもせずに、膨大な魔力と元々持つ気配で威圧しながら歩いて来る青年―聖書やファンタジー物に於いて有名な悪魔の一体にして【這い寄る混沌】ニャルラトホテプの仮面の一つである【ルシファー】の詰問に、俺は酩酊感と湧き上がる衝動で手放しそうな理性を繋ぎ止めて言葉を返す


 「黙れ、所詮は傲慢な癖に目を離している間にフォーマルハウトの火神に寝床を焼かれる程度の存在だろ?森を傷つけずにこっちに迫ってくる人間以外の高い魔力を持つ生物を殺せ」

 「我を侮辱した上に命令するだと?では先ずお前から―」


 侮辱された怒りで端正な顔を歪めて詰め寄るルシファーの左腕の感覚が消えた事で続く筈だった言葉が止まる


 ゆっくりと左腕がある筈の場所に視線を向けて、先が最初からそうである様に、底の深いスプーンで掬い取った様な綺麗な断面を覗かせる痛みも零れる一滴の体液も存在しない左肩に、ルシファーは緩慢な動きでアルベルトへと視線を戻す


 そこには煌々と輝き油膜の様に刻々と色が移ろう虹色の靄の様な、周囲に放出される余剰魔力と瞳を持つ双眸を真っ直ぐにルシファーに向け、周囲に融合と分離を繰り返すタールの様な原形質の肉片と銀と虹色の球体を浮かべたアルベルトの姿があった


 アルベルトは心底どうでも良い様な態度でルシファーに言葉を投げる


 「済まない、手が滑った。そうかそうか、そんなに従うのが嫌なら仕方ない。不本意だが帰ってくれ。あぁ、安心してくれ。一瞬で消してやる」


 アルベルトの無表情で淡々とした言葉と共に、浮かぶ銀の球体の一つがルシファーへと向かいながら拡大していく。それが自らを殺しうる物であると理解すると尊大な態度を崩して慌てた声で制止する


 「待て!?其れを止めろっ!分かった!契約内容は森から迫ってくる人間以外の高い魔力を持つ生物の殲滅だな!?」

 「契約(・・)?ハッ!そんな大した物ではないさ。ただのお願い(・・・)だよ。序に森への被害は無しでな」


 ルシファーは、銀の球体を一瞬で消して自身を鼻で嗤って馬鹿にした態度のアルベルトを忌々し気に睨むと、姿を化身の一つである【黒い風】へと変えると、妙に生温い不気味な一陣の風となって森全体へと吹き抜けた


 こちらから森の奥へと広がる様に断末魔の絶叫と悶え苦しむ様な咆哮、そして暴れ回って木々が倒れる音が大きさと種類を増やして暫く響いていくと、段々と小さく弱々しくなっていき、やがて途絶える


 暫く森からやって来る魔物を待ち構えていたがいつまで待っていても鼠一匹やって来ない


 「…終わった様だな」


 そう呟いた時、砂煙を巻き上げながら旋風つむじが目の前に吹いたかと思うと、心底不服気な顔をしたルシファーが現れ、その足元には何故か黒いローブを着た四十代位の何やら青い顔をして錯乱した様子でガタガタ震えている男が倒れていた


 「何だそいつは?」

 「何故か森の中で一人でいてな。気になって少し話しをしたらどうやら魔物?を操って襲わせていた様だな」

 「へぇ、他には何か言っていたか?」

 「よく分からんが【ザルガンツ帝国】がどうとか喚いていたな」

 「そうか、ご苦労。【外からきたる者、この地に招かれざる者、在るべき場所へと帰るがいい。狂える神々の宮殿に座したる王の名を以て再来を禁じ、門たる副王の名を以て帰路を開こう】《外なる者の放逐》」

 「オノレ…ッ!次に会ったら貴様を必ず殺すぞ…ッ!」


 俺は徐々に姿が薄くなりながら、其れこそ悪魔の様な形相で呪詛を吐くルシファーを横目に見ながら脱力感に体を揺らす


 (あぁ…、流石に魔力切れか…)


 完全にルシファーの姿が見えなくなった処で、遂に意識が途絶えて死骸が転がる地面へと倒れ伏した

解説:魔術《外なる者の放逐》

使用者が存在する場所(基本的に地球)の外に存在する星や異次元に存在する生命体を元の場所に放逐する呪文。(例えば深き者やクトーニアンには何の効果も持たないが、ティンダロスの猟犬やミ=ゴはそれぞれ本来いる場所に放逐される

再度何者かに召喚されない限りその場所に戻る事は出来ない

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