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刻界の魔術師は生まれ直して気儘に歩む【旧題・刻界の転生魔術師】  作者: 銀闘狼
4章【ファルス製薬医薬研究所】
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112.過去よりの返礼と巨木天落

 アルベルトが背後を振り返る。其処にはボサボサの白髪を無造作に伸ばして目元が隠れた、草臥れたボロボロの白衣を着たかなり痩躯の男が、皺のある口元を小さく上げて笑みを浮かべていた


 知らない人物が肩に手を置ける程近付いていたにも関わらず、今まで気付かなかった事に、内心でかなり動揺していたとは云え自身の警戒心の無さを罵倒しながら【ダイン】を横薙ぎに振るう


 しかし、【ダイン】の刃は男を擦り抜ける様に通り過ぎると、霞の様に消えて【ダイン】の間合いの外に、揺らぐ空間と云うヴェールをずらす様に現れる


 立ち上がって追撃をしようとしたアルベルトの動きは、笑みを崩さずにいる男のアルベルトに向けて穏やかな口調で語り掛けた言葉を聞いて止まる


 「『あの子を頼む(・・・・・・)奴らから守ってくれ(・・・・・・・・・)そして願わくば(・・・・・・・)あの子を元の体(・・・・・・・)に戻して欲しい(・・・・・・・)』と言う異世界の(・・・・)あの地下研究室(・・・・・・・)での過去の私からの無責任で一方的な頼みに、君は一言(・・・・)任された(・・・・)』と時を越えて答えてくれた(・・・・・・)ね」

 「なッ!?其の言葉は!」


 【ダイン】を構えたまま呆然と立ち尽くすアルベルトに構わずに男は言葉を続ける


 「あの時、あの地下研究室からあのを残して逃げ出す時に見た君からのあの言葉で私は安心した。君を信じて託せると思えたんだよ


 本来なら私は君達と研究所が争っている隙に目的を果たすつもりだったけど、君に気付いて少し手助けする事にした


 其の人の治療を私がしよう。其の代わりに私がする予定だった事を一つ君に頼むよ。そろそろ君を襲う筈のもどうにか助けてあげてくれ」


 その時、紀矢子の近くにいた職員の切迫した声が響く


 「【双頭の猟犬(オルトロス)】、上ですッ!」

 「なぁッ!?」


 其の声に反応して上を向いたアルベルトの視線の先には、柄を両手で握った片刃の肉厚な血色の斧を振り下ろす、周囲に渦巻く重力球を複数浮かべた、ガスマスクを付けた顔を目深に被ったフードで隠した、黒いコートの長い裾をはためかせて落下する身長150cm程の人物がいた


 アルベルトは動揺して気付くのが遅れた自身を内心で罵倒する。同時に、空間を歪めてワームホールを作れる程の重力操作能力がある事実に、目の前の人物に対する警戒を強める


 アルベルトが素早く受け止める為に頭上で横に構えた【ダイン】の黒刃と振り下ろされたガスマスクの人物が持つ血色の斧刃が十字にぶつかり合い赤と黒の火花を散らす


 【ダイン】とぶつかり合う斧刃が高速で振動する事で繰り返し小刻みに打ち付けてダメージを与え、重力を操作して斧に掛かる重力が増加している為に振り払って弾き返す事が出来ない。其れ処か増加された重量と微細な振動で何度も打ち付けられる事で、寧ろ押されているとすら云える


 「……」

 「チッ!」


 仕方なく体を横に回しながら【ダイン】の刃先を下げて縦に傾ける事で流しながら、仕切り直す為に下がり構え直す


 ガスマスクの人物は空中で斧を横に向けて着地すると、床に寝かされた紀矢子や守る為に立ち塞がる職員達を無視して、体を深く沈み込ませながらアルベルトへと顔を向け、身を翻して重力球で横薙ぎに振るう斧を加速させながら曲げた体を伸ばし飛び掛かって肉薄する


 「一旦、其処までだ」


 二人の間にアルベルトとガスマスクの人物の両者に掌を向けて立つ男がいた。重力操作によるワームホール等の力技の場合は直接的な時空干渉と比べて気付き難いとは云え、空間に精通している筈のアルベルトは直前まで、否今こうして立っている姿を視認するまで違和感も無く、全く気付かなかった事に、思考から交戦中であったガスマスクの人物の存在が抜け落ちて、混乱に支配される


 (何時の間に現れた!?干渉?兆候すら感じなかったッ!幻覚?いや、確かに其処にいる。改変だとしても微かな違和感位はある筈だッ!時空を司る二柱の神格の能力を持つ【魔人】である俺より上位の能力者だと言うのか!?)


 アルベルトが混乱している間にも事態は動き続ける。男はゆっくりとした動きで、静止画の様に飛び掛かる姿勢のまま不自然に動きを止めたガスマスクの人物に向き直り、頭に手を置くと、瞬間元から何もなかった様に姿を消す。其の時点で漸く辺りが静寂に包まれ、アルベルトは自身も含めた男以外の時が止まっていた事に今更気付いて愕然とする


 「ふむ、まだ若いね。良い機会だ。何事にも上には上があり、常に自身が上位者足り得ない事を覚えておくと良い。敵対する相手が常に自身よりも格下であるとは限らない。深淵の底を知ったと思い上がった未熟者の傲慢は何時か君を殺すだろう」


 振り返った男は穏やかな表情で、教師が出来の悪い生徒に言い聞かせる様な口調で、指一本も動かせず声一つ上げられないアルベルトに語り掛けながら、ガスマスクの人物と同じ様に頭に手を触れる


 「此れはあの時の返礼だよ。其れともう一人の君(・・・・・・)と一度向き合う事だ。其れが君に新たな力を齎すだろう」


 そう言い終えると同時にアルベルトはこの場から姿を消した


 男以外の全てが静止した通路を、男はゆっくりと歩いて職員達の間を抜けると紀矢子の傍に立つ


 男はしゃがみ込んで紀矢子の体に触れると、前触れ無く男の白衣の背中を男自身の鮮血が縦に一筋赤く滲ませて染め、激しく咳き込むと其の場で吐血した


 「ゲホッ!ゴホッ!…彼は凄い人だ。これ程の傷と猛毒を受けて尚、今迄生を手放さかったのか」


 感嘆の言葉を呟いた男は口元の血を左手の甲で拭うと噴き出す脂汗を床に滴らせ、気を抜けば忽ちの内に途切れそうになる意識を繋いで、左手を床に突きながら震える両足に力を込める


 咳き込み、軽く押せば容易く倒れそうな体をふらつかせて立ち上がった男の右手には何時の間にか、至る所に罅割れや刃物に斬り付けられた様な細く鋭い傷が刻まれた古ぼけたフリントロック式のマスケット銃が握られていた


 男は身体をふらつかせて背中を大きく丸めながらも、力が入らず揺れる右腕だけでマスケット銃を正面に構え、吐血や鼻血で口元を赤黒く染めた土気色の顔を気力で上げ、しかし双眸に宿す眼光は研ぎ澄まされた名刀の様に鋭く力強く輝き揺らぐ事がない。口内の血が混ざった唾液を吐き捨てると口角を吊り上げニヒルに嗤い、此処では無い誰かに向けて憎悪と決意、そして嘲りを一纏めに可能な限りを込めて言う


 「此れは今と云う過去からの報復(餞別)だ。存分に苦しんで(味わって)くれよ」


 引き金が引かれる。撃鉄が振り下ろされ、撃鉄に取り付けられたフリントがフリズンの当たり金とこすれ火花を散らす。撃鉄が作動すると同時に開かれた火蓋が、火花が銃内に入ると共に閉じ、乾いた発砲音と共に銃口から銃火が吹き出た


 しかし、其れ以外の物は出てこない。其れでも男は何の問題も無いと言う様に笑みを浮かべたまま、丸めていた背を伸ばすとマスケット銃を持つ手をダラリと下ろすと、覚悟の表情で此処に居ない相手を鋭く見据えて呟く


 「お前達には絶対にパンドラは渡さんよ。何度でも妨害し立ち塞がり続けてやる」


 言い終えると同時に男は煙の様に姿を消し、時が再び動き出す。そして建物中が一斉に爆発した


 突然の爆発で職員達は慌てて辺りを見回しながら、数瞬前とは打って変わって血色の良い顔色で穏やかな呼吸を繰り返す気を失った紀矢子を職員の一人が背負って一斉に植物園へと駆け出す


 「樋口様ッ!?何処へ!?」

 「おいッ!離れるぞ!」


 突然、アルベルトが消えた事で普段では考えられない程に混乱と焦燥で取り乱して大声を上げながら忙しなく辺りを見回すジャンヌを、近くにいた職員が腕を掴んで引き摺る様に強引に植物園へと移動させる


 繰り返し起こる爆発によって二階以上の階層の壁が崩れて絡み付く根が切れ、世界樹と呼べる程の威容を誇る大きさを形成し本体を支えていた絡み合う蔦を爆発で引き剥がされた炎上する巨木が、其の自重に耐えられずに残った根が引き千切れて、崩れた壁にぶつかりながら垂直に落下した


 「仕方無いわねぇ」


 アンシャトレーヌが肩を竦めながら前に出ると、ドレスの両腕の袖を止める肩の重なり合うレースの下に隠された釦を外し袖を取って、少女の様な見た目相応の白く華奢な腕を前に突き出す


 突き出した両腕の皮膚の下で何かが蠢く様に波打つと、皮膚の下から灰色っぽい淀みじみた名状し難い色彩の軟体動物じみた触腕が溢れ出て、肥大化し枝分かれしながら落下する瓦礫と巨木に向かって広がり伸びる


 降り注ぐ崩落する壁の残骸と共に落下する炎に包まれる巨木を受け止めた触腕の下を、エントランスから真っ直ぐ侵入した職員の助けを受けて左右の通路にいた職員達がエントランス側の通路へと退避して行く


 パチパチと音を立てて火の粉を舞わせる炎に包まれた巨木を、誰もいなくなった真下に瓦礫を落としながら触腕が焼ける事も厭わず締め付けると、握力で巨木の幹が割れ、砕けて燃える樹皮が剥落する


 『畜生、被検体の癖に余計な真似を…ッ!…やれやれ、其れにしても参ったな。此れは厄介な事になった』


 忌々し気にそう吐き捨てる低く唸る様な声が、締め上げられる燃え盛る炎に包まれる巨木から辺りに伝播する。巨木から放たれる突き刺す様な殺意と憤怒が、巨木から聞こえる声の主が明確に敵対する存在である事を否応なく職員達に認識させていた


 「ッ!離しなさい!」


 何かが触腕の下で蠢く感触にアンシャトレーヌが顔を顰めて、巨木を締め付ける触腕を巨木から解こうとする。しかし、燃え盛る巨木の亀裂から隙間を押し広げる様に伸びる蔦が、逆に触腕に絡み付いた事で離す事が出来ず、其れどころか絡み付く蔦の表面に生える毛の様な物が触腕へと根を張る様に侵蝕してきた事で、仕方無くアンシャトレーヌは途中から触腕を切り離す


 切り離された触腕が根に水分と魔力を吸われて瞬時に干乾びて崩壊し、支えを失った巨木は其のまま落下して【ザイトロ・クァエ】がいた穴の中へと落ちる


 『イア、イア、シュブ=ニグラス!千の仔山羊を孕みし黒山羊よ!豊穣の暗黒の母神よ!緑の神よ!無貌なる神の千ある仮面の一つよ!植物を司る神よ!来たれ!来たれ!来たれ!』


 穴の中から響くおどろおどろしい叫ぶ様な、吼える様な呪詛じみた特定の神格の招来を齎す為の呪文の詠唱に応える様に、月明かりが照らす天上に浮かぶ透明な楕円体−【ムーンレンズ】が突然、ガラスを強く叩き付けた様に砕け散り、【ムーンレンズ】があった場所には、紅い輪が縁取る先の見えぬ空虚な昏い穴が現れる


 穴の中から溢れ出る様に黒い汚泥の様な流動体が流れ出す。其れはやや粘性を帯びており、ゴポゴポと不快な音を立てて、中から時折魚類らしき鰭や何かの動物の脚等の部位、触腕や奇妙な植物らしき物が浮かんでは沈んで行く


 黒く粘性を持つ流動体は次第に其の量を増し、瀑布の如く流れ落ちて真下の植物園へと降り注ぐ


 植物園の中央の穴へと大量の黒い流体が注ぎ込まれ穴底の燃え盛る巨木を呑み、されど幾ら黒い流体が穴の中へと注がれようともまるで底無しであるかの様に、既に明らかに穴の容量を超えているであろう量が流れ込んでいるが、決して穴を流体が満たす事なく昏い闇が呑み続ける


 満たされない。穴が巨大な何かの口であり、其の腹の中へと呑む様に


 満たされない。此処で無い何処かへと流れ込む様に


 満たされない

 満たされない

 満たされない

 満たされない

 満たされない

 満たされ―


























 ―時は満ちた

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