106.喰らい狂い、継ぎ接ぎの設計図を混沌へと書き換える
飛行するポリプは突き刺さる毒爪から逃れようと、蜘蛛人間に触肢を伸ばし身を捩るが、蜘蛛人間は人間の左手と六本の歪な脚で飛行するポリプにしがみつき密着して、深く刺さった毒爪は決して抜けはしない。更に爪を覆う、紀矢子の体を蝕む猛毒が着実に飛行するポリプの体内に浸透し、命ごと抵抗する力をそぎ落としていく
飛行するポリプの抵抗を示す様に、口笛の様な鳴き声を上げて触肢で掴み掛かる左腕を圧し折り、六本ある脚の内二本を牙の生えた口で噛み砕き、周囲に強風が渦巻き通路に吹き荒れる
しかし、蜘蛛人間は其れに顔を歪める事なく、圧し折られた状態な上に其の細腕から想像出来ない程の握力で左手の指をめり込ませ、更に爪を飛行するポリプの体内に深く埋め込み、口内の顎で半ポリプ状の肉を噛み千切る
「っ!今の内に離脱しますよ!」
飛行するポリプは蜘蛛人間の膨らんだ腹部や脚を折り喰らうが、段々と鳴き声と動きが弱々しくなっていく中、八重樫の一声で【神怪課】と【公安0課】の職員達が慌ただしく動き出す
蜘蛛人間とぶつかって体勢を崩した職員を近くの仲間が助け起こすと、飛行するポリプと蜘蛛人間が互いを喰らい合っている内に【公安0課】の職員に支えられている紀矢子の下に駆け寄り、急いで肩を貸してこの場から離脱を始めた
…
……
………
――――――――――――――――――――――――――――――――――
―彼は程々に不真面目に平凡な日常を過ごす、何処にでもいる様な新入社員の青年の一人だった
―しかし、街のモニター映像をジャックした何者かの言う選定によって平凡な日常は壊された
―周りの人々が倒れ、異形へと変異していく中で、どさくさに紛れて誘拐された彼に待っていたのは忌まわしい実験体生活だった
―投薬、拷問の様な麻酔無しでの四肢の解剖や電流、同じ誘拐された者や化け物との強制的な殺し合い
―当然、軍人や傭兵では無いが故に耐性の無い彼は壊された
―だが、其れだけではなかった
―彼は歪んだ。否、正確には無理矢理植え付けられた【特異体質者】になる為の種から芽吹いた其れの在り方が歪んだ
―他の動物の能力を得る筈の能力は書き換えられた
―自身の肉体を構成する為の設計図を書き換える能力へと変化した。或いは其れ以外も書き換えたのかも知れない
―彼は堕ちた
―彼は狂った
―彼は憎悪した
―彼は呪っている
―彼は飢えている
―彼は渇いている
―彼は壊す
―彼は奪う
―彼は…
――――――――――――――――――――――――――――――――――
蜘蛛人間は既に息絶えた飛行するポリプの肉の大部分を貪ると、遠ざかって行く八重樫達へと顔を向ける
既に人格や記憶が喪失している為、あれが嘗ての同族である人間だと言う事すら認識出来ていない
彼にとって動く物は平等に飢えを凌ぐ獲物であり、其れが唯一の本能に基づいた行動だった
多少とは言え、腹が満たされた彼は其の場から動く事無く、無意識に、其れこそ呼吸をする様に能力を行使して肉体を書き換える
蜘蛛の外骨格が罅割れて破片が剥がれ落ちる。全身の所々に様々な動物の特徴が現れては、書き換える様に奇妙に変化を繰り返す
彼の能力は本来ならば、あの様に単体の生物だけで不格好な姿ではなく、目的に応じた様々な動物の特徴を複合した合理的な形態をとる
しかし人格も、記憶も、感情も、人間としての汎ゆる要素が喪失した彼にはそんな姿を意識してとる事は出来なかった。蜘蛛の特徴だったのは、彼にとって極度の恐怖の対象であった故に、其の反動で表に出てきた結果に過ぎない
肉体の形が崩れて姿が刻々と変化を続ける
形容出来る形が存在しないが、かと言ってスライムの様な無形では無い。確かに何かの形は存在しているのだが、其れを理解する前に別の形へと変わっているのだ。或いは其れを理解するには見る者の理性が、其の形を理解する事を本能的に拒むが故かも知れない
不特定の生物の、柔らかい、硬い、弾力的な、曲がった、伸びた、歪な、奇妙な、鈍い、鋭い、毛深い、毛羽立った、ささくれた、肉感的な、外骨格の、鱗状の、軟体的な、乾いた、湿った、細い、太い、長い、短い、大きい、小さい、厚い、薄い、平べったい、丸まった、角張った、退化した、発達した脚が、腕が、触手が、羽が、眼が、顎が、眼が、何らかの部位が無秩序に生まれ、消えて、飛び出し、凹み、浮かび、沈み、生えて、呑まれる
既に蜘蛛人間だった時の形すらも崩れて、辛うじて達磨型と形容出来なくもない変形し続ける楕円体の表面が蠢き、波打ち、渦巻き、歪み、移ろって行く混沌とした其れは、されど確かに何らかの姿を形作り始めた
毛どころか皮すら無い筋肉が剥き出しの肉食の哺乳類らしき筋肉質でありながらしなやかな、一方向に左右二対の四肢が生える
重心が傾いた事で四肢が生えた方向にゆっくりと倒れると、出来たばかりの後ろ脚が未だに蠢く肉体を持ち上げ、床に突いた前脚と共に踏み締めて支える
皮の無い細長い筋肉の尾が臀部らしき場所から伸びる
蠢く肉体が更に何らかの指向性を以て変形し、皮の無い眼窩と耳、口内に歯の無い齧歯類に近い形状の頭部が浮かび上がる様に現れる
残った部分が猫の様な柔軟性のある筋肉が剥き出しの胴を形成すると、其処から全身を覆う様にポリプ状の組織が形成され、其の上を鰐の様な強靭な皮が覆う
其れを貫く様に毛と言うには太く硬質なやや反りのあるくすんだ白い体毛が、四肢や頭尾の末端から背部へと、裁縫針程度の長さから長い竹串程の長さまで長く伸びて行き、背部だけ見ると山嵐の近類種にも見えなくもない
口内に鮫の様に幾重にも連なる牙が生え、頭部の上半分に突き出した顎を中心に左右対称に、横に走る切れ目が出来ると其れが縦に開き、空間把握能力に優れた正面と広い視野を確保出来る側面に、それぞれ一対の眼が現れた
正面の双眸が遠ざかる八重樫達を真っ直ぐ見据えると、出来たばかりの口角を釣り上げる。其れはさながら、逃げる獲物の愚かさを嘲ている様であった
解説?
【実験体C−428】
能力:【滅望に狂い嗤う混沌】
・捕食した時の栄養を消費して肉体の生成。維持にも消費するから生成する程、溜め込んだ栄養が枯渇して餓死への時間が加速する
要するに餌があれば幾らでも体を作れるけど、餌が無くなれば死ぬ
・本体である■■以外が全て燃えようと、吹き飛ぼうと栄養を消費して生成して復元、改良する。■■が破壊されると即死する
・強さは上位の独立種族位。餌とかの条件が整えば下級の神格位までなれる
・【研究所】が求めていた能力に近い存在だったけど、発覚する前に失敗作として通路に放たれた
因みに八重樫達とはかなり相性悪いです




