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刻界の魔術師は生まれ直して気儘に歩む【旧題・刻界の転生魔術師】  作者: 銀闘狼
4章【ファルス製薬医薬研究所】
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幕間.密談

敵sideです

 ―【ファルス製薬医薬研究所】制圧作戦の数日前。


 何処かの一室。室内には椅子処か一切の家具も無く、更には床や天井、壁すらもコンクリート剥き出しの状態である事から一見空き部屋か未完成の部屋である様にも見えるが、その床や天井、壁を埋め尽くす様に赤褐色の塗料を用いて奇妙な幾何学模様や象形文字にも見える未知の記号を組み合わせて描いた、所々に魔法陣らしき物が散見する図形の存在が、この場所の明らかな異常性を示していた。


 そんな真面な人間ならば僅かでも中を確認すれば踵を返す様なこの場所に二人の人物が立っていた。


 片方は眼鏡を掛けたやや使い込まれたスーツ姿、もう片方は研究者を思わせる裾の長い白衣姿。


 それ以外は文字通り鏡合わせの様に瓜二つ、或いは一卵性双生児の双子の様に全く同じ長身痩躯の青年が向かい合って会話を行う。


 「-それでは船で運んで(・・・・・)もらった物(・・・・・)を出してもらおうか」


 スーツ姿の青年は無言で小型のアタッシュケースを開けると、中に荷物の形にくり貫いたスポンジに嵌め込まれた、柄に華美な装飾が施された刃が金属で無い結晶の様な刺突に適した諸刃のナイフ、薄緑の液体が入った小瓶、そして仄黒い何らかの皮の装丁の表紙に【新訳・素人でも解るグラーキの黙示録1】と書かれた比較的新しい様に見える本を見せると、再び閉じて白衣の青年に差し出した。


 白衣の青年も無言で受け取ると、今まで一言も話さなかったスーツ姿の青年は肩を竦めて疲れた様に溜息混じりに口を開く。


 「僕は研究者(・・・)であって野外活動(フィールドワーク)は兎も角、潜入諜報(スパイ)活動は専門外だったのだがね」

 「そうは言うが案外問題無さそうじゃあ無いか。まぁ、完全ではなかったがね」


 皮肉気なその言葉にスーツ姿の青年が顔を顰める。


 「嫌味は止めろ。あれはイレギュラーの所為だ。どうやら相当に恨みをかったらしい」

 「あの仕込み(・・・・・)の所為かな?保険のつもりだったけど、そのイレギュラーに影響がなかったって事は【青梅村】に向かった者達とは関係ないのかな?それとも君がしくじったのかい?」

 「いや、恐らく無力化されたんだろう。どうも魅入られていた(・・・・・・・)ようだからな」

 「なる程、そう言う事か」


 小馬鹿にする様な白衣の青年の問いに、感情を押し殺した様な抑揚も主語も無いスーツ姿の青年の答えに、白衣の青年が納得した声を出す。


 「其れと完全では無いが残骸程度なら確保したぞ」


 スーツ姿の青年は先程とは別のアタッシュケースを差し出す。白衣の青年が開けて中を確認すると、そこには汚れた木片と中心に空洞のある木像の腕が入っていた。


 長い時間の経過を感じさせる古びた其れは、本来神聖な筈の仏像にあるべき陽の気配と対極を為す、何処かおぞましい気配を漂わせ、明らかに其処らにある骨董品の木像とは違う一般的な常識の外に存在する物である事を誰にでも直感させる。


 視界に入れる処か、近くにあるだけで精神に変調をきたして体調を崩しかねない其れが間近にあるにも関わらず、平然としている白衣の青年は、一瞬浮かべた残念さと妥協交じりの満足さが合わさった何処か微妙な表情を仮面の様な張り付けた笑みで覆い隠し、アタッシュケースを閉じると、先程受け取ったアタッシュケースの隣に置き、その上を撫でる様に横に手を振ると手品の様にアタッシュケースが消えた。


 「さて、まぁご苦労だったね。そちらの依頼は幾つかイレギュラーが発生しているが大体予定通りだ。依頼された研究のデータは電子と紙媒体でそれぞれ纏めてあるし、街に【アトゥロスタントウイルス】もばら撒いて出来損ないが暴れている。


 尤も、【適合者】の勧誘は残念ながら上手くいかなかったみたいだがね?」

 「あの忌々しいイレギュラーの所為だッ!!奴さえ居なければサンプルの数体は確保出来たんだ!」


 只でさえ、隙あらば揚げ足を取って嘲る様に嫌味ったらしい言葉と、こちらの結果に興味なさ気な淡々とした口調に内心で苛立っていたスーツ姿の青年は、明らかにこちらの不手際を馬鹿にした嘲る言葉に、遂に我慢出来ずに激昂して声を荒らげる。


 「おいおい、急に怒鳴らないでくれ。吃驚するじゃないか。今の所、問題はないよ。


 …とは言え、こちらは既に契約した内容は完遂したんだ。其処から先は君の責任であって私の責任ではない。更に言わせてもらうと、君の失態による現在進行中の事態に対する尻拭いは、完全に今回交わした契約の適応外であって私には何の関係も義理もましてや責任すら存在しない。


 これから数秒後にでも今回の計画が何等かの要因で失敗しようが、なんやかんやで上手くいって完遂しようが、其れこそ今から私が君の首を何気なく気紛れで刎ねようが、私には何の不都合も問題もないんだよ?」

 「ッ!……クソッ!」


 大袈裟な身振りでお道化ると、一転して癇癪を起した子供を宥める様に、出来の悪い生徒に一つ一つ説明して言い聞かせる様な丁寧な、しかしゾッとする程冷淡な口調で語り掛ける白衣の青年に、スーツ姿の青年は何も言えずに短く吐き捨てる。


 「私も嘗て人間だった頃(・・・・・・・・)は未知を探求する学びの徒だったからこそ、その頃の自分の同志として中途半端に行き詰った結果、面倒な状態で停滞した君達の研究に君の(・・)かおと幾らかの労働を対価に協力してあげたに過ぎないんだ。


 感謝こそされても文句を言われる筋合いは無い」

 「…本当に問題は無いんだな?」

 「そう言っているだろう?」


 心底心外だという態度の白衣の青年に、スーツ姿の青年が絞り出す様に一言それだけ問うと、白衣の青年は当然の事を聞かれた様に肩を竦めて答える。


 「なら良い。最後まで働けよ」


 スーツ姿の青年は捨て台詞の様にそれだけ言うと歩きだし、白衣の青年に目もくれずに部屋を出て、後ろ手に強く扉を閉めた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 「………ハァ~、やれやれ、自我を残したのは失敗だったか?…いや、契約上仕方なかったかな?


 何にしても本命だった【八尺の心臓】の確保が失敗したのはかなり残念だ」


 白衣の青年は誰もいない部屋で溜息を吐くと独り言を呟く。


 「其れにしても予想よりも上手くいかないのは彼らが無能なだけなのか?いや、其れにしては悉く想定よりも抑え込まれている。


 情報が漏れている?其れにしてはこちらにも彼らにも接触して来ない事は不自然だ。


 …只の考え過ぎか?其れとも何かあるのか?」


 暫しの間、其の場で考え込んでいた白衣の青年だったが、上手く考えが纏まらなかったのか軽く頭を横に振って思考を中断する。


 「…まぁ、良い。どうせ今更何をしようと遅い。既に私も彼らも終盤にいるのだから」


 ――白衣の青年は一人嗤う。


 ――飽くなき悪意は暗闇から【目的】へとゆっくりと手を伸ばす。


 ――先程まで言葉を交わしていた者すら知らぬ【目的】を知り、阻む者は果たして……

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