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閑話.友と二人でカクテルを

 母親と再会した翌日の夕方過ぎに、アルベルトは【第十三支部】内にある、酒が趣味の職員が支部長である荒八木の許可を得て運営しているバーに来ていた。理由は単純な物で、特にやるべき仕事も無く、何と無く酒を口にしたくなったからで、別に何か忘れたいとかそう云う事情は一切無い。


 アルベルトが店主の拘りの西部劇で見る様な古めかしい上がアーチ状になったウェスタンドアを押し開けて、蝶番が僅かに軋む音と入店を知らせる天井近くに下げられたベルのカランコロンと云う少し低めの音バーに入ると、カウンター席にいる先客を見て、片眉を上げて声を掛けた。


 「八重樫か」

 「…あぁ、樋口か」


 酒精アルコールが入って少し思考が鈍っていたのか、少しの間を置いて応えたほんのり頬が赤らんだ八重樫は、アルベルトに向けていた視線を手元の白濁した淡緑色の液体が底に僅かに残る、仄かに柑橘系の香りがするカクテルグラスに戻すと、最後の一口を呷る。


 「マスター、此れ差し入れ」


 アルベルトはそう言って其処ら辺のコンビニで買える様なバーボンウィスキーとチェリーや、オレンジを始めとする柑橘類の入った籠をカウンターに置く。マスターと呼ばれた男は、磨いていたグラスを置くと、厳つい顔に嬉しそうな笑みを浮かべて籠を受け取り、カウンターの裏に仕舞う。


 「何を飲んでいたんだ?」

 「ん?…あぁ、ギムレットだよ」


 成る程、だからライムの香りがしたのか、とアルベルトは思う。アルベルトは八重樫の隣の席に座ると、注文をする。


 「取り敢えず、オールドファッションドをくれ。」

 「樋口。君、今何歳いくつ?」


 八重樫の胡乱な視線を伴った問いに、アルベルトは平然と年齢を誤魔化して問題無いと笑って嘯く。


 「問題無く飲める程度だよ」

 「…まぁ、信じておくよ。僕はベルベットハンマーを貰うよ」


 僅かな沈黙の後の八重樫の注文を受けて、良く磨かれたシックな木目調のダークブラウンのカウンターの向こうに立つ、バーテンダーと云うよりもギャングの様なアウトローの人間だと云われた方が納得出来そうな、隆々とした肉体の身長が優に2mは超えるであろう此のバーの主であるスキンヘッドの黒人の男は、其の見た目からは想像をする事が出来ない位に繊細で迅速な手捌きで注文されたカクテルを作り、アルベルトと八重樫に差し出す。


 「じゃあ、乾杯」

 「乾杯」


 互いに向けてグラスを持ち上げた後、手元のカウンターの上に戻したロックグラスの中の琥珀色の液体に浸るチェリーとスライスレモンの合間を抜けて、沈んでいる角砂糖をマドラーで潰すと、軽く掻き混ぜる。マドラーを抜いて、右手でグラスを軽く揺らしてグラスに浮く氷をグラスにぶつけて鳴らすと、口を着けて傾ける。


オーク樽由来のスパイシーさとバニラやカラメルのような香りに、微かに混ざったビターズに使われている香草の香りが鼻腔を擽り、マドラーで混ぜた時に傷付いたチェリーやレモンの果汁が溶け出した、口当たりの良い円やかなコクのあるコーン独特の香ばしい甘味がビターズの苦味をアクセントにして口内に広がる。


 喉に流れる酒精で早くも頬が熱を持ち始めたのを感じながら、隣で飲む八重樫の持つカクテルグラスを満たす白っぽい茶色のカクテルを横目に見る。


 オレンジ・ブランデー・コーヒーの香りが漂うカクテルを黙って眺めていた八重樫は、視線を落としたまま穏やかな口調で話し掛ける。


 「お母さん、目覚めて良かったな」

 「あぁ」


 視線を手元のオールドファッションドに戻して短く答えると一口口にしてグラスをカウンターに置く。揺れる琥珀色の液体を少しの間眺めていたアルベルトは、肩の荷が下りた様な穏やかな笑みを浮かべて、万感の籠もった静かな声音で溜息を吐く様に一言だけ呟く。


 「やっと報われた気がするよ」

 カクテル言葉


 ギムレット:『長い別れ』『遠い人を想う』

 オールドファッションド:『我が道を行く』

 ベルベットハンマー:『今宵も貴方を想う』

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