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でも、柿本博士に戦闘服を見せられた時、本当のところは、逃げようかと思った。いくらなんでも、恥ずかしすぎた。最初に、仲間だ、と紹介された男性が着ていたのと、ほぼ同じものが支給されると聞いたけれど、これは着れない。そう思った。
これはまるで、どこかのヒーローショーのコスプレ衣装みたいだ。色は黒を基調としているけれど、これが5色揃えば、間違いなく特撮だ。
それでもこれを着る気になれたのは、私の他にも女性隊員がいた事と、他の隊員もみんな、命を賭けて戦いに身を投じる覚悟でいた事。そして何より、この戦闘服と、他の隊員の体に組み込まれたアルファユニットに込められた、柿本博士の思いを感じた事。見た目だけでこの戦闘服を恥じた自分を、恥じた。
個人専用に採寸された戦闘服は、黒のアタッシュケースに収められ、渡された。
中に入っていたのは、説明書、と書かれたA4サイズの紙切れが数枚と、黒と青と少しだけ緑で、布と樹脂と金属で出来たものだった。畳まれている。触ってみると、それは意外とツルツルとした肌触りで、表面には若干の光沢があった。
私は説明書に従い、それを着用してみた。いざ着てみるとなると、やっぱり抵抗があった。ただの化繊かと思ったけど、きっと違うんだろう。基本素材は伸縮性のある生地で出来ていて、割と厚手で、全身にフィットする。足にはブーツが、手にはグローブが、それぞれ同じ素材で用意してあった。
胸部や股間、関節などの急所に当たる部分には、しっかりとしたプラスチックか金属のプロテクタが付いていて、いかにも、という感じだ。他にも、背中や腰や、太股に、何かの金具がたくさん付いていた。
頭部用には、ちゃんとヘルメット型のプロテクタが用意されている。頭蓋を覆う部分と、下顎部を覆う部品に分かれていて、顎関節の動きに追従できるよう、スーツと同じ材質で繋がっている。耳の部分はスリットの様になっていて、ちゃんと音も聞こえる。説明書によれば、下顎部には通信用の無線機も装備されているらしい。きっと、額の先から伸びた角みたいな部品は、そのアンテナなんだと思う。そして下顎部から伸ばした生地の先に、鎖骨のプロテクタと結合するためのビスがある。これを締めると、ヘルメットと本体が結合される。
頭部プロテクタを本体と繋げようとして、少し悩んだ。肩まで伸びている、少し長めの髪の毛を、どうしようかと思った。いっその事、切ってしまおうかと思ったが、心配は無かった。首の後ろ側、頚椎に当たる部分には隙間が出来ていた。これは首の関節の動きに対応するためだと思う。ヘルメット後部から頚椎用のプロテクタも伸びているので、問題は無さそうだ。この隙間から、髪の毛を出すことが出来る。
全てを着用すれば、露出している部分は、顔面だけになった。顔を覆うものは無いかと捜すと、ちゃんとアタッシュケースの、蓋に付いたポケットに入っていた。それはバイザーのような物で、鼻から上を覆うことが出来る、スモーク掛かった透明の部品だった。
私は鏡を見た。基本的なデザインは、アルファユニットと共通している。柿本博士によると、機能も極力、アルファユニットに近づけてあるそうだ。これは、アルファユニットを移植していない生体部分を補完するためだそうだ。だから、私以外の隊員のスーツには、腕が無かったり、脚が無かったりする。無くなっている部分は、アルファユニットに改造された部分だ。私みたいに、全身をスーツに包んだ隊員は、他にはいない。
集められた5人には、それぞれ、金属のプレートで出来た、ネックレスのような物を配られた。別に、アクセサリーじゃないみたいだけど。楕円形のプレートには、ローマ字で私の名前が掘ってあった。クラスの男子が付けていたのを憶えている。ドッグタグだ。彼らはおしゃれのつもりで付けていたのだろうけど、これは、ドッグタグの本来の目的で作られたんだろう。
首から提げた、装飾用とは思えないほど重厚な鎖の先端に、私はそれに似つかわしくない、可愛らしいペンダントを繋いだ。
金具の固定に戸惑っていると、神崎君が「貸してみ?」と、脇から引ったくり、それを手伝ってくれた。
「……よし、と。できた。ところで杉浦さん、コレ、何?」
「お父さんがくれた、お守り」
それは、お父さんが最期にくれた、私へのプレゼントだった。ロケットみたいだけど、どうしても開く事が出来ない。父さんは、いつか時が来れば、開けられると言ったけど、それがいつなのか、私には分からない。