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そうだ。柿本の言う事に、何の間違いもなかった。俺の右腕と両足を奪ったNOAHが憎かった。渚の命を奪ったNOAHが憎かった。可能であれば、殺してやりたい。そう思っていた。……しかし、それ以上に許せなかったのは、あの場所にいながら、結局何も出来ずにいた、自分自身だった。
俺がもっと強かったら。俺に力があれば。あの時、渚を護る事ができたんじゃないか。たくさんの人を、見殺しにせずに済んだんじゃないか。……でも、俺は無力だった。
ギリギリとかみ締めた奥歯に、力が入る。
「そうだよ、あんたの言うとおりだよ。でも……、だからって、……だからって、俺一人であんな化け物と戦えるわけ無いじゃないか!!」
柿本はゆっくりと俺に近づいて、俺の肩をそっと掴んだ。
「言ったはずだ。この躯体は、NOAHとの戦闘のために開発されたものだ。あわせて、君の肉体の強化も施してある」
そう言って柿本は、俺の右手を握った。戦うために作られた右手を。柿本の思いが詰められた右手を。
「それに、一人ではない。さっきから言っているだろ。私たち、と。我々には仲間がいる。君と同じ、共に闘う仲間が」
俺はうなだれた頭を、上げる事が出来なかった。
「もう一度だけ聞こう、神崎優斗君。私たちと共に、戦ってくれないか?」
俺は、震えていた。
まあ、と言い、柿本は俺に背を向けた。
「無理にとは言わん。君をここへ連れてきたのは私だ。改造手術だって、勝手に施したことだ。私だって人間だ、君の意思は尊重する。君が嫌だというのなら、それも仕方あるまい」
俺は自分の掌を見た。その右手は機械で出来ている。これは俺の右腕ではない。アルファユニットだ。NOAHと戦うために生まれた機械だ。その右腕が、脚が、俺の体に備わっている。
目の前に佇み、動くことの無い機械。そして、俺の体に備わり、動いている機械。無くなった腕の変わりに取り付けられ、俺の意のままに稼働するこれは、間違いない、俺の右腕だった。
あの時に俺は、渚を護ることができなかった。誰一人、助けることが出来なかった。逃げるだけで精一杯だった。いや、逃げることすら出来なかった。あの時、俺には何の力も無かった。そんな俺に、無力だった俺に、人を、日本を、世界を護る事なんて出来るんだろうか。
右手を硬く握った。力強く。腕が震える。俺は目を硬く閉じ、握った右手で自分の胸を軽く打った。痛かった。そう、痛かった。ちゃんと痛みを感じる。そうだ。俺は生きているんだ。
これが神の導きなのか、悪魔の仕業なのかは知った事ではない。どっちだって、構わない。同じことだ。俺は、生きている。あの日死ぬはずだった。しかし柿本に導かれ、今、こうして生きているんだ。
何のために生かされたのか。
答えは簡単だ。生き残ったものに課せられた使命。
柿本は後ろを向いたまま、どこかへ歩き出した。
「すまない、無理を言って悪かった。今上ってきたエレベーターに乗れば、そのまま地上に上がれるから……」
「……待ってください」
遮る俺の言葉に、柿本は立ち止まった。けれど振り返りはしない。
「本当に、この体なら、あの化け物と張り合えるんですね?」
柿本は後ろを向いたまま返事だけを返した。
「そうだ。そのように設計してある。機能は、保障する」
「あの時俺は、誰かを助けるどころか、逃げることも出来なかった…。妹も、渚を守ってやることも出来なかった! ……こんな、こんな俺でも……、日本を、みんなを守れるんですね?」
「ああ」
短い返事だったが、何故だろう、とても頼もしく聞こえた。
「……俺も、連れてってください。俺の、仲間のところへ」
後ろを向いたままの柿本の表情は見えなかったが、それでも優しく笑っているような気がした。
「よし、付いて来たまえ」
答えは簡単だ。立ち止まらずに、進めばいい。
どこへ?決まっている。「未来」へだ。
俺は、自分の2本の足で歩き出した。それは機械で出来た脚だったが、それでも、間違いない。これは俺の足だ。