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「当時から私は、大学の院で機械工学を専攻していたのだがね。私には、妻と、2人の娘がいたんだ。毎日を研究に明け暮れていた私は、ある日家族を、ドライブに連れて行ったんだ。その山中でね。交通の少ない登山道だったから、他に誰も見ていなかったんだ。急に車道に飛び出してきた何かを避けきれなくて、私の車は崖下へ転落した。私だけが車外に放り出されて、結果私だけが助かったのだが。はじめは、熊か何かだと思ったんだが、違った。それが、私とNOAHとの出会いだ。初めて奴らを見た私は、それは鬼かと思ったよ。後から後から、次々とNOAHが現れて、そして私の目の前で、乗っていた車が襲われて、妻と娘たちは、NOAHに殺されたんだ。」
「警察には……、言わなかったんですか?」
「もちろん言ったが、取り合ってなどくれなかった。私が見たものは何かの野生動物。妻と娘は事故死、と言うことで片付けられた。ショックで記憶が混乱しているとか、頭がおかしくなったとか、色々言われもした。それよりも何よりも、何も出来ずにただ逃げたような自分がたまらなく悔しかった。後から調べてみれば、NOAHの目撃情報や、被害にあったと言う話は、伝説とか、怪談とか、そんな次元ではあるが地元では何件も報告されていたそうなんだ」
柿本は遠い目をしていた。
「そこで私は、NOAHへの復讐を誓ったんだ。それから20年間、……もう20年にもなるのか……。私は、ずっとこの日を夢見ていた。そしてこの日のために、こいつの開発を続けてきたんだ」
復讐のため……だと?
「つまり、あんたの復讐のために、俺を利用しようってのか?」
柿本は俺に向き直ったが、けれど何も言わない。
「自分でロボットの脳みそが作れないから、俺を利用して、ロボットを完成させて、それで復讐しようってのか!?」
俺は柿本に向かい、柿本の白衣の肩を両手で掴んだ。
「あんた、人を何だと思ってるんだ! 俺はロボットの部品なんかじゃない! 復讐がしたいなら、一人で勝手にやってろ!」
「……君は、悔しくは無いのかね?」
柿本の、絞り出すように発せられた言葉は、けれどどこまでも力強かった。
「君は、自分の家族が殺されて、日常を奪われて、それでも悔しくないのかね!?」
ふと、渚の顔が頭をよぎった。
「私は悔しかった。妻を、娘たちが殺されたときも。そして、先の戦闘でも、私の下に集った同志が何名か、命を落としている。家族が殺されて、仲間が殺されて、悔しくはないのか。ただ黙って、殺されるのを見過ごせと言うのか」
柿本は、押し殺したように、静かにそう言った。しかし、その瞳には、強い力が込められていた。
「それに、日常を奪われたのは私や、君だけではない。あの日の戦闘だけで、数百人の命が奪われた」
俺の目の前で、何人もの人が動かなくなっていった。
「犠牲者や、その遺族だけではない。それ以外の市民も、どこに潜んでいるとも知れぬNOAHの恐怖に怯え、隠れるように生活しているんだ」
幾つもの死体を前にしても、けれど俺には渚を護るどころか、逃げる事すら出来なかった。
「確かに私は、君を君の意思に関係なく、ただ自分の復讐のためだけに、NOAHと戦う兵器へと改造した」
何も出来なかった俺の目の前で、渚は殺された。
「かってな事を言っているのは重々承知している。けれど、この復讐は、君自身のためでもあるんだ。違うかね?」
くそったれが……!