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ドアの上部のマグサインには、B50と表示されている。地下50階だ。扉が開くと、そこには闇が広がっていた。照明が何一つ点いていない。エレベーターから溢れる灯りだけが、ドア付近を照らす。その狭い範囲に見えるのは、ただリノリウムを張っただけの床だけだ。柿本は黙ったままそのフロアを進んでいく。俺は柿本に続いてエレベーターを降りたが、すぐに柿本の姿を見失ってしまう。僅かの時間を置くと、エレベーターのドアが自動で閉まり、遂に光源が無くなってしまった。
「ロボット工学の博士だと言ったね。この施設は、私の生涯を賭けた、秘密の研究所だったんだ。そして、その研究と言うのが、これだ」
暗闇の中から柿本の声だけが響き、急に照明が灯った。スポットライトだ。それに映し出されたのはステージではなく、大きな作業台だ。中央には、人間の形をした機械があった。人体模型のように、直立した姿勢で静止している。その体のあちこちからケーブルが生え、そしてそれは部屋のあちこちへと延びている。すぐ近くに立っていた柿本と大体同じ、普通の人間と、大して変わらない大きさだ。
そしてその部分部分には、見覚えがあった。ワンテンポ遅れて灯った蛍光灯に映し出された、俺の体。右腕。両脚。目の前の機械と、同じ形をしている。
「そうだ。君の体に使ったのも、これと同じものだ。まあ、大きさなどは君の体格に合わせて調整してあるが」
よく見れば、そのロボットは1体だけではなかった。その後ろに、多数のロボットが鎮座している。
「このロボットは、対NOAH決戦用ヒューマノイドユニットだ。開発コードからとって、アルファユニットと呼称している。私はこいつの研究に、一生の情熱を注いできたんだ。一体、これまでにどれ程の年月を掛けたか……」
柿本はその内の1体に近づき、その頭部を撫でながら話を続けた。
「そして躯体の構成まではこぎ付けた。でも、どうしても完成させることが出来なかった。各部分の動作は完璧だったのだが、自立歩行、自律動作が出来なかった。このサイズで、人間とほぼ同じ動作が出来、なおかつ戦闘が前提の機械だ。どうしても、こいつに搭載できる、小型でハイスペックのコンピューターが、AIチップが作れなかった。脳が無ければ、こんなものはただの人形だ。しかし、機械としての動作は完璧なんだ」
「それじゃあ……」
「ああ。そこで、君たちの肉体の治療に、こいつを利用させてもらった。こいつを動かすことは出来なかったが、義肢として、……勝手なことかも知らんが、私の研究で君たちを救うことが出来て、嬉しいよ」
俺は自分の手足と、目の前の機械を見比べながら考えた。
「ちょっと、待ってください。あなたが……、柿本さんがこの人型ロボットの研究をされていたのは分かりました。でも、……なんだろう、話が繋がらないって言うか、見えてこないって言うか……」
俺は嫌な予感がしていた。柿本はこの「アルファユニット」を何と紹介した? 「対NOAH決戦用ヒューマノイドユニット」だと?
「つまり……、なんで俺を改造したんですか?」
柿本は俺に向き直り、後ろ手に組みながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「そうだね。今までの話は、君の質問の答えじゃない。まあ、もう一つ聞いてくれ。……というか」
白衣を纏った初老の科学者は、俺の目の前で、まっすぐに俺を見ていた。
「君に、頼みがあるんだ。神崎優斗君」
「……なん、ですか?」
その口から発せられた言葉は、俺の悪い予感を裏切ってはくれなかった。
「神崎優斗君。私たちと共に、戦って欲しい」
「……え?」
何だって?
「……嫌かね?」
「俺に、あの化け物と戦えと?」
「そうだ」
柿本の目は、まっすぐと俺の両目へ向けられている。
「ふざけるな! 警察も自衛隊も敵わなかった相手なんだろ? それと闘えだって? むざむざ死ねといってるのも同じだ! 第一、俺は元々、ただの一般市民だ! フツーの高校生なんだ! この俺に、あんなものと戦える力があると思ってんのか!!」
「力なら与えた」
「……!」
柿本は力強く、低く、そう言って俺の右手を、機械になった右手を握った。
「その右手を見てくれ。私がどうして、アルファユニットの開発を始めたのか、その答えを話そう」
柿本は悲しそうな目をしていた。
「本格的に、NOAHが活動してから1週間と言ったね」
「……ええ」
「実は、もっと前からNOAHはいたんだよ。今から……、そうだね、20年ほど前になるのかな。私は、妻と、まだ幼かった2人の娘を、NOAHに殺されたんだ」
俺は息を呑んだ。