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 薄れ去っていく意識の中、俺は自らの死を悟った。きっと、俺もあの、死体の大群の一部になるんだ。そんな事を考えていた。しかし、運命は俺を見捨てなかった。これが誰の計らいなのか…、神か、悪魔か、それを知る術は無いが、俺にまだ生きていろ、と。その代わりに、俺に天命を与えたのだ。一度死に掛けたこの命を、まるで弄ぶかのように。

 目が覚めるとそこは、真っ白で清潔なシーツを敷いた、ベッドの上だった。辺りを見渡すと、ここは壁紙も、天井も、調度品も、全てが白い部屋だ。大して大きな部屋ではないが、部屋の中には他の誰もおらず、俺が寝ているベッドと、枕元に棚があるだけなので、やたら広く感じた。その中で、片開きの引き戸だけが、金属の地の色をしている。天井に据え付けられた蛍光灯が、煌々と部屋を照らす。

 見ると、俺は淡い青色をした、薄手の浴衣のようなものを着て、口元には透明なマスクを付けられていた。体の数箇所にはケーブルの端子が貼り付けられ、それが全て、俺の隣にあるモニター装置に繋がれていた。静かな部屋の中で、俺の心臓が刻む、鼓動を変換した電子音だけが、規則正しく支配している。ああ、ここはきっと、どこかの病院か、と思った。

 あの時俺は、あの白い巨人に襲われて、そして…、憶えていなかった。…俺は、助かったのか。俺が病院に来ているなら、渚も運びこまれたんだろうか。


 俺が起き上がり、部屋の中をキョロキョロと見回していると、ドアが無機質に開き、見知らぬ男が一人、入ってきた。その男は、白衣を着ていた。医者か。

「気が付いたようだね」

 白衣の男は俺に近づきながら、優しく話しかけてきた。そう歳をとっている様には見えないが、白髪頭で、やたらと老けて見える。医者と言うには、どうにも頼りない感じだ。しかしどこと無く優しい感じで、それでいて憂いを帯びた顔立ちの男だ。

「うん、もう脈も呼吸も安定している。外しても大丈夫だろう」

 そう言いながら、男は俺のマスクを外し、モニターの電源を落とした。

「はい…。あの…、ここはどこなんですか?俺…」

「神崎、優斗君だね?」

「…どうして俺の名前を?」

「悪いとは思ったが、荷物を調べさせてもらった」

 男は、白衣の胸ポケットから俺の学生証を出した。

「失礼、まずは自分が名乗るべきだったね。私の名は、柿本謙三。よろしく」

「はぁ…」

「君のほかの荷物や着ていた服は、全部ここにしまってあるよ」

 そう言いながら、柿本と名乗ったこの男は、俺が寝かされているベッドの隣にある棚を指差し、その上に俺の学生証を置いた。

「あの…、俺の妹は?神崎渚は、ここにはいないんですか?」

「神崎君、落ち着いて、私の話を聞いて欲しい」

「…はい」

 柿本は元々落ち着いた声質のようだが、さらにゆっくりと、そっと話した。

「…あの日の戦闘で、民間人にも多くの犠牲者が出た。君もその中の一人だった。私が君を発見した時、君はまだ息があった。そこでこの研究所に連れ帰り、…勝手とは思ったが、手術させてもらった。一命を取り留めるためだった」

「…研究所?」

「ここは病院ではないし、私も医者ではない。私は科学者なんだ。ロボット工学を専門とするね」

「ロボット?…手術?」

 柿本は、ゆっくり頷いた。

「…落ち着いて、君の右手を見てみるんだ」

 俺は恐る恐る、真っ白な毛布に隠れた右手を出した。そしてゆっくりと、握っていた拳を開いた。

 それは、少なくとも俺の知っている、俺の手ではなかった。


 機械。


 人の手の形はしているが、それは人の手ではない。何か金属のような物で出来ており、関節の隙間からは、何やらチューブやシリンダーが見え隠れする。そしてこれは、俺の意思通りに稼動し、その度に内部からは機械動作音が聞こえる。俺の右肩から先、俺の右腕があった場所は、すっかり、この手の形をした機械にすり替えられていた。

「な…!」

 言葉を発することも出来なかった。俺はとっさに、他の四肢も確認した。左腕は間違いない、俺の腕だ。毛布をめくり上げ、着ていた病院服をまくり上げ、脚を確認した。右足は膝から下が、左足は股関節から、同じように機械になっている。そして四肢の機械を固定している俺の胴体だけは、ほぼ元のままだった。違っているのは、腹部と胸部の数箇所に、縫い合わせたような傷痕がある事くらいか。

「ここに来たとき、君は右腕、両脚切断、内臓破裂の重体となっていたんだ。…本当に、申し訳ないとは思ったが、君を助けるためだった。どうか許して欲しい」

 そう言い柿本は、深々と頭を下げた。

 俺は、何一つとして理解できていなかった。まだ俺は眠っていて、夢を見ているのではないか。そう思った。

「あの…、何なんですか?何もわかんないですよ。あの日、何があったんですか?なんで、病院じゃなくて、こんな…」

 柿本は少しだけ俺から目を逸らし、こう言った。

「付いて来てくれ」

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