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「ねえお兄ちゃん、この紫のと、黄色のと、どっちがかわいいと思う?」

「だから分からんって!そもそも、俺に聞くのが間違ってる」

「直感でいいんだよ〜。パッと見て、どっちがかわいいか!」

 そう言いながら、渚は二着の服を交互に自分の正面に掲げ、俺に見せ付けてくる。店の内外にはカップルと思しき男女が数組いて、俺たちもその中に紛れて買い物を続けていた。きっと外から見れば、俺たちだってそう見えるのかもしれない。

「知らんって!店員さんにでも聞いてみろよ〜」

「も〜、わたしは、お兄ちゃんの意見が聞き……」

 そこまで言って、渚の声は何者かの悲鳴にかき消された。なんだ?俺と渚は振り返った。後ろには、ブティックの巨大なガラス窓。このブティックは3階にあり、そしてその窓越しには、ショッピングモールの広場が広がっている。悲鳴はそこからだ。次々と飛び交う、悲鳴、怒声。そして、逃げ惑う人々。

「え……、何?どうしたのかな……。さっきのショー?」

「まさか……、ショーじゃ普通、大人は逃げないだろ」

 俺たちは、店を飛び出した。他の客や店員も、同じように出てきた。デッキの柵に身を乗り出し、広場を見下ろす。広場には、大勢の人がいて、そして全員が逃げ惑っていた。そして、その逃げてきた先には、暴れ狂う何か。何だ、あれは。

「なにあれ、やっぱりショーの続き?やり過ぎでしょ……」

 渚がポツリと言ったが、あれがショーな訳があるか。

 そこには、人がいた。いや、人ではない。人の形をした「何か」がいた。全身には体毛がほぼ無く、不気味なまでに白い皮膚をしている。身長はとても大きく、普通の人間の倍近い。その全身を纏う筋肉はとても発達しており、まるでプロレスラーのような体格をして、暴れ散らしている。そしてその大きな手には、何か赤いものを握っていた。あれがヒーローショーの怪人か?まさか。

 普通のヒーローショーでは、正義の味方は倒れない。完璧なまでの、勧善懲悪のストーリーに仕上がっているはずだ。それが、肝心なヒーローは今、どこで何をしている?こんなヒーロー物があるか。よく見れば、白い巨人の手に握られ、真っ赤な全身タイツを着たそれは、先ほどまでステージに立っていた正義の味方だった。

 白い巨人は、握り締めた正義の味方を振り回した。その度に赤いコスチュームが辺りの街灯や植木に衝突し、鈍い音を立てる。そしてそのまま、巨人はヒーローを放り投げた。ヒーローはどこかへ向かって飛んでいき、そして嫌な音と共に、レンガ造りの地面に頭から落ちた。もう、ピクリとも動かなかいようだ。

「いやあああぁぁぁああ!!」

 正義が敗れるヒーローショーがあるか。俺は渚の手を取り、走った。目指す方向は無い。とにかく、逃げるんだ。辺りを見回すと、巨人は1体だけではなかった。入り組んだ建物の影から、もう1体、もう1体と次々に現れてくる。ちくしょう、どっちに逃げればいいんだ……!奇抜なデザインを狙ったショッピングモールの通路は、複雑に入り組んでいる。通い慣れた俺でも、中々思った通りに歩けないほどだ。何の規則性も無く、でたらめに配置された通路と階段を、ただただひたすらに走り、階段を転がるように駆け下りる。そして路地を曲がり、雑貨屋と文房具屋の間を抜けると、その先の喫茶店の角からまた、あの白い巨人が現れた。きびすを返し、すぐに手前の階段を駆け上がる。踊り場まで上がると、向かいに別の階段の踊り場が……、あれはさっき俺たちが通った階段が見えた。そこでも一人の男が白い巨人に追い詰められており、逃げ場を失い、柵を乗り越え飛び降りた。もちろん、着地など出来るわけが無い。2階と3階を結ぶ階段の下は、1階の地面だ。彼はそこに落ちて、動かなくなった。

 その階段を駆け上がると、また路地を二つほど曲がり、駅のほうに向かって走った。このショッピングモールは、そのまま駅と直結している。そこまで逃げれば、何とかなる。そう思った。元々は商品だった、カラフルな衣服が散乱する狭い通路を駆け、角を曲がり、エレベーターの脇を抜ける。軽食屋の脇のエスカレーターを駆け下り、銀行のATMの脇を抜ければ、そこは駅へと続くペデストリアンデッキだ。ここまで来る間に、幾つもの、血まみれになり動かなくなった人たちを見た。俺と渚は、そのすぐ隣を走り抜けた。もう、心臓はどこまでも暴走している。走っているからだけではない。

 恐怖。迫る死。あの巨人に捕まれば、死ぬ。

「渚、もう少しだ!駅まで行けば……!」

 そう言いながら駅の方向へと向き直り、絶望した。小奇麗に整備された駅の改札口付近にも、あの白い巨人が待ち構えていた。駅前交番勤務と思われる警官が、拳銃を構えていた。発砲しているようだったが、それに効果があるようには見えなかった。ペデストリアンデッキの上では、ショッピングモールから逃げ出した人々と、駅から逃げ出した人々との動線が交錯し、そこは阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。

 駅はだめだ。俺はまた引き返し、ショッピングモールの広場へと通じる階段を駆け下りた。広場にいた人々は大概が既に逃げ出し、そこに残っているのは、もう動かない人間だけだ。だとすれば、人ごみの中よりは幾分か安全かと思った。それにここなら、見通しが利く。いくらでも逃げ出せる。そのまま、広場を走り、人工池の脇を抜け、中央の、大階段…、ステージがあった辺りまで走った。

「きゃ……!」

 後ろから、渚の短い悲鳴が聞こえた。振り返ると、何かに躓いて転んだようだった。なんだろう。渚の足元を見た。それは、幼い子供の死体だった。

「いやっ、いやあああぁぁぁああ!!」

 泣き叫ぶ渚を引き起こそうとするが、だめだ。完全に腰が抜けているようで、もう立ち上がれない。

「ばかやろう!立て!逃げるぞ!殺されるぞ、渚!!」

「いやああぁっ、いやぁああぁあああっ……」

 頭を抱え絶叫する渚の腕を掴み、必死に立たせようとするが、なんという事だ。どこから現れたのか、すぐ目の前まで巨人が迫っていた。巨人は何かを叫びながら、こちらへ向かって突進してくる。そして、俺の目の前で片腕を振り上げ、払った。

 俺の目の前にいた渚が、一瞬、どこかへ消えた。巨人が腕を払った方へ目をやると、渚はそちらへ吹き飛ばされ、側のバーガーショップのウィンドーを破っていた。

 俺は渚へ駆け寄った。巨人はどこか、別の方へとまた駆けて行った。

「渚!」

 割れたガラス窓を潜り、ガラス片が飛散する店内へと駆け込む。その中央に、倒れたテーブルや椅子の下敷きになり、傷だらけになった渚が倒れていた。

「渚!大丈夫か!今救急車を呼んでやるから……」

 俺は渚を抱き起こしながら、自分のポケットをまさぐり、携帯電話を探した。渚は力なく、ぐったりとしていた。そしてゆっくりと、目を開く。

「おい、渚!しっかりしろ!おい!」

「……おにい、ちゃ……」

「渚、大丈夫か!?しっかりしろ!返事しろよ!おい!」

 俺は何度か、渚の頬を叩いた。しかし、ゆっくりと伸びてきた腕が俺の頬に一瞬だけ触れ、すぐ、がくり、と落ちた。それっきり、渚は動かなくなった。俺の腕の中で。


 その後、俺は何かを叫んでいたんだと思う。その後、何がどうなったのか、実はよく憶えていない。

 ただ、走っていた。逃げていたのか、それとも渚を殺した巨人を追いかけていたのかは分からない。ただ、半狂乱だった。だから、すぐ後ろから迫ってきた巨人の存在に、そいつに足を掴まれるまで、俺は全く気づいていなかった。

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