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春と沙羅

rain

作者: 川里隼生

川里隼生小説六十作記念

 図書館を出ると雨が降っていた。梅雨の季節だからだ。朝から降りそうだったから、きっちり傘を持っている。大雨ではない。ざあざあというより、さらさらというような降り方だ。スマホのジャックにイヤホンを挿し、気に入っている音楽をかける。雨にはジャズが似合う……気がする。多分。外の音が聞こえるように、小さめのボリュームにしておく。通行人はやはり少ない。


 歩道が石畳で滑りやすい代わりに、景色は引き立てられる。適当な喫茶店に入ってコーヒーでも飲みたい気分だ。苦いのは飲めないけど。途中のビルに時計がある。午後四時を少し回っている。四時ちょうどに図書館を出た。順調に家へ近づいている証拠だ。だいたい三十分後には到着すると思う。


 本当なら三時には図書館を出る予定だった。有栖川有栖の『ダリの繭』がなかなか面白くて、一時間も長引いた。こんなことなら『ダリの繭』も借りれば良かった。同じ作家の『Yの悲劇』が入ったリュックが濡れていないのを確認しながら悔やむ。


 図書館から家まで続く道のほぼ中央にバス停がある。結構大きなバス停だ。そこだけは迂回できない。しようと思ってできないこともないが、かなり時間がかかってしまう。図書館からここまでは大きなバス停も駅もなく、ここから家までは裏道を使える。つまり、ここが唯一かつ最大の難所だ。


 幸いなことに今日は雨。傘で顔を隠せる。かつての同級生がバス停にいたとしてもやり過ごせる可能性が高い。ちらっと前方を確認すると、待合所と化す公園には制服を着たグループがいくつか。いつの間にか石畳からコンクリートに変わった歩道に近い場所で談笑している。


 極力速く通過しよう。それでも不審がられないように、歩くペースを維持してバス停を過ぎた。制服のグループはちょうど最接近したところで会話が途絶えた。どうして無言になったのかは分からない。相手の顔を確認しなかったから、本当に元クラスメイトだったのかも不明なままだ。


 裏道に入り、歩道らしい歩道がなくなった。ガードレールもない。車と人を隔てているのは足元の白線だけ。車道外側線という……らしい。詳しくは知らない。雨足は強まらず、弱まらず。やっぱり空は暗い。天気予報を見る限り、明日からの土日は多分晴れるだろう。もう一度リュックを確認しながらそう思う。


 中学校の窓から見える景色は魅力的だった。監獄のような校舎を飛び出して町に行けば、きっと自由になれると思った。実際にそこで見つけたのは罪悪感だけだった。不登校になってからも、とりあえず今日のように私服で図書館に行くことはやっている。


 本当の気持ちを言えば、あんな学校の制服なんて二度と袖を通したくない。いつか復讐してやりたい。爆弾でも仕掛けてやろうか。色々考えた結果、紙の世界に救いを求めた。この世界では人を殺すのも、世界を滅ぼすのも自由だ。ストレスを消化できるものに出会えたことは、不登校になったおかげかもしれない。


 でも、そんな悟りはこれからの人生に必要とされない。本の知識より教科書の知識。そう思うたびに不登校なんて馬鹿なことをよくやったもんだと自己嫌悪になる。嫌だ嫌だ。住吉と書かれた表札が視界に入る。私の苗字だ。やっと玄関に入った。こんな日はとにかく『Yの悲劇』の世界に全身浸かってしまおう。

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