表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Jack O' Lantern  -ジャックと悪魔の約束-

 ジャックは朝、鳥の声で目覚めるのが日課だった。美しく唄う鳥の声で今日も頑張ろう、と気合を入れていた。

 だが、今日の鳥の声は少し違った。気味の悪い声だった。



「ケケケケケ」


鳥の声が辺りに響く。


「うるさいなぁ、なんだよー、この声。今日は鳥くんの声もしないし」


ジャックは起き上がりながら橙の目を擦る。緑色の髪の毛には寝癖がついていて十五とは思えないほど子供っぽい。

 彼は手櫛で簡単に髪の毛を整えると、部屋の外へとでた。


「なんで家族みんながいないんだろう……。母さんも、父さんも、姉さんまでいないし。みーんな、僕のことを嫌いになっちゃったのかな? そんなことないよね」


ジャックは家の中をうろつきまわる。

 しかし家のなかはおろか、家の外にも人の気配は感じられなかった。

 町の人まで僕をおいていったんだろうか。そんな不安がジャックの頭の中をよぎる。彼は不安を振り払うように頭を振ると町へと駆け出していった。


「町長さん! みんな! どこにいるのー? 答えてよー! 答えて! ねぇ……」


だんだん言葉の勢いを失っていく彼。彼の町には誰もいなかったのだ。

 ジャックはそれでも、と希望をもって町長の家のドアを恐る恐る開けてみた。

 だが、そこにはなんとも気味の悪い風景が広がっているだけであった。


「ケケケ、ケケケケ、ケケ」 


悪魔のような笑い声が響き渡る。 


「うわぁっ、なんで、なんでだよ。なんでみんなカボチャになってるんだよ。僕ひとりを置いていかないでよ!」


ジャックは扉を開けっ放しにしたまま走り出した。

 そう、彼が見たものはかぼちゃたちの集まりだったのだ。何千、何万と、このまちに住んでいた生物が全てカボチャになってしまったのだ。虫から、鳥から、人間までもが。後にこのことを人々は「かぼちゃの呪い」という安易な名前で呼ぶようになる。この話はまた今度語るべきだろう。ただ、これはそんな安易なものではなかった、ということだけは覚えておいてもらいたい。



 その夕暮れのこと。ジャックは自分の家に閉じ籠り、窓から外を眺めていた。鍵という鍵は全部閉め、ほとんどのカーテンも閉めたのだが、あるカーテンだけは閉められなかったのだ。

 この窓は、みんなで外をよく見た窓。だから、きっと、僕を助けてくれるに違いない。彼はそう信じ込んでいた。


「トリック・オア・トリート! トリック・オア・トリート! トリック・オア・トリート!」


カボチャたちの合唱が夕日に響く。 


「はぁ……」


ジャックは心底重そうなため息をついた。

 トリック・オア・トリートっていったい何なんだろう。聞いたこともないから異国の言葉なんだろうか。なんて考えを巡らせる。

 ジャックはしばらくの間考え込むと、なにかを思い付いたかのようにキッチンの戸棚へと駆け寄った。なにかほしいのではないか、そう解釈したためだ。


「あいにく、菓子しかないんだよなー。全く、姉さんたらご飯を食べ尽くしちゃって。明日は聖人祭だってのになに考えんだろ。……あ、でももうそれもなさそうだな」


彼は悲しげに呟く。

 町の皆が楽しみにしていた聖人祭さえもうできないのかもしれない。どうして聖人祭の前日、十月の最後の日にこんなことが起きるのだろう。なんの恨みがあってこんなことをするのだろう。

 彼はこんな思いを言葉に込めて呟いていた。

 ジャックはまた窓に近寄るとその窓を開け放つ。籠に入れた菓子をバラバラと外へ撒き散らした。

 カボチャが菓子へとむらがるそのすがたは異様、としか表しようがなかった。

 そして、 


「トリック・オア・トリート! トリック・オア・トリート! トリック・オア・トリート!」


お菓子はすぐに消え去り、また合唱が響く。


「まだ足りないのかよ。もう菓子なんてちょっとしか残ってないんだけど。共食いとかしないんだな」


ジャックは窓を厳重に閉めるとまた奥へと戻っていった。足取りは重く、悲壮感が漂っている。まさに悲劇のヒーローのよう。

 彼はありったけの菓子を取り出すと哀しげに溜め息を吐いた。菓子を籠に入れていく。



「なんで、どうしてだよ、本当。なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだよっ、みんなはどこだよ!?」

「その質問に答えてさしあげようか」


どこからか静かな声がした。ジャックははっと頭をあげる。


「お前、誰だよ?」

「私か? 私は悪魔。聖人と対と為すものよ」


低めの声を響かせ、お辞儀をしたのは黒き麗人。漆黒の髪をさらさらと地まで垂らし、闇の色、としか形容できないようなマントを羽織っている。男だか女だかわからないような顔をしていたが非常に綺麗で、その口ぶりから女性だとうかがえた。


「あっ悪魔!? 悪魔がこんな田舎の町に何のようだよ?」

「何の用もない、と言えば嘘になるが……聖人たちから釘を刺されてしまったからな。真を言えば信じるか?」


悪魔はぐっと顔をジャックに近づける。その美しい顔を近付けられ、ジャックの顔は火照ってしまう。 


「な、なんだよ、お前。せめて名前ぐらい言えってば。そうしたら信じてやるよ」

「ふっそうか。ありがとう。だがな、私には名前がないんだ。付けてくれないか?」

「はっ!? 名前がない? お前、変なやつだな。まぁいいや。ちょっと待てよ……」


ジャックは何も不審に思わずに考え込む。

 アウリリャ、は可愛すぎるしな、もっと綺麗な名前。何て口走りながら思考を巡らす。

 その顔はいつもと違い、とても大人びていて、悪魔は彼に思わず見とれてしまった。もっとも、彼はそんなことにも気づかずに考え込んでいた。 


「よし、決めた! お前の名前はメルシアな。で、メルシア。早く教えてくれよ」

「め、めるしあ。それが私の名前か。有り難い、大切にするな。それでなんでこうなったのかって話をするとな――」

――聖人ってのは、良いやつじゃないんだ。残念なことにな。悪いやつというわけでもないんだが、残酷なんだ。明日、聖人祭だろう? 聖人祭になる前に罪悪感を感じたことがあるものを人で無き物にせよ、聖人から私達悪魔にそういう命が下されたんだ。できる限りむごくて、生き残ったものさえ罪を感じてしまうように、とな。

「何故か分かるか?」


声を荒げず、あくまで静かに訊ねるメルシア。ジャックは首を傾げる。確かにひどいけれど、言うほどだろうか。自業自得じゃなかろうか。


「わからない、か。普通そうだろうな。分かっていたら逆に怖い。知っていたか? 聖人の上の存在がいる、ということを。それは神。だが神は考えなしなのだ。だから、どうやって聖人に褒美を与えるか考えたときにこの方法を思い付いた。悪いことをした人々を捕らえた数だけ褒め称えよう、とな。馬鹿馬鹿しい。それで、私はこんな惨いことをするはめになったのだ。悪いことをした人々を分かりやすくし、捕らえやすくし。そして、いままで罪を犯していないものまで犯してしまうように、カボチャにかえるなんてこと」


メルシアは語るような口調でとうとうと続けていく。

 一方のジャックは聖人の欲深さに驚いていた。


「だ、だって……聖人は良いやつ、じゃないのかよ? 僕は、そうやってい――」

「しぃ。信じると言ったのは貴方だ。信じよ。貴方たちは騙されていたのだから」


くちびるを人差し指で塞がれてしまったジャック。

 う、うぅ、と情けない声を漏らしながらこくこくとうなずく。


「私は結構貴方のことが好きだ。聖人に魂を刈り取られてほしくはない。だからお願いだ、罪の意識を感じないでいてくれ。貴方はいい人だ」


メルシアはジャックの目をはっきりと見つめながら願う。

 この人だけは……。メルシアはそう思った。本当はこんな思いなんて抱いてはいけないのかもしれない、それでも、と。彼女はジャックに生きていて欲しかった。

 一方のジャックは唐突にそんなことを願われ、困惑していた。ジャックが顔を真っ赤にして


「え、えとそれは恋愛感情?」


そんなちんけな問いを言葉にしたとき。メルシアは消えていた。


「え、えぇ? メルシアまで消えちゃうのかよ!? なんでだよ!」

「すまないな、すべて終わったらここへ来る、それまで耐えていてはくれないか?」


そんな小さな呟きのようなものが聞こえた気がした。

 ふぅと軽く息を吐くと、ジャックはぼんやりとメルシアのいたところを眺める。


「メルシア……。君って本当は悪魔じゃないと思うんだ。僕の作った人かもしれない、とも思ってるんだよ。でも、君に会えるまで待っているね」


ジャックは聞こえるともわからないのにそんなことを言い、微笑んだ。

 そして、窓の外へと意識を戻した。相変わらずカボチャが叫んでいる。もう窓のすぐそばまで来ているものまでいる。


「もうなにもないんだよなぁ。そのままにしとこうか」


ジャックは窓を見ながら呟いた。赤い月が窓の外からそろそろと覗いている。彼は窓に背をつけるようにして座り込んだ。目はどこか遠くを見つめている。メルシアのことでも考えているのだろう。


「はぁ……。本当に今日ってなんなんだよ」


彼はそのまま眠ってしまった。


 彼は夢を見る。彼の仲間、親族が嘆き悲しむ夢を。


「どうしてお前なんかみたいな役立たずが生きているんだ。お前の癖に」


彼らは罵詈雑言をジャックに浴びせかける。彼らが本当であるはずがない、と分かりきっているのにジャックは悲しくなってしまった。


「僕はどうして生きてんだよ。みんなと同じように死ねばよかったのに。いつも、いつもそうやって……悪目立ちしてバカみたいなんだよな、僕は」

《だめ、だめだ……貴方はいい人。罪など犯してないのだから。悪いことなどしていない》

「メルシア、メルシアなのか? お前、僕が悪くないって本気で言ってんのかよ? 僕なんて、僕なんて……」


情けない声が響く。

 「僕」なんてそんな存在なんだ。情けなくてちっぽけな存在。


《明日の朝、貴方を迎えに参る。それまで持ちこたえていてくれるか》

「――う、うん。頑張るよ、僕。メルシア、ありがとう」


ジャックは穏やかな顔をし、微笑んだ。

 悪夢は終わり、幸せな夢へと移り変わる。メルシアとジャックだけの幸せで護られた世界。



 彼は目を覚ました。

 部屋には朝日が差し込み、世界は静寂に包まれていた。


「おわったのか?」


彼は独り言ちながら目を擦り、まぶたを持ち上げる。昨日カボチャの大群が見えていた窓からは日光が差し込み、穏やかな気分にさせられる。

 ジャックはが窓に近寄ると窓枠になにか置かれていた。


「なんだ、これ? カボチャの種、か?」


ジャックはしばらくの間それを見つめていた。


「ジャック!! 無事だったんだな、よかった。迎えに参ったぞ」


メルシアの喜色ばんだ声がジャックに届く。

 ジャックはくるりと振り返りながら種をポケットへと仕舞い込んだ。メルシアはジャックの真後ろで嬉しそうに立っていた。


「メルシア、昨日のことだけど。本当にありがとうな。助かった」

「た、たいしたことではない。お前が無事なら私はそれでよい」


メルシアは少し照れ、その黒髪をいじり出す。


「それにしても、今日は服装違うんだね」

「き、気づいたのか!? あれは悪魔の時の服だ。制服のようなものでな。まぁもうあれを着るつもりはないのだが。で、こちらはいつもの私服だ」

「そうなんだ……私服、可愛いね。それじゃあ、いこう? あの世界に」


ジャックはメルシアに笑いかけ、メルシアも笑い返す。

 二人は手を取り合うと目を閉じた。

 そして、夢の世界へと旅立ってしまった。


 

 しかし、この話には続きがある。悲しい、悲しい続き。ハッピーエンドで終わらせられなかった二人の悲しい恋の話。



「おはよう、メルシア。今日も良い朝だね」

「そう、その通りだな。鳥は謳い、木々はそよぐ。まさにこの通りだ」


ジャックたちは朝の挨拶を交わし合う。

 端から見ると彼らは本当にお似合いの夫婦(めおと)だ。ただ、そんなお似合いの二人も今日で引き裂かれることになる。私は知っている。そうと決まっているのだ。


「僕らが出会った日から、もう何年目?」


ジャックは優しげに問いかける。今までの愛をいとおしむかのように。確かめるかのように。


「忘れたのか? 女は覚えていてほしいものだぞ。今日で五年目だ」

「ごめん、ごめん。でももうそんなに経ったのか。本当にいままでありがとうな」


メルシアは訝しげに目を細めた。


「今日はどうした? なんだかやけに――」


優しいじゃないか。メルシアはそう続けようとしてジャックの声に遮られる。


「何でもないよ、ただね。なんか不安なんだよ。いままで積み上げてきたものが壊れてしまうような、そんな予感がするんだ。それだけ」

「いざとなれば私が貴方を守る。安心しろ」


 そーはいわれてもねぇ、とジャックは嬉しそうで恥ずかしそう。女に守ってもらうのは屈辱でもメルシアが自分を気にかけてくれている、と思うと嬉しいのだろう。

 そして事は起こる。

 突然、彼らの庭にカボチャが増えだしたのだ。


「なぁ、メルシア。これはサプライズなのか?」

「なにがだ?? 私はなにもしていない」

「良いから、外見てごらんよ。大量のカボチャがあるんだけど。あれ、なに?」


ジャックは窓の外を指す。

 彼らの新しく作った家はもともとジャックが住んでいた家と同じまどりで作っていた。

 元の家で言うとちょうどカボチャを見ていたあの窓と同じ窓からたくさんのカボチャが見えていたのだ。


「う……嘘だろう? だってあれはこの世界に入ってこれぬはず。誰かが持ち込まない限り」


それを見たメルシアは明らかに動揺してしまう。顔を青ざめ、額にてを当てた。


「あー、それ僕が持ち込んできちゃったかも。あの日、カボチャの種をここに持ってきちゃった気がするんだ。ほんと、ごめんよ」


ジャックはある事実を思い出してしまった。気まずい笑みを浮かべて目を泳がせつつメルシアへと謝罪しながら、どうしようかと思いを巡らす。


「はぁ、ジャック。貴方は本当に……そういうところが愛おしいのだが」


惚気ながら溜め息を吐く。呆れたような、でも、愛おしいものを見つめるようなそんな目で微笑んだ。


「ごめん、まじごめんな。で、これからどうするんだ?」

「罪悪感にとりつかれぬのが一番だが、おそらくもう無理だ。私はもと悪魔であるし、貴方はもう既に運を使い果たしていると言っても過言ではないだろうし」


メルシアはくちびるに人指し指を当て、逡巡する。その仕草に色っぽさを感じてこんなときなのに赤面するジャック。


「じゃ、じゃあ、カボチャになるしかないって?」

「あぁ、おそらくは。だが、安心してくれ。きっと、いや絶対にまた会える。もと悪魔として保証する。そもそも私は一度死んだ身なのだからな」

「そっか、会えるのか。また、お前とのこの暮らしができるのか。なら良いや。また会おう」


ジャックは安穏とした表情で笑みを浮かべた。


「ああ、そうだな。まあ会える日まで」


二人は笑顔を交わしあうとお互いに背を向けた。そして、正反対の方向へ歩いていく。二人ともお互いに自分の死ぬ姿を見せたくなかったのだ。この人の前では幸せでいたいと、そう願ったのだ。



 彼らはカボチャへの変化、そして死を迎えた。

 メルシアは残してきた悪魔の仲間への罪悪感に苛まれ、変化。そこから陽射しによって干からびて死亡した。

 ジャックは自分が見捨てた町のみんなに謝罪せずに二人で逃げてきたことへの罪悪感に沈み、変化した。死因は聖人に拾い上げられ、殺されたというものだ。

 彼らは最も罪の深い罪人として聖人の足元を照らすという呪縛を受けた。ジャックがランプ、メルシアが灯だ。そんな呪縛を受けていても二人でいられることに彼らは喜びあったのだった。



おしまい。

ハロウィンにちなんで書いてみた話。

口調の統一、三人称を目標としました。

感想お待ちしております。


ちなみに本当のジャコランタンの話もすこーし、参考にしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ