7 綺麗なものだと思いたかった
「最近楽しそうだね」
瀬尾が生徒会長の顔で笑った。作った笑顔って気持ち悪い。まあ、これが作り笑顔だということを知っている人は少ないんだけど。顔が整っているって得だ。
同じ大学で同じ学部を第一希望にしていてライバルだけど、ピリピリした関係ではない。友達というほど単純ではなく、親友というほど心を開いていない。俺は生徒会役員じゃないから、三年間同じクラスという繋がりだけだし。中学までは他県にいて、高校から引っ越しでこっちに来たから、入学時には知り合いはいなかったらしい。
それでも生徒会長になれるほど人望があるということだ。
「家に帰っても勉強なのに」
「友達と一緒だからな」
そういえば言ってなかったか。瀬尾は言わないだろうけど、他の奴は「低レベルなヤツと勉強しても意味ない」って言うだろうから隠していた。
高校受験の時よりも気楽でいられるのは、勉強会のおかげだろう。
「じゃあ校門まで一緒に行こうよ」
瀬尾は鞄を肩にかけた。ずっしりと重そうなそれは、教科書と参考書がぎっしり詰まっている。それは俺も同じだけど。
毎日持っているから、力がついてきたかも。
靴を履き替え、校門に向かった。なんか騒がしいけど、何かあったのか?
「あ! やっと来た」
宮木が手を振った。隣でイチローが軽く肩まで手を上げた。
騒ぎの原因はこいつらか。二人でいると目立つんだよな。美男美女って並んでいるだけで華やかだ。
「どうしたんだ?」
「昨日はケータが来てくれたからね。私は付き添い」
「立花の勉強友達? 僕は瀬尾。同じクラスで同じ志望校のライバルだよ」
爽やかに笑った瀬尾は、宮木に手を差し出した。宮木はにこやかに握手に応えた。
この二人、似てる。笑顔がそっくりだ。
「瀬尾……瀬尾秀一さんを知ってるか?」
瀬尾の名字に心当たりがあるのか、イチローが尋ねた。
確か年の離れた兄がいたはずだ。
そういえば、名前はシュウイチだって言っていたような。
「瀬尾秀一は兄だけど」
「じゃあ、須賀由宇は」
「由宇さん!? 兄の友達だけど。君は誰?」
「由宇さんの従弟の宮野一郎」
瀬尾は興奮してイチローの手を両手で握った。
須賀由宇。イチローの『お兄ちゃん』。実のお兄さんではなく、従兄のお兄ちゃん。イチローの理想像。
亡くなっているから、もう会えない。
そのお兄ちゃんを知っている人が身近にいたなんて。
何で今なんだろう。何で瀬尾だったんだろう。
皆、俺には無いものばかり持っている。
イチローは、手をやんわり解いた。
「一郎くんのことは聞いたことがある。僕と同い年の従弟がいるって」
「秀一さんと有紗さんのことは聞いたことがあるけど、友達のことはあまり話さなかった。俺と会うのは年に二回くらいだったから」
お盆と正月に会うと言っていた。会う機会は少なかったけど、それだけでも『お兄ちゃん』は特別になった。
優に小学二年の夏休みの話をしていたけど、その話だけでも『お兄ちゃん』は凄い人だとわかった。頭が良くて運動もできて優しいお兄ちゃん。頭が良いのを自慢しなくて、誰にでも優しいわけじゃないお兄ちゃん。イチローが尊敬する理由がよくわかった。
瀬尾は、俺が知らない『お兄ちゃん』のことを知っている。
それが怖かった。