6 恋は綺麗なものだと思っていた
「一郎くん!」
「ただいま」を言ってから靴を脱いでいたところで、優がリビングから顔を出した。
兄よりイチローか。まあ、家に来るのは久しぶりだしな。勉強会にはイチローの家の方が都合が良い。俺の家だと、優の勉強も見ないといけない。一年間意識不明で入院していたから、一年生の勉強を飛ばして二年生の勉強をしている。簡単な読み書きや算数は幼稚園で習っていたから問題ないけど、他の教科はさっぱりだ。
友希は3月まで小学生の家庭教師をしていたから、優の相手をしてもらっていた。もちろん、家庭教師の料金は払っている。金の受け取りを遠慮されたけど、優の家庭教師は仕事だ。仕事には報酬が出る。優もすぐに懐いたし、ちょうど良かった。
「ユーキは後から来るからね」
「じゃあ、それまでは一郎くんが教えて」
「俺が教えてやる」
優の背中を押してリビングに入った。母さんはキッチンでお茶の準備をしていた。
優と母さんは、イチローをただの友達だと思っている。昨日関係が変わったけど、表には出さない。まだ、その時じゃない。
母さんからお茶と軽食を受けとり、机に置いた。
「一郎には第一志望に合格してもらわないといけないからな。自分の勉強優先だ」
「はーい。お兄ちゃんも頑張ってね」
優は宿題を広げ、漢字の書き取りを始めた。教えなくて良いものから始めるとは。友希が来るまで大丈夫かも。
イチローは過去問集を出して、黙々と解いていっている。
こういう勉強する環境っていうのは大切だ。みんな一緒、というのがやる気を出させる。目標があるから、それを目指して努力できる。
まずは、一緒にいることで得るものがあると思ってもらおう。
今日の課題を机に広げて、自分の勉強を始めた。
玄関のチャイムの音でハッとした。集中しすぎていた。
イチローは。優は。今どうしている?
優が玄関に走っていくのが見えた。
イチローは、頬杖をついて俺を見ていた。
「すごい集中力」
フッと笑って立ち上がり、玄関の方へ向かっていった。
何だあれ。俺が勉強しているところをいつから見ていたんだ。あんなに穏やかな表情、初めて見た。幼馴染みたちは見たことがあるのかもしれないけど。
やばい。ハマりそうだ。
この気持ちに名前を付けるなら、きっと綺麗なモノじゃない。