5 恋だと信じさせる
「さっき汐里のことを『宮木』って呼んでたな」
「今は『彼女』じゃ変だろ。でも名前で呼ぶのは違うかな、と。だから苗字で呼んでみた」
宮木は呼び方を変えたことについては何も反応しなかったけど。
今までは、『彼女』という三人称で呼んでいた。最初は宮木とは仲良くなるつもりはなかった。クリーガーの戦いに一般人がいてはいけない。彼女が巻き込まれる可能性を消したかった。念のため連絡先は交換したけど、一郎に何かあったときのためのもので、友達のように気軽に連絡する気はなかった。
宮木は、俺については一郎に害がなければ良いと思っているらしい。初めて会った時から、宮木は俺が『一郎が助けられなかった女の子の兄』ということに気付いていた。一郎が協力することを承諾したとき、反対はしなかったけど俺のことを信用してはいなかったはずだ。
一郎は私が守る。そういう目をしていた。
二人の絆は深い。きっとそれはずっと変わらないだろう。
「そういうことか。何かあったのかと思った」
「何かあっただろ。お前と付き合うことになったから、宮木を『彼女』って呼ぶのが変なんだ」
「……じゃあ、俺のことはまた『イチロー』って呼んでほしい」
イチロー。それは前に呼んでいた特別な呼び方だった。
一郎がクリーガーの戦いに協力することになった時、宮木が提案して呼ぶようになった。友希はユーキ、陽介はヨースケ。その呼び方は幼馴染みの間での呼び方だったけど、俺達にも適用された。
その呼び方を、一郎から言われて使わなくなった。
「いいのか? 『一郎』の方が良いって言ったのはお前だから、お前が戻したいならそう呼ぶけど」
「ああ。優ちゃんが『一郎くん』って呼んでくれるようになったから『一郎』にしてもらったけど、『イチロー』は特別だから」
優が原因か。悪くはないけど、どれだけ優を優先しているんだか。優だったら、普通に『イチローくん』って呼ぶだろうけど。
「『イチロー』っていうのは、幼馴染みとクリーガーで知り合った友達だけにしか呼んでほしくない。たとえ優ちゃんでも、呼んでほしくないんだ」
「わかった。じゃあイチロー、今日は俺の家へ来るか?」
深く理由を聞くのは避けた。イチローが特別だと言うのなら、それで良い。優にも呼んでほしくない呼び方。イチローにとって、その呼び方には何があるんだろう。
久しぶりにイチローと呼ぶと、困ったように苦笑いされた。
「ユーキに連絡しておく」
「任せた」
何回か俺の家で勉強会をしているから、場所はわかっているだろう。わからなければイチローに連絡があるだろうし。
優がイチローに会いたいと言ったときに家に呼んでいた。今日は、優には何も言われていない。でも、イチローを自分のテリトリーに置きたかった。イチローの家ではなく、自分の家へ。
付き合っている実感なんてなかった。
だから、じわじわと実感させていくんだ。