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慮る  作者: 樒 七月
4/8

4 それをきっと

圭太視点です。

 初めて会った時、なんて無防備なんだと思った。

 こんな奴がクリーガーとして戦っていけるのかと心配になった。

 でも、そんな心配は不要で。

 彼は強かった。

 俺の妹を助けようとして助けられなかった一郎。一郎は事故のこと、妹のことを忘れていたけど、それで良かった。自分が悪くないのなら、辛いことは忘れてしまえば良い。罪悪感なんて抱かなくて良い。

 一郎は妹のことを忘れていて、俺がその子の兄であることも知らないのに、俺に協力すると言った。協力することは一郎にメリットがないのに、それを理解した上で承諾してくれた。

 多分、この時から特別だった。

 クリーガーの戦いで必要な『人の体液』、俺の場合は『血液』で。

 一郎は血液を提供してくれた。

 同じクリーガーだから、傷がすぐに治る。それでも傷付く痛みは同じだ。それなのに、一郎は迷わず指に針を刺すことで血を出した。

 体育の授業くらいでしか格闘技の経験がなかった俺が4回勝てたのは、一郎のおかげだった。全部、一郎が助けてくれた。一郎がいなければ、意識不明だった妹は元気にならなかった。最悪、3回負けて何かを失っていたかもしれない。

 協力関係は今では友人関係になっているけど。この想いは友情なんかじゃない。

 血の味は、今も覚えている。


 高校3年になってから、受験に向けて忙しくなった。それでも一郎に会うために、家庭教師を申し出た。一緒にいる理由が欲しかった。もちろん、自分の勉強も疎かにしない。ついでに、友希の勉強も見ることにした。友希の方が一郎と一緒にいる時間が多い。最近は週に4回は一郎の家に泊まっているらしい。二人の関係は兄弟みたいなものだと理解しているけど、今は誰よりも近い距離が妬ましかった。

 そんなことを思っている素振りは見せないけど。

 二人とも、理解力が高くて吸収が早いから教え甲斐がある。志望校も国公立大学で、レベルの高いところを設定している。教えることによって復習になるから俺にもメリットはあった。

 そんな中、一郎から家に帰るのが遅くなるというメールが届いた。これで3回目だ。またいつもの理由なんだろうけど。

 一郎の家の前で、参考書を読みながら待つことにした。

 

「また告白、ねえ」

 リビングに通され、ソファに座って待っていると冷たいお茶が出された。こういう気遣いが良いんだよな。

 友希は進路指導で遅れると連絡があったらしい。一郎と二人きりって結構久しぶりだ。大抵は友希か優が一緒にいる。それが嫌なわけじゃないけど、二人きりというのは存外嬉しいものなんだな。

 一郎から帰るのが遅れた理由を聞き、予想が当たっていて思わず口の端が上がった。

「受験中なのに、よくもまあ告白するな」

「受験中だから、恋で悩むをの止めたいって。OKだったら受験を一緒に頑張ろう、駄目だったら諦めよう。そういう理由らしい」

「なるほど。悩むのを止めるためか。だから、この時期か」

 お茶を一気に飲み干し、表情を引き締めた。

 告白することは決めていたけど、いつしようか悩んでいた。受験の間は止めておこうと思っていたけど、受験の間だからこそ悩みごとを無くすというのも有りか。

 断られても諦めるつもりはない。諦めるための告白じゃなくて、告白をする時期を悩むのを止めるためのものだ。

 一郎は、断ったとしても友達は止めないだろうし。受験が終わったら、全力で落としにかかる。一郎に恋人ができる前に。

「俺も決めた。悩むのは止めだ」

「悩むのを止める?」

「お前が好きだ。付き合ってくれ」

「いいよ」

 即答された。まさかOKとは。

 すぐに断るか、返事を待って欲しいと言われると思っていた。

 一郎は本当に分かっているのか? 恋人になるってことなんだぞ?

 まあ良いか。分かっていないのなら、本物に変えてしまえばいい。

 一瞬顔を歪めた後、不敵な笑みに変えた。

「まずは受験を一緒に頑張ろう、だったな」

「そうだな」

 ゆっくりと、外堀を埋めるように。疑問を抱かせないように。

 これが恋なんだと、この感情は恋愛なんだと。

 そう思わせれば良い。

 付き合うことになっても、今は受験の真っ最中だ。俺の学校では課題も大量に出るし、恋人らしいことなんてできないだろう。

 今はそれで良い。


 まずは、一緒に帰ることから始めるか。校門を出たところの道路の向かい側で、参考書を読みながら待つことにした。通り過ぎる女子の声は聞こえない振りで無視だ。この学校指定の鞄、目立つんだよな。

「早速お迎え? 相変わらず行動が早いね」

 顔を上げると、宮木が駆け寄ってきているところだった。後ろから一郎と陽介がついてきている。

 そういえば、いつも幼馴染み三人で帰っているって言っていた。せっかく同じクラスになれたんだから、昔のように一緒に帰ろうということらしい。

「一郎、宮木たちに話したのか」

「うん。二人に隠すことじゃないだろ?」

「……そうだな」

 苦笑が漏れた。本当に、俺のことを何だと思っているんだろう。恋人だと自覚はあるみたいだけど、受け入れすぎだ。

 昨日、遅れてきた友希にも早速報告していたし。友希は「そうなんだ」としか言わなかったけど。友希にとって、一郎は兄のような存在で、俺はただの友達だ。『見返りを求めない愛』を欲しがった友希は、一郎と俺が付き合ったとしても、一郎から受ける愛情が変わらないことがわかっている。

 宮木は、表情を消した。元が可愛いから、真顔には恐怖を感じる。

「圭太、一郎を傷付けて泣かせたら許さないからね。一郎が望まなくても、引き離すから」

「わかってる」

「うん、じゃあ一郎をよろしくね」

 宮木は陽介の腕を掴んで駅の方は向かって行った。

 二人きりにしてくれたのか。確か、宮木にとって一郎は弟みたいなものだったか。放っておけない危うさがあると言っていた。それは家族環境が深く関わっているんだろうけど。

 去年までは一郎は宮木と一緒にいることが多く、クリーガーの戦いで宮木は一郎に『体液』、一郎に必要な『涙』を提供していた。協力関係でも、一郎は俺から『涙』を貰おうとはしなかった。幼馴染みですぐに涙を出せる宮木は適任だったんだろうけど、俺だって涙を出そうと思えば出せる。それなのに、一度も俺を頼ろうとはしなかった。

 今更聞けない。あの時、一郎に俺は必要だったんだろうか。一郎は、俺のことをどう思っていたんだろう。

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