心理戦
しばしの沈黙の中、ずっと黙っていたアザレアが口を開いた。
「師匠」
マーガレットさんは呼ばれた瞬間に僅かに肩を揺らしたが、笑顔でなに?と言った。
アザレアはゆっくりと顔を上げた。その瞳は、強い意志がこもった瞳で。
「美人だったんですね」
そう言った。真顔で。
一瞬でその場の空気が止まった気がした。
そうだった、こいつ、アホだった。
ごん!!と思い切りアザレアをしばいた。
あたしですら美人なんて言われたことないのに!
その時のマーガレットさんがアザレアを見る目は本当に傑作だった。
「いっでえ!何するんだよ!」
「あの雰囲気を返せ!久しぶりに真面目になったあの雰囲気を返せ!!!」
ぎゃああ!!と争っている横で、何かがこちらに飛んできた気配がした。
あたしとアザレアは咄嗟にその方向めがけて剣を振りかざす。
すると、でかい鉄球のようなものが半分に割れてあたし達の横へ落ちた。
それは…。
「嘘でしょ、こんな民家にバズーカ飛ばすアホが居るなんて」
それは紛れも無くバズーカ砲の玉で、飛んできた方向から見ると、マーガレットさんを狙ったのも、誰の仕業なのかも一目瞭然。
「へえ。俺の師匠めがけてか。…良い度胸してるなあ!!!」
アザレアはバズーカ砲の半分を持ち上げ、思い切り飛んできた方へ投げ飛ばすと、近くの森からものすごい爆撃が起きた。
そこから、ぎゃーーー!と2,3人が爆発で打ち上がり、飛んでいった。
その瞬間、今度は四方八方からバズーカ砲が飛んで来る気配があった。
…しまった。この場所を明確に知らせるためのハッタリか!!
ちっと舌打ちをすると、りんごのブローチに触れた。
すると、アザレアが使っていたような大きな大剣が現れた。
理由は簡単。威力がでかすぎて双剣や普通の剣では太刀打ち出来ないからだ。
「アザレア!マーガレットさんを頼んだよ!」
「おい!どこに行くんだよ!?」
「お外~!」
走りながら出て行くと、おい!とアザレアの静止する声が聞こえたが、お構いなしに外へ出る。
…ここであたしは外に出ていなかったら、どんなに良かっただろう、と思う。
その時、思わずあたしは自分の目を疑った…。
今まで苦楽をともにした、インギュアを追放された仲間たちが、光のない目と、蒼白になった肌で、武器を持ってこの家を囲んでいたのだから。
どういうこと……?
空いた口がふさがらなかった。
そんなあたしをあざ笑うかのごとく、いきなり頭上から見慣れた槍が降ってきた。
ギイイイイン!!!!と金属のぶつかり合う音が静寂の森にこだまする。
「…相変わらず突きが重いね、エルバ」
「あなたこそ、あの時死んでいればよかったのに。アイリス」
ギン!とお互いの武器でお互いを弾くと、あたしはゆっくりと問いかけた。
「エルバ。これは、どういうことなの?」
「どうって。見ている通り、あなたの大好きな村の仲間じゃない」
忘れたの?酷いわねえ。と、また悲しそうに笑った。
違う、あたしが聞きたいのはその事じゃない。
その意図を感じ取ったのか、急に笑うのをやめ、あたしに真顔で向き合うと、様子が変とでも言いたげねと言った。
「みんなね、アタシの味方なの。そりゃあ言うことの聞けない人もいたけれど…」
エルバは懐からリンゴを取り出した。
リンゴ…?…まさか!!!
「やっと気づいた?そうよ、あんたが食べさせていたリンゴのおかげでみんなアタシの下僕になったの。みんな、みんなね!!」
あははははと笑うエルバがはるか遠くに感じた。
そういうことだったのか。
いつかあたしが敵対した時のコマとして利用するために、りんごに麻薬を仕込んでいたのか…!
目の前にいる小さなエルフの女の子を見つめる。
その目は死んだように暗く、皮膚は青白い。
そっと女の子に触れようとした瞬間、後ろからぐいっと腕を引かれた。
振り向くと、マーガレットさんが険しい顔をしてこちらを向いていた。
「闇に飲まれてはいけない。あなたは今、どこにいるの?」
その言葉で気づく。
あたしは、闇に吸い込まれそうになっていたのだ。
ぱっと前を向くと、村人たちの姿はどこにもなく、代わりにリンゴが何個も転がっていた。
「マーガレットさん…」
「大丈夫よ。あなたは悪く無い。悪いのはリンゴ。すべてリンゴが悪いのよ」
ギュッと抱きしめられた瞬間、世界が真っ白に変わった。
「アイリス、あなたは悪く無い」
あたしは、悪くない。
そう思った瞬間、武器が粒子化し、ブローチへと戻っていった。
そして、その一部が片目に入っていった。
次に目を開けた時には、すべてが軽くなっていて、アザレアがあたしたちの前へ出て戦っていた。
その相手をするのは、悔しそうな顔をしたエルバだった。
「マーガレットさん、何となくあの言葉の意味がわかったよ」
そういうと、マーガレットさんはそう。と微笑んだ。
「忘れちゃダメだよ」
その言葉に、どれほどの意味が込められているかは、あたしは分からなかった。