アザレアの過去と命
マーガレットさんが、食料を買い出しに行くために家を出たあと、寝室の扉が2回鳴った。
「はい」
「俺だ。入ってもいいか?」
アザレアの声に安心し、どうぞ、というとおずおずとアザレアが部屋に入ってきた。
「どうかしたの?」
そう問いかけると、アザレアはベッドの横においてある木の椅子に腰掛け、その…なんだ。と顔を下へ向け、言葉を濁す。
なにかあったのだろうか。
そう思って言葉を待っているとらアザレアがぱっと顔を上げた。
その顔は真っ赤だった。
「し…」
「…し?」
「し、心配なんだよ!」
そう言うと、かつてあたしがしたようにデコピンをしてきた。
心配って…。
そう言われるとすごく複雑な気持ちになった。
今まで心配なんてされたこともなかったし、怪我をしたとしても涙が出てきたとしても、親代わりのエルバにはいつもこう言われていた。
「怪我したくらいで泣いてたら、隙をみて殺されるかもしれないんだから泣くのをやめなさい!泣いた時点で相手に負けてるのよ!」
それを聞かされて今まで生きながらえてきたし、強くなくちゃいけない、甘えられない。
そう心が勝手に決めていた。
そうじゃないと、あたしは1人で立つことが出来ないから。
だから、暖かい言葉をかけてもらったのが初めてで、どう答えたらいいのか、どういう反応をしたらいいのかがわからなかった。
だけど。
すごく、あったかい気持ちになるんだな。
自然と顔が緩んでいくのが自分でもわかった。
アザレアに向き直ると、ありがとう!と思わず笑顔で言うと、更に顔を赤くし、べ、別に…!とそっぽを向くけれど、その横顔は微笑んでいた気がした。
。。。。
しばらく世間話をしたり、お互いの話をしたりして時間が過ぎた。
話が一段落した時、アザレアがゆっくりと口を開いた。
「1週間も眠っていたから、死んだのかと思った」
「あの、勝手に殺さないで」
「でも!俺の妹みたいに、また助けられなかったのかなって思ったんだよ…」
「妹…?」
どういうこと?そう目で訴えると、アザレアはしまった、と言いたげな顔をした。
やがて、諦めたのか、またゆっくりと話し出した。
「俺は…インギュアを追放されたって言っていただろ。実は、その時に妹と一緒に追放されたんだ」
あまりにも辛そうな顔に、無理に話さなくてもいいんだよというと、いいんだ。聞いて欲しい。と悲しげに笑った。
「あいつはいつも笑顔で周りの奴らにもすごく愛されていたし、俺にもすごくなついてて、可愛い妹だった。だけど…」
アザレアは表情がさらに曇っていった。
「インギュアの奴らに追放された後、いきなり二人の兵士が俺らの前に現れて、妹を連れ去ってしまった」
「な、なんでそんなこと…」
「俺にも未だにわからねぇんだ。なぜあんなことが起きたのか。そして、追いかけた俺が見たのは…!」
ダン!と思い切り近くの机を殴ると、机が氷漬けになっていく。
「殺された妹の姿だった。連れ去られた時、あいつは泣きわめいていたよ。お兄ちゃん、助けてって。だけど、俺は何も出来なかった!俺が、俺が守れなかったせいで!」
その言葉に、どう声をかけていいのかわからなかった。
「その後、俺も滝壺に落とされて死にかけた。そこで師匠に助けられたんだ」
アザレアの頬には涙が伝っていた。
そして、ギリっと拳を握りしめ、こう言った。
「だから、妹を殺した王国を、俺に生きる苦しみを与えてきた王国を絶対に許さねぇ、壊してやると強く誓ったんだ!」
あたしは、気持ちが抑えれなくなって、アザレアを強く抱きしめた。
抱きしめた瞬間、アザレアは一瞬固まったが、力がどんどん抜けていき、声を殺して泣いていた。
あたしはアザレアの背中をさすることしか出来なかったけれど、この話を聞いて、更に王国が許せなくなった。
だけど、ふと何個か疑問に思ったことがあった。
落ち着いたらこの際聞いてみようと思い、しばらく背中をさすっていた。
しばらくすると、悪いとあたしを軽く突き放した。
落ち着いたらしく、顔が少し赤い。
あたしは最初に疑問に思ったことを聞いてみた。
「あのさ、アザレア?話が変わってしまうけれど、あたし達が初めて交戦した時にさ、あたしのことをインギュアのお姫様って言ったよね。なんであんな事言ったの?」
そう言うとアザレアは、えっ!と思い切り顔を上げた。
え、何そのリアクション。
何か知ってるの?
思わず背に冷や汗がにじみ出る。
が、アザレアが言った言葉は予想を裏切るような言葉だった。
「お前、インギュア王国の今を知らねぇの?」
反逆団だったんだろ?と問いかけられて押し黙ってしまう。
そういえば稽古とリンゴ集めばかりしていたから情報収集があまり出来てなかった。
そのことを伝えると、思い切りため息をつかれた。
「お前って大事なところで抜けてるのな」
「う、うるさいな!早く教えてくれない?!」
そういうと、アザレアはクスリと笑い、語り出した。