生還
「リス…!アイリス!!!」
誰かに呼ばれた気がして、重いまぶたを開くと、目の前に今にも泣き出しそうなアザレアの顔があった。
その後、柔らかな石鹸の匂いが鼻をかすめた。
どうやら、あたしは抱きしめられているらしい。
最初にあった時はフードをかぶっていて、その下は鎧を交えたような服を着ていたが、今はTシャツにズボンといったラフな格好なため、アザレアの暖かい体温が伝わってくる。
生きてたんだ、よかった。
だが、思い出すのは敵となったあの2人。頬に涙が伝う感覚がしたが、それを紛らわすかのようにアザレアを強く抱き締め返し、肩口に顔を埋めた。
。。。
気持ちが落ち着くと、妙に気恥ずかしくなり、手を離し、顔を逸らす。
ちらりと見たアザレアの顔もまた、少し赤かった。
照れ隠しに改めて辺りを見渡し、疑問を口にした。
「ねえ。ここどこ?」
あたし達がいる場所は、アジトではなく、木製の綺麗なな家の中だった。
あれからどうなったのか全くわからない。
そして、重症だったはずの傷も、もう癒えていた。
アザレアはなにか言いたそうだが言えないと言った様子で、あーだのうーんだの言っている。
思わず眉間に皺を寄せながら返事を待っていると、ドアが開く音がして、おや?起きたのかい?と老婆の声がした。
「あ。師匠!さっき気がついたみたいで。…アイリス。まずは紹介する。俺の師匠のマーガレットさんだ」
「よろしくね」と、マーガレットさんは前に出てきてニコリと笑った。
「マーガレットじゃ。この度はアザレアがお世話になったらしいのう」
ありがとう、と礼をしてくれたので、いえいえ!こちらこそ!と笑って返すと、笑い返してくれた。
アザレアの話によると、あれから気を失ったあたしをみて、急いで駆けつけてくれたらしいのだけれど、さすがにエルバとグレアのおっさん相手に一人で戦うのはきつかったらしく、負けを覚悟した時に、マーガレットさんがその場に現れてあたしたちを担ぐと魔法でここまでやってきたとのことだった。
…マーガレットさんすごいな、あたしたち二人を持ち上げれるなんて。
力持ちなんだなぁと思いながらまだ覚醒していない頭を回転させると、一番気になることを思いついた。
「あの。それはいつの話ですか?あたし、何日眠っていました?」
すると、彼女はうーーんと数回唸ると、そんなもん忘れてしもうたわい!とにっこり笑った。
いやいやいや。まてまて。適当すぎる。
アザレアに助けを求めると思い切りため息をつかれた。
「師匠!覚えておいてくださいよ!今日でちょうど1週間でしょう!」
「おー…。もうそんなに経つのかい。道理で忘れてしまうわけじゃ」
「いやいや、そういう問題ではなく」
そのあともあーだこーだ漫才を繰り広げる2人。
それを真顔で傍観するあたし。
一週間…。
一週間も眠り続けていたのか、あたしは。
無意識に冷や汗が背中を伝う。
あたしは、まだやるべきことがあるのに。
それでも、談笑しているアザレアとマーガレットさんを見て、ゆっくりとその感情が収まって行くのを感じた。
…この人達が助けてくれたのだ。
改めて助かってよかったなと思った。
その後は食事を作ってもらい、ご飯をお腹いっぱい食べさせてくれたり、包帯を変えてくれたりと、かなり効率よく物事を勧めてくれるマーガレットさんを見て、アザレアも小さい時とかによく世話を焼かれていたのかなと思ったり。
ひと段落つき。寝転びながらその姿を見ていると、アザレアがあたしにブローチを届けてくれた。
「悪いが、こいつの中身を少し見させてもらった。あいつらのことだ。どうせろくなもんがついてないんだろうと思ったんだ」
勝手にすまねぇな。と眉を下げる彼に、気にしなくていいよと笑った。
すると、すこしだけ表情が柔らかくなった。
「で?なにか入ってたの?」
そう聞くと、アザレアは全く躊躇せずに一つの袋をあたしに渡した。
「中身はマイクロ型の核爆弾だ。いつなんどき爆発するかわからねぇもんだから、除去させてもらった」
袋を開けると、確かにカプセル式の薬みたいな大きさの爆弾が2つ丁寧にケースに入れられていた。
これを見ると、さっきの夢がいかに現実味を帯びた夢かを痛感した。
あれは嘘じゃない、本当だったんだな…。
認めたくなかったし、信じたくもなかった。
まさか自分が元々お姫様で命を狙われているだなんて誰が想像するだろう。
この事は誰にも話さないでおこう。
そう心に決めた。
表情が優れなくなったあたしを見てか、アザレアが大丈夫か?と声をかけてくれた。
なんか気を使わせてしまって申し訳なく感じ、大丈夫だよ、と笑顔で返した。
それをとても悲しそうな目であたしたちをマーガレットさんが見ていた。
登場人物紹介
〇マーガレット
アザレアの師匠のお婆ちゃん。
大魔神というすごい魔法使いさんで、いろんな世界を行き来することが出来る。
また、姿形まで変えることも出来るので、その魔法を使った時はいつもみんなから怒られている。
胃腸が弱く、ストレスを感じると寝込んでしまうらしい。