足元の闇
俺たちは守護られている。
唐突に、
ふと唐突に、目の前でサラリーマン風の男が語りだす。時刻は午後11時を回って、最終電車がつい先ほど僕を本駒込の駅に下ろして通り過ぎていったころのことで、地下鉄の構内に遠ざかっていくレールの残響がしばらく続いていた。
「見ろよ」
男の視線に釣られて、僕は強化ガラスの先に隔てられた坑道を覗き込んでしまう。駅の明かりに照らされてはいるのはほんの手前までで、奥は想像したこともないくらいに昏い。ごきゅり、と無意識に唾を飲む。
「俺たちは鐵に守られている。……この先の闇を覗いたことがあるか?」
男は僕に向かって、そう小さく絶叫して不意にがくりと肩から脱力し、湾曲した背中でさきほどの独り言を全て荒唐無稽だと笑いながらエスカレーターに運ばれていった。
しばらく鼓動が収まらなかった。何度も浅い呼吸を繰り返した。ツイッターを見直して、ようやく歩き出そうとしたエスカレーターの、
足音。
通勤ラッシュにも聞けないような激しい疾走音に、茫然と僕の脚は立ち尽くす。足音はもうはっきりと分かるほど、間違いなく僕に近づいてきている。
逃げよう。そう思って
目の前にあの男の顔があった。耳から耳をつなぐようにぱっくりと裂けた笑みを浮かべ、何も眼中にないかのように僕の鼻先を走り抜けていった。どこへ行くのだろう?などという疑問が湧くはずもない。
その答えは僕の目の前でもう明らかにされようとしていた
男は走る。背広もシャツも脱ぎ捨て、革靴を踏みつける。
そうして彼は、最後にブレーキ音のような笑い声を上げながら、強化ガラスの向こうへと飛翔した。
電車って鬼みたいだと思うのは僕だけでしょうか?鐵と雷の産物、こう書くとほら、もうなんだか鬼っぽい