負け犬になった日
「悪いねリリア。君の顔は嫌いじゃないんだが、女性なら料理くらいできて当然だと思うよ? そもそも、君には女性らしさが足りなすぎる。服装だってそうさ。君の家柄を考えて、お金がないはずもないだろう? 身なりには気を配ることをおすすめするよ。 まぁ、君の性格を考慮すると、着飾った所で男性と長続きするかは疑問ではあるがね。そういう訳で、君との付き合いはありえない。他を当たってくれたまえ……」
じゃっ! と右手を掲げて、その男は颯爽と去って行った。
その一種清々しいととすら言える暴言の数々に、私は当然の如くショックを受けていた。
どれくらいかというと、ショックすぎて前世の記憶を思い出したくらいだ。
「…………」
彼の背中を私は眺め続ける。
涙すら出てこない。
頭が動いていない証拠だった。
頭の代わりに動いたのは、口だ。
「ふ、ふざけんなああああああっ!!」
彼の背中に向かって、そう叫んだ。
彼の事は本気で好きだった。
こうして前世の記憶が戻り、彼が以前の私にとっては物語の中の存在だとしても、私は変わらず彼を好きだった。
私の叫びに、彼は一度後ろを振り返り「はっはっはっ!」と偉そうな笑いを零しながら、再び遠ざかる。
彼――――ベルディーは私の婚約者だった。
でも、それは所詮は親の決めたもの。
彼と結ばれる日を五歳の頃から夢見ていた私と違い、彼は私の事など歯牙にもかけていなかった。
女性などに興味ないと言わんばかりに彼に、私はどこか安心していた。
時間をかければ、彼とまだ結ばれる日が来るんじゃないかと、夢想していた。
だけど、そうして時間をかけている間に、彼は愛する人を見つけてしまった。
それも、私と同じ学園に通い、クラスメートで、特待生ということで学費を免除されているごく平凡な家柄の少女だ。
この世界――――『負け犬恋愛』のヒロインだ。
勉強以外に何のとりえもなく、飛びぬけた美少女というわけでもない地味な女。
だけど、その女は私が恋い焦がれたものをあっさりと奪い去っていってしまった。
そうして、私が生まれた。
本編には何ら影響しないはずの私。
婚約者に捨てられ、泣き寝入りする運命だったはずの私。
もう一人の負け犬。
「……許せない……私は、絶対に認めないからっ!」
私は、唇を噛みしめ、そう誓った。