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新田君の話題は、拾った子猫一色になった。名前は黒助に決まったらしく、昼食のときも部活の合間にも学校帰りにも黒助のことばかり言っている。黒助は、日に日に元気になっているようだ。健康を取り戻してからは結構やんちゃで、動物病院でも爪を立ててばかりいたらしい。
「豆太たちが嫉妬して大変だよ」
猫たちは、新しい子猫に不満のようだ。新田君はそれでも何だか嬉しそうに笑っている。猫に愛されていることに満足しているのだ。
新田君の席で一緒にお弁当を食べていると、黒助の話をしていた新田君は話を途切れさせた。新田君の視線を追って顔を上げると、宮野さんが立っていた。うちのクラスでも一番かわいい女の子だ。細くて白くて顔もきれいで、部活で日焼けしたわたしとは大違いに繊細な容姿をしている。
「新田、ちょっといいかな」
宮野さんは緊張気味に言った。新田君はうなずき、呼ばれるままに彼女について廊下に出ていった。そのままどこかに行き、わたしは一人ぼっちになった。そこに香澄が大慌てでやってくる。
「ヤバくない?」
「何が?」
「宮野さん、告白するつもりだよ」
「まさか」
わたしは力なく否定した。本当は、わたしもそんな予感がしていた。
「宮野さん、新田と割と仲いいじゃん。くっついちゃうかも」
「そうかな」
「ミーナ、急げ!」
わたしは香澄を見た。香澄の手は、またこぶしを作っていた。わたしもこういう力強い女の子になりたかった。勢い余って告白するくらい、元気な女の子に。
「うん……」
わたしの弱々しい答えに、香澄はがっくりと頭を垂れた。そこに宮野さんと新田君が帰ってきて、教室の空気は微妙なものになった。何だか、わたしには二人が少し親密に見えた。少なくとも宮野さんは満足げに顔を紅潮させている。
香澄と入れ替わりに、新田君が席に戻ってきた。わたしは上目遣いに彼を見た。
「何だった?」
彼は唇を真っ直ぐにして、
「ん、何でもない」
と笑った。わたしは焦りが背中を走ったのを感じた。新田君は、告白されたのかもしれない。そして、受け入れてしまうのかもしれない。ちょっと泣きそうだった。
*
「ミーナ、一緒に帰ろう」
部活終わりに、新田君はわたしに声をかけた。今日は途中から雨が降り出して、部活は中止になってしまっていた。わたしと新田君は傘を差して歩きだした。会話が途絶えがちだった。新田君は考えごとをしているようだった。バス停に着き、わたしたちは濡れたベンチには座らず立って話をしていた。時々会話を忘れたようになる新田君に、わたしは思わず訊いてしまった。
「宮野さんに、告白された?」
新田君はびっくりしたようにわたしを見た。それから、うなずいた。
「そうだよ」
「新田君、どうするの?」
彼は困ったようにわたしを見て、
「ミーナに言うことでもないよ」
とつぶやいた。わたしはかあっと顔が熱くなって、そうだね、と答えた。新田君が気がかりそうにわたしを見る。
「わたしには関係ないよね」
「ミーナ」
「いいよ。もういい」
わたしは黙り込んでしまった。バスが来て、わたしと新田君は傘を畳んで乗り込んだ。新田君が定位置である後ろから二番目の席に座ったのに、わたしは隣に座らなかった。新田君は困惑している。そのまま離れた状態でバスに揺られ、わたしたちはそれぞれのバス停で降りた。新田君がいなくなったバスから降りた途端、わたしは激しく泣きじゃくり始めた。
新田君は、わたしの恋人ではない。わかっているのに寂しくて、涙がとまらなかった。道行く人がわたしを見ているのがわかったが、構わず泣いた。家に着くまで、わたしはそうしていた。