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ミーナの恋  作者: 酒田青
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 新田君はわたしの親友である。わたしはいつも新田君と一緒だ。同じ部活に入っているし、昼食は必ず同じ机で食べている。

 新田君は美しい顔をしている。大きな切れ長の目と、通った鼻筋、への字に見えるけれどギリシャ彫刻のそれのようなはっきりした唇をしている。ただ、それを損なっているのは短すぎる髪の毛で、ほとんど丸坊主だ。部活が部活だから仕方がないけれど。彼は野球部なのだ。ちなみに、わたしはマネージャー。

 新田君は優しい。わたしが赤点を取って落ち込んでいると頭を撫でて慰めてくれるし、「ミーナは勉強ができなくてもいいところがたくさんあるよ」と言ってくれる。のろまでぼんやりしたわたしを急かしたり叱ったりしないし、マネージャーの仕事を手伝ってくれることもある。

 新田君は猫が大好きである。野良猫を見つけるとしゃがみ込み、いつもより少し高い声で適当な名前を呼び、チチチと舌を鳴らし、結局は無視されるのが日常だ。家には三匹の猫がいて、どれも新田君が拾ってきたらしい。

 新田君は恋人がいない。どんなにかわいい子に好かれていても、興味がない、とばっさりと切り捨ててしまうのだ。新田君に恋人ができたら、どんなにきれいで賢くて素敵な人になるのだろう、と思う。新田君ならそういう恋人ができてもおかしくはないからだ。

 新田君は今日も空を眺めている。静まり返った授業中の教室の窓際で、水色の空をじっと見ているのだ。わたしはそんな新田君の横顔を、静かに息を詰めて観察していた。


     *


「ミーナ、一緒に教室行こうか」

 部室の施錠を済ませたわたしの後ろで、新田君の声がした。わたしは振り向き、新田君の日焼けした顔をまぶしいような思いで見る。新田君は控えめに笑っていた。着替えを済ませた新田君には部活をしていた気配がほとんどないが、汗の匂いだけはその名残を示していた。他の野球部の部員はもうほとんどいなくて、わたしと同じくマネージャーの先輩も、風邪を引いたということで休んでいた。

「うん。鍵を返しに職員室行くから、ついてきてもらっていい?」

 わたしが訊くと、新田君はうなずいた。二人でグラウンドから校舎に向かって歩き出す。朝の光はわたしたちを明るく照らしていた。

「今日も球拾いとキャッチボールしかできなかったよ」

 新田君は不満そうに言った。新田君は一年生なのでまだ本格的な練習ができていなかった。まだ夏が始まったばかりだ。つまりは入部して間もないということ。野球部は大所帯なので、レギュラーでもない一年生の練習は後回しになってしまう。

「中学時代は副キャプテンとかやってたのになあ」

「また最初からやり直しなんて、嫌だね」

「二年になるころにはこういうの、卒業したいよ」

 新田君は中肉中背だけれど、わたしも女子の中では中くらいの身長なので、彼と話すときは顔を上げなければならない。新田君は坊主頭をさっと撫でて、梅雨の合間の暑苦しい太陽を見上げた。わたしもそうする。

「今日、晴れてよかったね。梅雨は練習できないかと思ったら、意外に晴れてる」

「そうだな」

「新田君って、野球選手になりたいの?」

 わたしが彼の顔を覗き込むと、彼は整った顔を歪めてぶはっと笑った。

「この学校に入った時点でわかるだろ。おれは勉強するためにこの学校入ったの。でも、野球をやれる限りやりたいから、レギュラーにはなりたい」

「そうなんだ」

 わたしが考え込むと、新田君は心配そうな顔でわたしの顔を覗いた。

「がっかりした?」

「え?」

「勉強やるついでに野球してるみたいに思ったかなあって」

「そんなことないよ」

 わたしは笑う。

「何でも一生懸命な新田君と違って、わたしは何にも夢中になれることがないなあって思っただけ」

 校舎の昇降口で靴を脱ぎながら話す。新田君は複雑な顔で同じことをする。

「夢中にか。おれはそこまで真面目に考えてないし、命がけで将来のためにやってるわけじゃないから、そこまですごいってわけじゃないよ」

 廊下に上がると、突き当たりの職員室に向かいながら新田君は言った。それからわたしの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「大丈夫。ミーナにもやりたいことは見つかるよ」

 新田君は笑った。お日様みたいに。わたしは何だか切ない気持ちになって、声を出そうとしたらかすれてしまった。

「ありがとう。そうなるといいな」


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