二
朝起きると更にポイントが160に上がり、日間その他ランキングで二位になっていた。日間総合ランキングでも六十五位だ。
しかも、『レビューが書かれました』という赤字があった。
なるほど。こういうシステムなんだな。
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『これは名作に違いない』投稿者:人の左に古い田んぼ
この作品、この作者に底知れない可能性を感じます。
軽快で読みやすい文章、ユニークでユーモアの効いた会話。名作の予感だ。絶対に読んで損はしないと私の深層心理が訴えてます。
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これは佐古田だな。凡人らしいくだらないペンネームだ。
アクセス解析を覗いてみると、昨日と今日のトータルのPVで500を超えていた。
「アハハッ!」
この人生で最高の朝かもしれない。
自分が教室に入った瞬間、教室の雰囲気がガラッと変わる。そんな経験がある人間はおそらく少ないだろうが、俺にとっては日常茶飯事だ。
今日も教室に入った瞬間それを感じた。
偉人と呼ばれる者は歩くだけでその周囲の注目を集め、空気を変えてしまうという。それがこの教室で起きているのだ。気持ちがよくならないわけがない。注目されるということは人間最大の欲望のひとつなのだ。
俺はいつも授業が始まる五分前くらいに来る。それには二つの理由があり、ひとつはその空気の変化を楽しみたいから。もうひとつは偉い人間というのはいつも遅れて来るからだ。
「よう」
俺は他の連中と話している佐古田に声をかける。「レビューお前だろ」
「ああ、さすがに分かったか」
「当然だろ」
他の連中も「読んだぜ」とヘラヘラ笑っている。そのヘラヘラが続きを読みたくてたまらないという意味なのは、猿が見ても明らかだろう。
「今夜もう一話上げるよ」
お前らの欲求を満たしてやろう。
二十八人。それは今の評価人数だ。学校に行く前より増えている。
まだ評価していないやつもたくさんいるようだが、それでいい。持続してランキングに載ることが大事なのだから。
部活での告知はまだいいだろうと思い、俺は開けたくてたまらない口を我慢して閉じたまま家に帰ってきた。
さあ、次話の投稿だ。それが終わったら未完小説の続きを書こう。あと一か月もあれば書き終えることができるはずだ。
投稿すると、また評価点が伸びた。300ポイントを超えたのだ。
まるで、農民どもが汗水掻いて作った農作物を、俺のために献上している。そんな愉快な光景を見下しているようだった。
そうだ、ランキングをチェックしよう、と思い立って覗いてみると、ジャンル別で一位になっていた。
「よしっ」
にやけが止まらなかった。今ここで一位を取っていることではなく、自分の計画がうまく行き過ぎていることに。
そのついでに俺は活動報告も書いた。ここでは誠意を払いながら謙虚に書くのがベストだろう。
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『大好評』
日間ジャンル別ランキング一位です! ありがとうございます!
これからも応援よろしくお願いします。
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新着活動報告一覧をチェックしているユーザも少なからずいるらしい。つまり、こういうところから読者を呼びこむことも少なからずできるのだ。
その数は決して多くないだろうが、その人が評価なりお気に入り登録なりをすれば宣伝効果としては十分だと思われる。
その後はしばらく小説を執筆していた。そのついでに明日の授業の予習を少しだけやって風呂に入った。足を伸ばすこともできない窮屈な風呂も、この時だけは温水プールを独占しているみたいに快適だった。
風呂から上がり、PCをチェックすると感想が来ていた。
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投稿者:人の左に古い田んぼ
一言:
あなた、面白すぎますよ。
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よく分からない感想だな。
でも、誉め言葉なのは間違いない。返事はいらないだろう。
その時、ふと思った。凡人どもはどんな活動報告を書いているのだろう、と。
活動報告に何を書くかは人それぞれだということは既に調査済みだ。俺は別に内容を知りたいんじゃない。俺のような天才と同時刻につまらないことを書いているやつらを見下してやろう、と思っているのだ。
新着活動報告一覧を見てみると、くだらないユーザ名の凡人がくだらないことばかりを書いていた。逆説的に俺が素晴らしいということが沸々と伝わってくる。
しばらく見てみると、ひとつの記事に目が止まった。
『【拡散希望】ふざけたやつがいるぜ! みんなで干しちまおう!』
なんだこれ。
俺はそのタイトルをクリックする。
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【拡散希望】ふざけたやつがいるぜ! みんなで干しちまおう!
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日間その他ランキングを見てください。一位のやつに注目。まだ三話(五千文字)しか上げてないのに一日で300ポイントも評価されてるぞ。しかもレビューまでされている。そのレビューしているやつもその作品しかお気に入りと評価してない。これはどう考えてもグルだろうな。多分他にもお気に入り入れているやつはみんなグルだろう。
こういうポイントを水増しする仲間がひとりやふたりならまだマシだが、こいつには三十人くらいいます。しかも、多分こいつの仲間はこいつにポイント入れる以外何もしてなさそうです。少なくともレビューしてるやつは間違いなくそう。
これってどう? よくないよな。
これを見ているみんな! こいつが許せるか? 俺には許せない。
俺と同感の人はこれを拡散してほしい。タイトルに【拡散希望】って付けて。
そして、みんなで干してやりましょう! 徹底的に無視だ! 運営に知らせる必要もありません。徹底的に無視しましょう!
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「なんだよ、これ」
ここに書いてるの、俺のことだよな。
しかもこの記事を作ったのは人気ユーザらしく、コメントもたくさん来ていた。
『僕も許せません! 自分の活動報告にも書いて拡散させていただきます!』
『こんなのがいるから面倒なルールが増えるんだろうな。もちろん、俺も拡散させてもらいますよ』
『今その作品読んできたんですが、クソつまらなかったです。文章も安っぽい。こんなのがそんなにたくさんのポイントを貰えるはずがない。私も活動報告で問題提起してみます。私は逆お気に入りユーザが百人くらいいるのでかなり拡散させられるかと』
ふざけるな……!
なんだよこれ……!
俺の作品の素晴らしさがこいつらには伝わっていないのか? クソつまらないだと? 途中から面白くなる話なんていくらでもあるだろうが!
凡人が! カスが!
活動報告一覧にみるみる【拡散希望】の文字が現れてきた。
『活動報告で「大好評」とかほざいてるぜ。身内票だろうが。同じ霊長類として恥ずかしいよ』
「ふざ、けるな……!」
俺の作品の素晴らしさが分からないから、お前らはいつまで経っても素人なんだよ! くだらない駄作しか書けないんだよ! 見習うべきはこんな記事を書くやつじゃなくて俺だろ! 同じ霊長類として恥ずかしい? そっくりそのまま返してやる!
「クソッ……!」
少し、ミスったかもしれない。いや、ミスったな。反感を買い過ぎた。ポイントはもっとなだらかに増やさないといけない。
ふっ、と口元が緩くなった。ここで学習するのが天才と凡人の違いだ。
俺はすぐに退会し、今度はスマートフォンのアドレスで入会した。その際、名前も変えておく。
作品のタイトル、登場人物の名前、文章も最初の三話だけ修正しないとな。
見てろよ、お前ら。天才は一度こけることで更に成長するんだよ。