第72話 里帰り - 午後の部、予想外と遭遇編
架空の方言にご注意を。
ミリアとの約束……と言って良いんだかは微妙な気がするが、とにかく突発膝枕イベントを終わらせた俺たちは昼食の知らせより先に部屋から出た。
俺は気づいてなかたものの、なにやら無自覚にまた婚約者を増やしていたらしいしソフィに話をしない訳にもいかないだろうと思ったからだ。
……そこでなんで婚約者最年少のソフィにそんなこと相談しにいくんだろうという疑問を見つけた訳だが…………まあ、ソフィだしな。
で、相談した当のソフィの返答はというと……、
「見てから決める」
だそうな。
一体何を決めるというのか。
というかソフィが決めないといけないようなことってあるんだろうか。
まあそれを言うならそもそもソフィに相談しないといけないことってあっただろうかなんて思わなくもない訳だが。
ただ、俺の口からはなぜだかこんな言葉が漏れた。
「その……すまん。先に相談できてれば良かったんだけどさ……」
そんな俺の言葉に眉を細めるソフィ。
そりゃそうだ。
何の相談するつもりなんだよ、俺。
対するソフィの返答はこんな感じである。
「別に、良い。どうせもっと増える。増やすのは好きにすれば良い」
いやいろいろとちょっと待とうぜと思わなくもない返答なんだが、かと言って何一つとして言い返せる要素もなく思わずもう一度謝ってしまったというのはどうでも良い話だろうか。
そんなこんなでソフィからの許しを得た後。
クローディアとサーシャを隣に侍らせて、膝の上にエミリーを置いての昼食を終えて現在。
……いつの間にか凄いことになっていた俺の椅子に座りながら食後のティータイム中である。
どう凄いことになってるかって、まず幅が三倍以上になっていた。
座席には三つのくぼみがある。
真ん中に俺、左右に婚約者が座る感じなんだろうか。
そんな三つのへこみに合わせて肘掛が計4つ。
俺が座る位置からすると肘が置けない位置にある辺り肘置きというより物を置く小さなテーブルみたいになってしまっている。
そんな感じの椅子で、左右の席との区切りはない。
今現在サーシャとクローディアは俺にもたれかかるように横すわりみたいな感じで座っていて、見た感じ結構な余裕があるのかかなりゆったりとできる様子だ。
俺が座ってる部分にしても、膝の上に一人ずつ置いて、で、脚の間にもう一人座らせても余裕がありそうな感じだった。
実際膝の上にエミリーを乗せてる訳だが、丁度その左右に一人分ずつくらいのスペースがある。
デカい。
そんな見た目の椅子に座っているとよくわかるが、肘掛っぽいものはもう肘掛として機能させる気は欠片もなさそうだ。
こう、左右からもたれかかって来た相手がその上に置いた物を取り扱いやすそうな位置にあるといえば良いだろうか。
言ってみれば、第二のテーブルと言ってしまって差し支えないような使い方がしやすそうというか。
あれだ、修学旅行とかで乗ったことがある飛行機だとか観光バスの座席についていた折りたたみ式のテーブルに似た空気を感じる。
あれを極限まで使いやすくするとこうなるのかもしれない、という感じで配置されていると思ってもらえば良いだろうか。
位置的に俺が使うテーブルというよりは、左右に座ってる相手か、膝の上に座る相手のためのテーブルっぽいと感じだ。
背もたれは背もたれで、両腕を左右に伸ばせば丁度肘が置きやすい高さになっていた。
いや、それぞれ座るところの後ろには車のシートのあの頭の部分な感じのはあるんだけど、それ以外の部分が若干低めになっているというかなんというか。
なんというか、椅子というよりむしろソファだとかそっちの方が近い作りなんじゃないだろうかとか思わなくもない物に変貌していた。
変貌ってか、交換されてたんだろうけどさ。
もう少し全体の高さが低ければソファと呼んでいたと思う。
この高さだと多分、車の最後部の座席をイメージするのが一番近いんだろうか、そんな感じ。
で、こんな突拍子もない物を作るのは間違いなくロロだろう。
当のロロは俺たちの様子を見て一つ頷いてからまた工房に籠りに行ったっぽいけども。
閑話休題。
なんで俺はこんな調子に乗ったホストだとかもしかするとどこかのマフィアの若頭みたいな感じで昼飯を食ってたんだろうかなんてことは考えないことにして、とりあえず口を開いた。
「昼からは三人の両親に挨拶に行こうと思ってんだけど、どうかな?」
「……三人って、私たちのか……?」
一瞬きょとんとしてから、そんなとぼけたことを言うクローディアのほっぺを指先でつつく。
「他に誰がいるよ。他に身元しっかりしてるのって元王族の連中くらいだろ。そっちは国公認だし今更だし、出身地を覚えてる奴隷のヤツらだって親とは死に別れだとか売られただとか結構ヘビーな感じで挨拶する相手もいないみたいだし」
あの奴隷商に挨拶したいって言ってたヤツらはいたけど、この前レオーナを買った時には別に結婚までしなくても……って感じだったしな。
元奴隷の婚約者たちには俺から挨拶しておいた、とは言っておいたけど。
……なんというか、当然だと思って始めたことだけど、これを当然だと思えるのって本当はすごく恵まれてることなんだってことに初めて気づいた。
この世界では命が軽い。
いや、安い、と言った方が良いかもしれない。
今まで行った町ではそうでもなかったけど、この世界じゃ少し僻地にある街に行けばそれなりの規模のスラムがある。
デカいスラムじゃ、コイン一枚のために命のやり取りが起こることも珍しくないらしい。
それも紅金貨や白金貨みたいな大金のためじゃなくて、銅貨や銀貨みたいな、前の世界で言えば日雇いのバイトでも数枚、上手く行けば数十枚は稼げるだろう金のために。
コイン一枚で平気で子供を売る親だっているし、その逆だっている世界なんだ。
そんな世界で生き残るためなら、血の繋がりだって平気で捨てるヤツらもいくらでもいる。
実際、口減しだとか生きて行く金のために売られた奴隷だって俺の婚約者の中にも何人もいた。
それを聞いて、そういうのを気にする余裕があるってだけでも随分と恵まれてるんだってことが嫌でも実感できた。
つっても、そうでもなけりゃ俺みたいに人を含めて生き物を殺しまくったヤツが『英雄』だなんて持て囃されたりすることもないんだろうけど。
っと、閑話休題。
自虐に入りそうになった思考を捨てて、三人に順番に目を向ける。
「まあそんな訳だからさ、とりあえずクローディアに道案内を頼みたいんだけど、良いか?」
「……道案内くらいなら請け負うが……」
「ああ、助かるよ」
クローディアから了承をもらい、即座に礼を言っておく。
「サーシャとエミリーには準備を頼みたいんだ。任せて良いか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「ん」
「それじゃ、頼んだ」
そんな感じで午後からの予定を軽く確かめて、とりあえず食後の茶を飲まされたりしながら少しばかりのんびりと過ごした。
◇ ◇ ◇
クローディアたちの故郷、レーシュ共和国までは特に何事もなく到着した。
あえて言うなら初めの一時間くらいの間はクローディアに空の走り方を教えてたってくらいだ。
まあ、十分もすれば一人で走れるようになってたけど。
そのあとは慣れるまで並走して、そのあとは俺が抱きかかえて一気に移動した。
所要時間は二時間弱ってところだろうか。
クローディアは俺が全力で走っても大丈夫だったってのがデカい。
軽く音速の三倍近くを出してた訳だが、「速いな……」の一言で済ませてしまう辺り『英雄』って存在がいろんな意味で身近なクローディアならでは、というかなんというか。
閑話休題。
そんなこんなで転移でサーシャとエミリーを拾ってきて現在、俺たちは改めて三人の故郷に向けてのんびりと森の中を歩いていた。
のんびりと、特にこれといった警戒もせずに。
いや、一応周囲の気配くらいは探ってる訳だが、生き物の気配こそすれ魔物の気配が一切感じられなかった。
なんとも珍しい森だと思う。
普通これくらいの深さの森だとむしろ普通の動物の方を見かけない気がするんだけども。
「なんというか、えらく穏やかな森だな」
と、辺りを見回しながら言ってみる。
透視の魔眼とか使ってみると、わりと遠くから俺たちを警戒してる狼だとか豹だとか、鹿にリスにネズミに鳥にと結構な数の動物がいることがわかる。
あ、熊と猪もいる。
なんというか、日本の猟師鍋を一通りコンプリートできそうな感じだ。
なんて考えているところにクローディアの言葉が返ってきた。
「なぜかこの辺りには昔から魔物がいつかないらしい。そうでもなければこんな場所に村は作れなかっただろうな」
「そりゃそうか。にしても、何が原因なのかねぇ」
そんな言葉を交わしながら歩き続けていると、次第に地面が踏み固められたそれに変わっていくのが分かった。
獣道というよりは、人が踏み分けた道だ。
ところどころに邪魔だから切られたらしき木の枝なんかも見え始める。
「この辺りには薬草が自生してるんですよ」
と、サーシャ。
その言葉を聞いて『鑑定眼』で辺りを見回してみる。
「へぇ、薬草ね。お、ほんとだ」
木々の間に生えている草の中にいくらか薬草が紛れているのが見て取れた。
が、思った程多くもなさそうだ。
多分、この辺りの草の二割に満たないくらいだろうか。
「あまり生い茂っていると薬効が薄くなるんですよ。だから、毎日間引いて薬にしているんです。それと、一緒に生えているのは虫除けの草ですね。放っておくと虫にやられてしまうので」
「ああ、そういうことか」
僅かな疑問が氷解するのを感じつつ、目を前に向けた。
人の気配が濃くなってきたな、なんてことを考える間もなく、進む先の森が拓けていることを感じ取ったからだ。
「そろそろだ」
「みたいだな」
クローディアの言葉に頷きを返して歩くこと数分、森が拓け、どこかのどかな雰囲気のある山村へとたどり着いた。
「……へぇ」
と、思わず口から言葉が漏れた。
森から出た場所は丁度村の上の方に位置していたらしいく、その全貌が一目て見て取れる。
今俺たちがいる場所、村の北東と北西には二つの山があった。
北東の山からは一瀑の滝が流れている。
その滝壺から流れる川が分かつように東西の山の斜面に建ち並ぶ家々は石造りだ。
そして、その滝壺に揺蕩う水を引いた水路が家々の上を通り、別れ、最後には川へと流れ落ちていた。
どこか青く輝くように見える空気の中、あちらこちらへと走る水路と家々の情景は僅かに幻想的で、そしてそれよりも生活に密に結びついていることがなんとなく感じられる。
なかなかに絶景である。
あまり建物や街並みを綺麗だと思ったことはなかったけど、この村の風景は綺麗だと素直に思えた。
「どうだ?」
「……うん、良い村だな。今度他の婚約者たちも連れて来たいくらいだ」
この村の風景は、一目見るだけの価値があるだろう。
そう強く確信した。
「気に入ってもらえたようでなによりだ。……しばらく、村を眺めているか?」
「……それも良いけど、今日は先に挨拶に行こう。屋敷で待ってるやつらにも悪いし」
若干の未練を感じつつ、この絶景を堪能するのは次の機会に回すことにした。
転移の目印さえあれば、風景はいつだって見に来れるんだ。
折角だし、他の婚約者たちと一緒に楽しみたいと、そんなことを思うことにする。
そうして最寄りということでまずエミリーの家に向かう道すがら、第一村人を発見した。
というか、第一村人に発見された、と言うべきだろうか。
「あれまーあんたら、帰っとったのかい! んで、そこのお兄さんは?」
なんて勢いで三人に食らいつき、ついでに俺を見て更に根掘り葉掘り聞く体勢に即座にシフトしたマダムの声が更なるマダムの襲来を誘う。
「どうしたんねカローネさん……あんたら、帰ってきとったんか! 横にいんのは良い人かい? へぇー!」
「ちょっとミトさん、誰かきとるん?」
と、返事をする間もなく十人余りのいろいろとボリューミーなお姉さん方に包囲されてしまった訳だ。
「婚約したから挨拶にきた」
「ほえー、エミちゃんがかい?」
「なにいうとるんね、サーちゃんが捕まえたんと違うん?」
「いうてもこの子らローさんの店の方歩いてたよ?」
「ほんじゃあ三人ともとか? へぇー」
最後の人、正解だけどなにその下卑た笑顔。
「すみません、その辺りは落ち着いてからで良いですか? 先に用事を済ませておきたくて」
「ああ、ごめんねえ。行ってき行ってき」
「またいろいろ聞かせてねぇ」
と、最後にはサーシャが無理やり話をぶった切ってなんとか目的地に向かうことができた感じだった。
◇ ◇ ◇
で、ローさんことエミリーの父、ローランさんへの挨拶は、
「そうか」
の一言で済まされてしまった。
そうか、って。
もっとこう、何かないんだろうか?
なんて反応に困っていると、
「これ、お土産と結納」
と、エミリーが魔法の鞄を一つ差し出して、ローランさんはそれを一瞥した後、
「そうか」
なんて、さっきと同じ一言を返してきたのだった。
そして、その返事に満足したらしいエミリーがくるりと踵を返してしまって、慌てて頭を下げて後を追う。
そうしてローランさんの店……どうやら雑貨屋みたいなことをやってるみたいで、その店を出ると、苦笑しているクローディアとサーシャの姿があった。
「分かりにくかっただろう?」
「分かりにくいってか、良かったのかあれで?」
クローディアからの問いは、とりあえずそのままエミリーの方に流してみた。
「良い。喜んでた」
「あれでか……」
エミリーの返事に、分かりにくいなんてもんじゃねぇなと内心つぶやいてみる。
まあ、娘の安否も確認できたしそれで良かったんだろうと勝手に納得することにして、次はクローディアの家に向かう。
途中、やけににやけた顔のボリューミーなお姉さん方から「お帰り」と挨拶をもらい、俺も挨拶を返すと「へえ、お兄さんが」と更に意味深に笑みを深めた顔で見送られる作業を繰り返すことになった。
さすがすぎるというかなんといか、俺たちのことはもう女性たちの間では噂になって広まりきっているらしい。
すごい行動力と情報の拡散能力だと感心はするものの、見習おうという気には欠片もなれない辺りがさすがだ。
なんてことがありつつ、クローディアの家に到着する。
問題なく迎え入れられて、客間らしき場所で待つこと数分。
出された茶を啜っていると、人が近づいてくる気配を感じた。
とりあえず、立ち上がる。
「遠いところからわざわざよく来てくれたね。キミがタクト君かな?」
「はい。本日は娘さんとの婚約の挨拶と、結婚の許しを頂きたいと思い参りました」
「ああ、そんなに固くならないで欲しい。それに、結婚を許すというよりはこちらから娘をもらってくださいとお願いする立場だろう? ……とりあえず、座って話そうか」
と、某ローさんと比べるとえらく社交的で正直拍子抜けした部分がある。
というか今の会話を思い返すと、もしかするとクローディアの父親、アドルフさんは俺が『英雄』なんて呼ばれてることを知ってたりするんだろう。
そしてもう一つ気になるのは、クローディアと比べるとえらく砕けた口調だな、という点だろうか。
そんな疑問は顔に出ていたらしい。
席に着くなりアドルフさんがこんなことを教えてくれた。
「クローディアの母親は、自警団の人間だったんだよ。それで酷く硬い口調で話していてね。それが移ったんだろう」
と。
そうだったかと首を傾げるクローディアを横目に頷いておく。
そして真剣な顔になったアドルフさんが続ける。
「タクト君、聞き辛いことかもしれないが、聞いて欲しい。妻は随分と前に他界していてね。クローディアは私にとって、唯一の、そして最愛の家族だ。できる限り、大切にして欲しい」
そんなことを、これ以上ないくらいに真剣に。
「もちろんです。何があっても娘さんを大切にすると誓いますよ」
「そうか……頼む」
短くも深く祈るようなその願いを、男としても、『英雄』としても聞き入れないわけにはいかないだろう。
頬を染めるクローディアの横顔を見ながら、クローディアへの、そして他の婚約者たちへの想いを改めて自覚し、深く刻み込むように頷いた。
そうしてしばらく談笑し、準備してもらっていた結納……と、言って良いのか微妙だがとにかく土産の品を渡してからアドルフさんの工房を辞した。
ちなみにアドルフさんは石工を営んでいるらしい。
それと、行商人との商談なんかもする都合で訛りが少ないんだとか。
今も時折声をかけてくるボリューミーなお姉さんがたの言葉はこの村周辺の古くからの方言だという。
閑話休題。
そして最後に、サーシャの家に向かう。
その道すがら、サーシャから実家のことを聞いた。
父親はサーシャがまだ幼い頃に死別しているということ。
母親は父親が残した果樹園を引き継ぎ運営しているということ。
そんな話を聞いている間、『あ、忘れてた』みたいな顔をしているクローディアとエミリーの様子もバッチリ目撃している訳だがこれは言うまい。
話しているうちに、件の果樹園らしき場所が見えてきた。
……結構な人数が働いているらしい。
ざっと見た感じでも十五人くらいいる。
そのうちの一人が俺たちに気づいた様子で手を振りながら近づいてきた。
若干遠くて聞き取り辛いが、「お姉ちゃん」と叫んでいる様子だ。
おや、妹でもいたのかとその人物の方を注視してみると……サーシャに似た顔立ちをしていた。
いや、サーシャを二歳くらい若返らせるとああなりそう、という少女がいた。
……若干違和感があるな、と、サーシャの方を見てみると何やら渋い顔をしている。
どうしたのかと首を傾げつつ、もう一度少女の方を見てみる。
もうばっちりと「お姉ちゃーん!」という叫びが聞き取れる距離だ。
…………ああ、そうか、この娘はサーシャと比べると随分と朗らかでにこやかな感じなのか。
今は渋い顔をしてるけど、普段のサーシャは優しげで大人びた笑みを湛えていることが多い。
いや、そういう意味では見た目通りの姉妹なのかもしれないが……にしてもサーシャの渋い顔の原因がわからない。
なんとなくクローディアの方を見てみると、苦笑していた。
エミリーはいつも通りだ。
……なんなんだろう、この温度差。
なんて考えていると、件の少女が、
「お姉ちゃん! おかえりっ!!」
と、サーシャに抱きついた。
「ただいま帰りました。ところで」「この人が噂の婚約者の人? ふぅん、へぇー」
「……そうですけど、あまりからかわないでください」
そこで妹らしき少女の抱擁を解くサーシャ。
そのまま真剣な顔を少女に向けて、一言。
「お母さん」
……え?
と、俺が反応する前にお母さんと呼ばれた少女が言葉を返した。
「あーあ、サーシャちゃんバラすの早いよー。もうちょっと遊んだって良いじゃない」
と。
そして、けちー、なんていいながらサーシャの胸を指でつんつんと突き、その手を叩かれていた。
ちょっとその遊び俺もやってみたい! ……じゃなくて、
「え……っと、お、お母さん……?」
「はーい、サーシャちゃんのお母さんのリーシャちゃんでーす!」
「……母です」
恥ずかしげに俯くサーシャと、実年齢不明というより娘より幼く見える母がにこにこと手を挙げている姿があった。
◇ ◇ ◇
「はい、却下でーす。私もセットなら考えてあげても良いよっ!」
「お母さん!」
と、婚約の挨拶の結果はいろいろとひどいものだった。
なにこのニーナとは別方向のロリババア分類。
そんな言葉が頭の中を駆け巡るが、ババア感はあんまりないし余計なことは口にしないようにしよう決める。
あと、ロリに分類されるかどうかは受け取り側次第だな、なんてことも。
どちらかと言えばリアルに永遠の十七歳か、なんてのも当然閑話休題である。
「……えっと、リーシャさんとは今日会ったばっかりですし、そこまで深い関係になるというのはまだ考えられないと言いますか」
なんてことを口走ってみる。
「ならぁ、これから関係を深めていけば良いんじゃないかなっ? 今日は泊まるでしょ? なら、一緒に寝ましょう! それで全部解決よっ!」
んなわけねぇだろ、とか思いつつも、見た目がこれだけ若いオーケーババアなら俺もオーケーしちゃうんじゃなかろうかなんてことを思わなくもない。
当然そんなことになれば婚約者たちに申し訳が立たなすぎるし全力で遠慮願いたい訳だが。
「……お母さん、さすがに怒りますよ……?」
「えっ……やだサーシャちゃん、冗談に決まってるよっ? 大丈夫だよっ?」
と、ここはサーシャが抑えてくれたか、と安堵する。
あと、一応これも言っておこうか。
「このあとは、ミゼルに戻りますよ。転移魔法を使えるので、それで」
そんな言葉に一瞬固まるリーシャさん。
そして次の瞬間にはしおれるようにテーブルに突っ伏した。
「そっかぁ……タクトくんはこんなおばさんは嫌いなのかぁ……」
なんてことを宣う永遠の十七歳な義母予定。
「いや、嫌いじゃないですけどね」
「なら私も連れて行ってねっ!」
「お母さん! タクトさんも!」
復活早い! ってかただの釣り針かさっきのは!!
俺までついでにサーシャに怒られてしまった。
思いつつ、とりあえず思いとどまらせる方法を思案する。
「そうすると、この果樹園はどうするんですか?」
「別に私がいなくても回るから大丈夫だよっ! なんなら弟夫妻に譲れば良いし」
え、それで良いんだ。
なんて思っている間にも言葉が続く。
「それに私を連れて行ったらお得だよっ! 熟れていく果実と食べごろな果実がいつでも食べ比べられるんだよっ!」
「お母さんっ!!」
それはあれか、どんぶり的なあれか。
なんて思考を洗い流す。
「……間に合ってるんで。というか……聞いても良いのかわかりませんけど、なんでそんなに若々しいんですか……?」
「あっ、それ聞いちゃう? 聞きたい聞きたいっ?」
俺の苦し紛れの問いに、なぜかやたらと嬉しそうに食いついてくるリーシャさん。
「……ええ、まあ」
という俺の頷きに、「そっかーっ!」っと満面の笑みを浮かべてから話し出した。
「私、こう見えて昔冒険者をやってたんだけどねっ。スクルム南部のダンジョンに潜ってる時に呪われちゃったんだっ」
「呪いって……大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫っ! 調べてみたらなんか、不老不死の呪いなんだってっ! こんな呪いならバンバン来てくれても良いのにねっ!」
と、それはいろいろとどうなのか、という過去の話を聞かせてもらった。
冒険者の頃はヒーラーをやっていた、だとか、サーシャに治療術を教えたのは私だ、とか、斥候職なしでダンジョンなんて潜るもんじゃないね、おかげで呪われちゃった、だとか、まあ、その呪いのおかげで人生楽しんでるんだけどねっ、だとか。
そんな話を聞いて、思うところがない訳じゃない。
山村という閉鎖的な社会で不老不死として生きるというのは、苦痛が大きくなりすぎるだろうということ。
本人がこれだけ陽気だということを考えても、いずれ周りが勝手に壁を作りはじめないとも限らない。
かと言って呪いを解くという決心もつかないかもしれない。
呪いの種類によっては、解いた瞬間にこれまでの月日の経過が一気に襲いかかってくる、なんてことも十二分に考えられるからだ。
サーシャの歳を考えて、少なくとも二十年程度。
それだけの歳月を一瞬で、となると、かかる負担もそのあとの変化も尋常なものじゃないだろう。
……それなら、俺を含めて不老不死な連中がそれなりにいる俺の屋敷に招くというのもそこまで悪い話じゃないんじゃないか、なんて甘いことを考えてしまう。
俺の屋敷でなら、呪いなんて気にせずにいつまででも生きていけるんじゃないか、なんて。
そんなことを考えて、なんとなくサーシャを見てみる。
おそらく、サーシャは呪いのことなんて詳しくは知らないだろう。
俺だって、俺の中の魔女のババアがその辺りの知識を持ってなければ似たようなものだったと思う。
それで、決めた。
とりあえず、全力で先送りにすることを。
いろいろと調べてみて、それからいろんなことを決めていけばいいじゃないかと。
そして調べるためには……、
「なら、俺の屋敷に来ませんか? ああいや、サーシャとセットでとかそういうのは抜きにして、呪いのこととか調べるにしても俺の屋敷の方がいろいろとやりやすいだろうと思いますし」
もしかすると朔夜辺りが詳しかったりするかもしれないし、そうじゃなくてもジャンヌとロザリアがいればなにかしらの解決策が見つかったりするかもしれないし。
そんなことを思いつつ、母娘の二人をみてみる。
サーシャは……納得しかねる感じか。
リーシャさんは乗り気だな。
サーシャには今夜にでも理由を教えるとして……、
「何言ってんだって思うかもしれないけどさ、俺は、そうするのが一番良いと思ったんだ。どうかな?」
言いながら、なんとなくサーシャの髪を撫でる。
そうして、
「……そう、ですか。…………おまかせします」
なんとか聞き分けてくれたサーシャの髪をもう一度撫でて、リーシャさんに向き直る。
「そんな訳です。ウチに来ませんか?」
「行く行くっ!」
そんなこんなでこっちの思惑とは裏腹に、やけに陽気な義母予定がウチで同居することになった。
いろいろと遅れまして、非常に申し訳なく。
あ、里帰りはこれで終了です。




