第41話 襲来のお姉様
「ふぅ……」
部屋の大窓を開き、澄み渡り清々しさすら感じる朝の空気を感じる。
ぐっと背筋を伸ばすと、バキバキと盛大に音が鳴った。
そして見上げる先の空は、なんだか妙に黄色く色付いて見える。
……二徹とかマジ勘弁してくれ。
そんな事実に、もうなにもかもどうでも良いような気がしてベッドに倒れ込む。
結局昨日、一睡もできなかったなぁ。
そんなどうでも良いような、そうでもないようなことを考えながら、なんとなく袖口の匂いを嗅ぐ。
甘ったるい匂いが染み付いてる気がする。
袖口どころか、全身に。
……正直に言おう。
毎日こんなことになればこのまま誰かと、というか、場合によっちゃ全員と結婚するまで満足に眠れないんじゃなかろうか。
というか、結婚するまで自制できる気が一切しない。
それは、流石に不味いなぁ、と、首だけを大窓の方に向ける。
憎憎しいくらいに青く晴れ渡った空に薄っすらと雲が伸びていた。
「はぁ……」
いやはやなんとも。
婚約者達が風呂に行って、だだっ広く感じる自室に首を巡らせてみる。
……まあ、一人でこんな部屋で寝るってのも寂しいのは確かなんだけども。
にしても、昨日みたいなのはそれはそれでツラいものがある。
いや実際、一人だけが相手だったとしてもツラいんだけど。
むしろ一人相手の方が理性的に厳しい気がする辺り、なんとも言い難いものを感じる。
つっても、それは多分種類が違うだけでどっちも似たようなものだろう。
やっぱり全員に囲まれて寝るなんてのはコレっきりにして欲しいなぁ。
そんな叶いそうもないことを考えながらもう一度窓の外を眺めていると、雲の流れがおかしなことに気付く。
「ああん……?」
なんだあれ、とその方向に意識を向けた瞬間、総毛立つような殺気が近付いてくることに気付いた。
それも、身に覚えがありすぎる種類のヤツが。
その事実に軽くパニックになりながら、ガバッと上半身を起す。
えっと、これ、どうすんだ?
寝不足だけじゃなく、軽く引いていく血の気を感じながらとにかく頭を回すことにする。
というか、この頭じゃ上手く回らないことに気付いた。
とりあえず、薫辺りと相談してどうするか決めるか。
幸い、相手方は急いでる訳でもないのか精々が馬車と同じくらいの速度で進んでいることは分かっている。
……はてさて、サキュバスクイーンのあのお姉様は、なんで真っ直ぐに俺の所になんて歩いてきてる訳なのか。
寝不足とは違う種類の頭痛に手をやりながら、とにかく今すぐにでも戦える準備だけは済ませておくことにした。
◇ ◇ ◇
「って、訳なんだけど……」
装備を整えて一階のエントランスに入るや否や『プル』の大軍にもみくちゃにされたり、魔物娘たちに取り囲まれるクレアを目撃したりしながら足を踏み入れた食堂で、薫と、ニーナ、それにクローディアの三人と顔を突き合わせながら簡易の対策本部で頭を悩ませる。
というか、風呂上りのクローディアから良い匂いがするんだけど……なんて現実逃避をしながら。
で、肝心の三人は俺の右腕をじっと見つめている。
……溜息を一つ。
「はぁ、で、どうしたんだよノエル」
「え、いえ、その」
しどろもどろになりつつもチラチラを俺の顔を見上げてくるノエル。
ちなみに右腕はがっちりと掴まっていて、見た目以上に中々の武器を隠し持っていることが感触で分かる……って、今はそんな場合じゃないだろう。
目測ではあるが、とりあえずサキュバスクイーンのお姉様はあと三十分ほどでこの牧場まで到着する。
正直なところを言えば、俺が相手に気付いた時点で逃亡は不可能だと腹を括っていたりする。
あのお姉様が追ってるのは多分俺の魔力だろう。
どう考えても俺より格段に魔力の扱いに長けたあのお姉様の追跡を掻い潜るなんて、それなんて無理ゲーという話だ。
なら、なんにしても一番被害が少なそうな方法を考えるしかない訳で……そんなことを考えている間にこの状況である。
少しだけ震えているノエルの頭にそっと左手を乗せる。
「……まあ、相手が相手だしな。確約はできねーけど、俺がなんとかする」
髪を撫でながら言い含めるようにそんなことを言えば、ノエルが目を細めながら徐々に落ち着きを取り戻していく。
「はい……」
ようやく肩の力が抜けてきたか、というところで、ノエルが声を返してきた。
それを機に、ぽんぽんと指先で軽くノエルの頭を叩き、三人に向き直る。
途端。……クローディア、その羨ましそうな目はなんなんだ? そんな具合に半目になってしまった。
そんな俺に気付いたクローディアが慌てたように周囲に目を走らせ、そういえば、という感じで声を上げる。
「そ、それで、何故サキュバスクイーンなどという大物がこんな場所まで向かっているのか心当たりはあるのか?」
あー、そっちで来るのか。
クローディアの問いに、とりあえず頭を掻きながら答えることにした。
「あー、前にダンジョンでノエルを拾ってきた話はしたよな?」
「捜索依頼のアレか。そういえばサキュバスに囲まれとったノエルをタクトが助けたということ、に。……おい、タクト。主、まさか」
思い出している間に何かに感付いたらしいニーナが目を見開いてから睨みつけてきた。
「……まあ、そのまさかだよな」
「何やっとるんじゃ主は!? というか、そんな無茶やってなんでまだ生きとるんじゃ!!」
そりゃあれかいニーナ。
遠回しにその時に死んどけと言ってるのかい。
なんて言っている暇もなく、青い顔をしたクローディアが席を立つ。
「お、おい、どうした? クローディア?」
「……まさか、婚約した次の日に別れることになるとは思わなかったが……。タクト、お前に受けた借りを返す。私が、サキュバスクイーンと話を付けて来る」
悲壮な覚悟を決めたような顔でエントランスに向かうクローディアを慌てて止める。
「待て待て待て! こりゃ俺の問題だ! ってか、俺は別にお前に貸しなんて作った覚えはねぇよ!!」
「いや、考えれば私も、サーシャも、エミリーも、今ここで生きていること自体タクトのおかげだ。その……この命、好いた相手のために使うのも悪くはないだろう」
やだこの娘、男前……っ!! って、違うだろ!
馬鹿かコイツ!!
「何言ってんだクローディア! っ、……はぁ。ああ、もう、ちょっと俺が出て話付けてくる。あと、もしかするとここいら一帯焼け野原になるかもしれないからお前らはエルドの屋敷にでも避難しておいてくれ」
「ばっ! タクト!! お前こそ何を言っているんだ!? 相手はサキュバスだぞ!? 女の私なら命までは取られないかもしれないが……」
「んなことさせるために相談したんじゃねぇんだよ! 馬鹿か!? あーもう! こんなことなら黙ってさっさと話でも決着でも着けに行くんだったよ!」
「タクト!?」
クローディアの脇をすり抜けてエントランスに向かう。
……途中、クローディアに腕を掴まれる。
振り返ると、逆側をノエルが掴んだ。
「わ、私も、行きます!」
「私もだ!!」
二人とも涙目で、それでも真っ直ぐに俺を見つめてそんなことを言い始めた。
……ずるいな、女ってのは。
「はぁ。来てどうする。クローディア、ノエル。お前らは奴隷達の誘導と護衛を頼む。薫、ニーナ。フォロー頼むぞ」
そんな俺たちのやり取りに、何故か疲れた顔の薫が溜息を吐いた。
「先輩、なんで戦う前提なんですか? もう僕でも相手の気配が分かる距離ですよ? これだけの距離から、これだけの殺気を撒き散らしながら果し合いに来る相手っています? どちらかというと、もてなしの用意でもしておいた方が良いんじゃないですかね」
「……は?」
薫の言葉が全く理解できなかった。
「だから、先輩は殺そうと思うような相手にわざわざ大声で喚き散らしながら近付いてから挑みますか? 多分先輩ならむしろ気配を殺して弓で狙う気になるんじゃないですか? サキュバスの戦い方って、魔法主体ですよね? それならむしろ、声が届かないくらいの距離から一方的に広範囲な魔法でも撃ち込んだ方が安全だし確実だと思うんですけど」
……いや、まあ、言われてみれば確かにそう、なのか?
というか、コイツはなんでこんなに肝が座ってるんだ?
いやむしろ、この殺気に当てられて頭がおかしくなったんじゃなかろうか。
なんて疑念を抱いていると、戸を叩く音が響いた。
……どうやら件のサキュバスクイーンのお姉様は、普通に俺の家まで訪ねて来たらしい。
ユミエルが、恐る恐るという具合に迎え入れたのが分かる。
そして徐々に、どころか一気に一切を霧散する殺気……。
いや、これは、怒気の方に変わっただけか?
何がどうなってそうなったのやら……。
考えていると、ユミエルとクレアが先導して歩き出したのを理解する。
結局考えなんてのは一切まとまらないまま、約一月振りにサキュバスクイーンのお姉様と再会することになった。
「貴様……ッ!! 何人侍らせているのだッ!!」
そう叫びながら、憤怒の形相で睨みつけてくるお姉様。
「待て待て、別に侍らせてる訳じゃない。どっちかって言うと雇ってるみたいな方が近いって……って、開口一番それか!?」
「そんなことはどうでも良かろう。そうか、では幾人か貰って行っても構わんな?」
「構うだろ馬鹿か!? ここにいるのは俺の婚約者かパーティメンバーか俺の奴隷かどれかだぞ!? ……ってか、分は悪いが、力尽くでってんなら本気で止めるからな!!」
「なにィ……? 貴様、我を何だと思っているのだ!? 力尽くで傅かせる趣味などない!!」
なんて、どこかの誰かみたいなことを言い出すお姉様。
って、いつまでもお姉様って呼ぶのもどうなんだろうか、なんて場違いなことを考えだすと同時、相手方はどうやらなぜここに来たのかを思い出したらしい。
「む、本題を忘れておった。貴様、あの夜より一月も経って何故ダンジョンに潜らぬのか! 冒険者ではないのか!?」
「えぇ? いや別に、ダンジョンに潜るのだけが冒険って訳じゃないだろうに。っと、その前に、自己紹介くらい……」
そこで、はたと気付く。
あれだけの大魔力を普通に放出しながら歩いてきたこのお姉様の存在に気付いてないヤツなんてのは、まあ、ぶっちゃけこの屋敷にはいないだろう。
ということで、とりあえずユミエルに指示を出すことにした。
「ユミエル、悪いけど婚約者の六人と、パーティの連中連れてきてもらって良いか?」
「かしこまりました」
婚約者が六人だとぉ……!? と、小さく呟くお姉様を尻目にユミエルは一礼し、退出していった。
で、その隣でいつでも動けるように臨戦態勢を取っているクレアを手で制す。
「クレア。お前じゃどうあっても勝てないからやめとけ。というか、俺でも倒せるところまで行けない相手だ。下手に刺激するな」
「仰せのままに」
言うなり、活性化させていた魔力を鎮めるクレア。
そして、妙な沈黙。
俺の前に出ようとするクローディアを抑えながら、右腕にしがみついて震えているノエルの掌を軽く握ったりしてお姉様の食い殺さんばかりの視線をやり過ごす。
……居心地悪いなおい。
そんなことを考えながら、とりあえず俺が呼んだ全員が食堂に揃うまで待つこと約二十分。
針の筵ってのはああいうのを言うんだろう。
なんて言葉で現実逃避を切り上げる。
「まず、俺は天利拓斗と言う。知っての通り冒険者だ」
「ふむ……我はロザリア・エナ=ルクリアと言う。それで、貴様何人毒牙にかけるつもりか。そのような幼子まで……返答次第では、その首を圧し折ることになるぞ」
ぞわりと背筋を這い回るような殺気を感じながら、まずそこからなのかと頬を掻く。
「毒牙ってお前……俺はこの屋敷にいる誰にも手ぇ出したことねぇからな? ってか、今まででそういう相手なんて一人もいないから」
あれ、なんだろう。
なんだか目から生温い汁が垂れてきた。
「ん、んん。あ、あの、だな。タクトが望むなら私が」
「い、いえ! クローディアさん!! 師匠のお世話は弟子の仕事ですっ!!」
「私、彼の奴隷だから。ご主人様。私は、貴方の好きなようにして良いのよ?」
「ちょ、ちょっと待ってください!! それなら一番年上の私が!!」
「それを言い出せば、元とは言え一番の地位にあった私かアリシア様が正妻になるべきではありませんか?」
急に騒がしくなる婚約者達。
顔を赤くしたり桜にしたり赤くしたり赤くしたりで忙しいアミュレイと、我関せず……というかぶっちゃけ見苦しいとでも思ってそうな顔で普通に飲み物を手にしているソフィ、そして全く意味が分かってなさそうなアリシアだけが俺の救いである。
というかどうしたお前ら。
今日はいつになくアグレッシブじゃないか、なんて考えていると。
「貴様……っ! 貴様! 貴様ッ! 貴様ァッ!! 何故このような愛い娘ばかりお前を慕うのだ!? 教えろ! 今すぐ教えろ!!」
いてもたってもいられない、という具合にお姉様改めロザリアが俺に掴みかかってくる始末である。
高すぎる魔力のせいか、細い腕の癖してやたらと豪腕なその腕にかき回されながら、意識が遠のいていく…………。
「おい貴様! 答えろ!! 待て、待て死ぬな!? 死ぬ前に我にモテる秘訣を!」
どこかどこか遠くにそんな声を聞きながら、俺こと天利拓斗は生まれて初めて失神というものを味わった。
◇ ◇ ◇
どこかゆるゆると緩やかな、穏やかな温かさがあることに気付いた。
まどろみと、夢現の丁度間くらいのところだろう。
明らかに眠りの最中にいながら、そんなどうしようもないことを思う。
心地良い。
いつ振りだろうか、こんなに穏やかな眠りの中に入るのは。
約五十五時間振りだと冷静なアッシュの声。
もうそんなにか。
なんて考えて、違和感が急激に意識だけを覚醒させる。
「っ、はっ!?」
ばっ! とでも音が出そうな勢いで身体を跳ね上げた。
急いで周囲に視線を飛ばす。
暗い。
暗く暗くどこまでも続いていくような錯覚すら抱かせるその場所は、どうやら木でできた橋の上のように感じられた。
等間隔に、という法則だけで無秩序に街灯が立ち並ぶその場所で、俺はぶっ倒れていたらしい。
……なんだこれ、違和感が凄い。
まず、記憶と感覚の齟齬が尋常じゃない。
その上、未だにどこか心地良く感じている自分自身がいるのだ。
違和感しかないはずなのに、妙にしっくりくる辺りここがまともな場所ではないんだろうってことを嫌と言う程に理解する。
目の前に、見慣れた、けれど一度も見たことのない男が二人突っ立っていた。
どうしたもんか。
答えなんて出る訳もない思考を遊ばせて、頭を掻きながら立ち上がった。
「アッシュ……」
目の前に、生前と寸分違わぬ姿の『医心』の姿があった。
「何、気にすることなく『猟奇医心』と呼べば良い」
そんなアッシュの言葉に、自分の眉根が寄って行くのを感じた。
「ヘルシェル。なんとか言ってやってくれよ」
「……無理だ」
弾むように短く、それでいてこれでもかというほどに低く渋いヘルシェルの声が返ってきた。
ああ、そういやお前人付き合い、というか喋るの苦手だったよな。
そんなことに納得しながら、もう一度辺りを見渡す。
「……ヴァルディアのおっさんとかはいないのか? まあ、一番会いたいのはテスタロッサとメンレイなんだけどさ」
「『剣翁』は、今日は来ないだろう。『星弓』殿と『酔月』は気分次第だろうが、ね」
あんだけ出たがりなあのおっさんが出てこないってのはどういうことなんだよ。
そんなことを思いながら、分かりきったことを一応聞いてみることにする。
「残りの三人は?」
「ここまで出てくることもままならないだろうな。『歌眼』の彼女なら直に、というところだろうが。それでもまだ早い」
アッシュの答えに、一つ頷く。
まあ、そういうことなんだろうな。
「アレか。俺はもしかして今死に掛けてたりするわけか」
「話が早いな。サキュバスクイーンに揺さぶられて首の骨が折れた。治療術士の娘たちが慌てて治療しているところだ」
たち、ってことはサーシャとミリアか。
……あの二人に首の骨の治療とか、できるんだろうか?
微妙に不安になってしまう。
なんならこのまま死ぬんじゃねぇかな、と若干覚悟を決めてしまうくらいには。
というか、落ちる前に理解したつもりでいた『失神』なんて可愛らしいものじゃなかったらしい。
「容赦がないな。腕はそう良くもないが、悪くもない。後ろにサキュバスクイーンなどと言う規格外な魔力タンクもいる。直、君は意識を取り戻すだろう」
そんなアッシュの言葉に、とりあえず溜息を一つ。
紛れもなく本物の『医心』の御墨付きである。
それがどれだけ信用できるのか、なんて、今更考えるまでもない。
流石に婚約者だけ作ってそういうナニもないまま死ぬなんてのは未練に過ぎるが、そういう未来は無事回避されたも同然だ。
「っはは! お兄さんやっぱ馬鹿だねェ?」
急に後ろからやけにハスキーな女性の声が聞こえてきた。
それを理解するより早く、今の俺に全力でできる速度で振り返っていた。
「メンレイ!」
「あいあい」
どう見ても酒入りな瓢箪を煽るメンレイの姿に、思わず歓声を上げた。
艶やかで艶やかな青い髪を団子にまとめた、チャイナ服っぽい格好の美女。
三十手前で酒の飲みすぎで死んだメンレイがいた。
「って、最後のは余計さね。女は死に様じゃないのさ」
聞き惚れそうになるくらいにハスキーなその声に、思わずそうなのかと納得してしまいそうになる。
「まあ、貴女程死に方に格好の付かない『英雄』もいないものね」
そんな声に、思わず背を正す。
そして、ゆっくりと振り返った。
「テスタロッサ……」
目の前には、神々しい程に美しいエルフの女性が立っていた。
……まあ、胸は残念だけど。ちなみにその思考の間に五度、全力の回避行動を伴った。
「今ここで死んでおくかしら?」
「『星弓』殿。『槍迅』で理解しているだろう。ここではいくら殺したところで無駄だぞ?」
おいお前ら何怖い話してんの?
ってか、『槍迅』ってのはアレか、どう考えても槍のヤツか。
確かに妙に潔癖っぽいところのあるテスタロッサとアイツは凄まじく相性が悪いだろう。
納得した辺りで、テスタロッサは舌打ちを一つ残してメンレイの隣、橋っぽい辺りの手すり的な部分に背を預けた。
そこで気付く。
本物の『英雄』の四人が、俺に視線を注いでいることに。
さて、どうしたもんか。
正直、苦笑しか出てこない。
『それで、お前は何を成すつもりなのか』なんて、問われているように思えて仕方ない。
「別に、何もしねーしできねぇよ」
それが、偽らざる俺の本心だ。
言葉遣いこそ崩れているものの、俺がこの場にいる英雄達と同じだけの高さに立てるなんて思っちゃいない。
誰も彼もが、その道を極めた云わば雲の上の存在だ。
そんな彼ら、彼女らから望めばいくらでも教えを請える俺だからこそ分かる。
いや、この場にいる全員の特技を、恐らく現状のあの世界で誰よりも上手く使える俺だからこそ分かる。
俺の猿真似なんてのは、全部合わせても『英雄』たちの足元にも及ぶまい。
そんなことを思う俺は、気付かずにいた。
この場にいる誰も彼もが、含み笑いしていることに。
「ふむ。そろそろだな」
アッシュの一言。
唐突で、ありえるはずもなかった邂逅。
それもそろそろ終わりらしい。
ああ、そうだ。まだ言いたいことを言えてない。
「俺は、皆のおかげで生きてこれた。それに、いろんなヤツを助けられたと思う。ありがとう。ここにいないヤツらにも伝えてくれ」
「伝えずとも、聞こえているさ。目が覚めた後、君は君らしく、自分のやりたいようにやれば良い」
焦らなくても良い。その先で待っている。そんな思いを感じ取った。
「……おう」
気恥ずかしくなって、それだけを返し意識を外に向ける。
突然すぎてイマイチよく分からない感じになったけど、四人との会話には不思議な実感と喜びがあったように思う。
いつも、魂の奥の方で繋がっている相手だということが確信できて、いつも、俺を助けてくれている力と意志が確かに感じられる。
一つだけ、気がかりというか心残りというか、残念に思うのは、ヴァルディアと話すことが出来なかったことだろう。
ってか、いつもいつもしゃしゃり出てくるんだからこういう時くらい真っ先に出てきても良いだろうに。
なんて、本気ではない悪態を吐いてみる。
……って、おっさんに会えないなんて理由で何拗ねてんだろうか、俺は。
そろそろ目を覚まそう。
そうして、徐々に徐々に身体の感覚が戻ってきていることを感じながら目を瞑る。
「あの娘のことを、頼むぞ」
「っ!? おう!! 任せとけ!!」
最後の最後、目が覚めるその寸前にそんな言葉を聞いた。
おっさんからそう言われたら、任せられるしかないだろう。
あの娘ってのが誰のことかは知らないけどな、任せとけ。今あの屋敷にいるヤツら全員くらい、俺が面倒見てやるさ!
返事は、考えるまでもなく聞こえたことだろう。
そのことに少し満足しながら、外の感覚に意識を向ける。
……なんだこれ。温かくて、柔らかくて、瑞々しくて、弾力がある。
そんな感触を頭に感じる。
身に覚えのない感覚に若干身構えつつ、考えても仕方ないと一気に覚醒する、と。
「おお、目が覚めたか。この娘たちを宥めるのに苦労したぞ。嫌われたらどうしてくれる」
……目の前に、凄まじい美女がいた。
上下が反転してる感じ。
このレベルになるとどんな角度から見ても綺麗だな、なんて、現実逃避はやめよう。
端的に言うなら、俺はサキュバスクイーン改めロザリアに膝枕されながら目覚めた。
辺りの様子を探ってみる。
大体涙目。
というか、ソフィですら若干顔色が悪い。
なんとも言えず、頬を掻く。
「……あー、おはよう?」
何故か二十人くらいで揉みくちゃにされたのは、何がどうなったのやら。
いやまあ、嬉しいんだけどね。
ついでに、ドサクサに紛れて俺の隣に陣取っていたロザリアも若い娘たちに押しつぶされながらご満悦だったことを記しておきたい。
◇ ◇ ◇
「って、そんなことはどうでも良いんだよ。ロザリア。アンタ今更急に出てきてどうしたんだよ?」
そういえば。正にそんな感じにことの発端を質すことにしてみた。
「はじめは、タクト、お前を殺すつもりでここまで来た。だがな、近付けば近付く程に、やけに我好みの娘が多いことに気付いてな。癪だが、お前を殺してはこの娘たちが悲しむだろうということも理解した。だから、殺すのは止めだ。二つ、答えろ」
その言葉に、とりあえず頷いて返す。
「答えられることならな」
俺の言葉にロザリアも頷く。
「一つ目は、初めて会った時、お前はどういうつもりで我の角を折り、どういうつもりで治したのかということだ」
「お、おいタクト! サキュバスクイーンの角を折ったじゃと!? 聞いとらんぞ!?」
途端に騒ぎ出すニーナ、というかパーティメンバーたち。
まあ、仮にも『魔王』に直接剣を向けるようなもんだしな。というか、物理的に向けることになる訳だしな。
で、思い返してみる。
「正直、角を折ったのはこれって考えがあった訳じゃない。この『プル牧場』を作る金が欲しかったから折って、手に入れようと思った。治したのは……角が折れたロザリアを見たら、なんかすげぇ罪悪感湧いてきてさ。気付いたら治してた。今更だけど、俺の身勝手であんなことして悪かった」
気付いたら土下座する勢いでテーブルに額をこすりつけていた。
ってか、今思い返しても罪悪感が凄い。
マジで、ノリに任せて何やってんだろうか俺。
そりゃ殺されても文句言えないと思う。
そんな俺の態度に、ロザリアが続ける。
「ほう、『プル牧場』とな? ……いや、今は良いか」
何故か『プル牧場』に食いついているロザリア。
これで罪滅ぼしになるとは思ってないが、まあ、少しでも彼女の気が晴れるならこういうのはどうだろうか。
「俺にできることなら何でも言ってくれ。できる限り、力になる」
「ふむ。まあ、良かろう。では後で少しばかり話をしよう。それで、二つ目だ」
更に真剣みを増すロザリアの表情に気を引き締める。
こりゃ、あれか。黙って首を差し出すくらいはしないと詫びきれないようなこと言われるかもしれんね。
そんな覚悟を抱きながら、頷いてロザリアの言葉を待つ。
そして俺を焦らすように辺りに目を巡らせるロザリア。
なんというか、どんどん胃が重くなっていくような感覚がある。
そんな中、ロザリアはようやくその口を開いた。
「……どうやって、これだけの娘を集めた?」
「……え?」
「だから、どうやって誑し込んだのかと聞いているのだ。正直に答えよ。答え次第では一生許さぬぞ」
やたらと怖い顔で妙に子供みたいなことを言い出すロザリア。
呆気に取られる俺に痺れを切らしたのか、ロザリアが更に続ける。
「いや、分かるぞ。これだけの『城』を建てた秘法だ。他言などもってのほかだという気持ちも分かる。だが、そこを曲げて欲しいのだ。頼む、教えてくれ。この通りだ。……というか、貴様は我の角を折ったのだ! その程度のことで許しが得られると思えば安いものだろう!? 良いから吐け! さっさと教えろ!!」
頭を下げたかと思えば、即座にやたらと高圧的に要求してきやがった。
「あ、ああ。それは別に良いんだけど……そんなに特別なことしてる訳じゃないと思うぞ?」
「いや、本人にはそれと思わぬことでもやはり他とは違うものがあるのやも知れぬ。事細かに洗いざらい吐け」
溜息を一つ。
なんだろうこの必死さ。
どこぞのおっさんやらどこぞの似非の『英雄』を見てる気分になってくる。
というか、こんな美女相手に俺が持ってるような効果があるかどうかも微妙なナンパテクなんて教え込んでしまって良いものなのか、という迷いも若干あるし、なによりそんな美女からこんな言葉を聞かされる俺の心境を考えてもみて欲しい。
まあ、その程度で許されるならロザリアの言う通り安いものだとは思う。
ついでに、傍から見ればそんなに仰々しく見える訳か、だとか、思いながら、俺が持つ全てをロザリアに伝授することに決めた。
◇ ◇ ◇
「と、いう訳だよロザリアくん」
「ふむ。うむ! 実に有意義な時間であったぞ! 大儀であった!!」
晴れやかに笑い合う俺とロザリア。
そしてそんな俺たちを冷ややかな、あるいは呆れた視線で見つめる目が多数。
「……ごほん。それで、ロザリア。今日はこれで帰るのか?」
「む……いや、それだけでは迷宮に残してきた者たちに悪かろう。手土産の一つも欲しいところだ……が、そう睨むな。何も女を寄越せなどとは言わぬ。言ったであろう。我は無理矢理は好かぬ。そうだな……先ほど、『プル牧場』などと言っておっただろう」
「ああ、言ったな。丁度、この家の北側にある建物がそうだ。なんだよ、『プル』が欲しいのか?」
「いらぬとは言わぬが、そうではないのだ。そうだな……よし、その牧場の運営、我らサキュバスにも一枚噛ませる気はないか?」
ほう……サキュバスなら、強い種族だそうだし防衛だとか防犯だとかの面でも重宝しそうではある。
あと、目の保養に凄く良い。
全体的に、服の好みがあったり、着替えやらはするっぽいがどっちにしても際どい方向の服が多そうである。
そんなこんなで二つ返事を返し、地上初となる『英雄と魔王の共同事業』が発足する運びになった。




