第31話 呼び出しと束の間の休息
「そう、延ばした魔力をコントロールしたまま切り離すんだ。できそうか?」
「……でき、そう……」
「うぅ……」
カンコンと木槌やら金槌を打ちつける音を聞きながら、エミリーとノエルに雷兎の出し方を指南している。
シュトライトの姫君二人との婚約話を切り上げた翌日、牧場予定地でのことである。
魔力を扱う経験の差、だろうか? エミリーの方はなんとなく形になりそうな気配がある。
ノエルは……要練習ってところだな。
うんうん唸っているノエルの頭に手を乗せる。
「あんまり無理すんな。すぐにできなきゃいけないって訳でもないんだからさ」
「はい……」
ノエルは悔しそうに俯きつつ肩の力を抜いたようだ。
そう緊張してたらできる物もできなくなる……なんてのも、まあ、言うだけ無駄だろうな。
まずは、魔力の操作に慣れるところからはじめれば良い。
というか、そこをキッチリしておかないとこの魔法は使えないだろう。
そんなことを考えていると、エミリーが魔力の分離を成功させたようだ。
「……これ、いつまで続ければ良い?」
冷や汗を垂らしながら問いかけてくるエミリー。
省エネで涼やか、そんな常の印象からかけ離れた姿を晒している。
俺の時は何も考えずにやってたけど、それって結構集中力使うもんな。
エミリーが喋る度に揺らぐ魔力の気配を感じながら納得する。
「その魔力がどんな形になるか想像してみると良い。俺の場合は、とにかく速く移動できるようにイメージしたら雷兎が出てきた」
目の前で出した方がイメージしやすいだろうか、なんて考えながら雷兎を呼び出してみる。
雷兎は珍しく、エミリーが浮かべている魔力の塊に興味があるようで食い入るように見つめている。
……よくよく考えたら、なんで早く動かそうとして光じゃなくて電気になったんだろうか。
んー、俺の特性、というか適正が光より電気に寄ってたとかそういう話だろうか?
そんなどうでも良いことを少し真面目に考えてみる。
俺の適正ってのはどういうものだろうか。
いろいろと技能を持ってはいるが、つまるところ全部が全部戦うことに特化するおまけ程度に思えて仕方ない。
その推測を元に更に推論を重ねるなら、光より電気の方が戦闘向きだとかそういうことだろうか。
……案外電気の方が器用貧乏だからそうなったとか、ありそうで嫌だな。
「……無、理。出そうにない」
考えていると、エミリーが音を上げた。
どうしてそこで諦めるんだそこでぇ!?
なんてことは言わない。
すっかり霧散した魔力の気配を感じ取り、手近なタオルを魔法で生み出した冷水で湿らせ二人に手渡す。
「うん、お疲れ。やっぱり雷兎は無理そうか?」
「無理。そもそも雷の魔法なんて使える魔法使いが少数派」
濡れタオルで顔を拭きながら答えるエミリー。
へぇー、そうなんだ。なんて心の中で適当な相槌を打ちつつ、そういえばこの世界の科学……と言っていいのか分からないが、技術やら知識は元の世界から見ればかなり歪んだ成長の仕方をしていることを思い出す。
もしかしなくても、摩擦がどうこうで電気が生まれる仕組みやら、もしかすると金属が導体になるなんてこともまだ明らかになってないのかもしれない。
そうすると、この世界では電気ってものが雷とイコールになるってことだろうか。
理屈をすっ飛ばして魔法を使うこと自体は可能な世界だとはいえ、仕組みを知っていてそれを再現するイメージで魔法を使えば消費魔力をかなり抑えられるのも事実である。
特に雷そのものを落とそうなんて考えれば、並みの魔法使いが手順をすっ飛ばして一人で発動することは不可能に近いだろう。
となると、そもそも雷兎を呼び出せる可能性が欠片でもありそうなのは薫くらい、ということになる。
まあ、どうでもいいか。
「そもそも、なんで魔力を切り離そうなんて考えたんですか?」
「ん? なんでって、その方が速く飛ばせそうじゃないか?」
思考を切り上げたタイミングでノエルが疑問の声を上げる。
特に何も考えずに脊髄反射のように答えた。
「えっと、なんで魔力を遠くに飛ばそうなんて発想が出てくるのかが疑問なんですけど……」
なんでって、二ヶ所同時に制圧なんてのは一人じゃ物理的に無理だったしなぁ。
何よりそれ以上に、だな。
「移動するのが面倒だったから」
「はぁ……」
ノエルは疲れたような、納得しかねるとでも言いたいような溜息を吐いた。
それなりに魔法を使ってきた身としては、イメージさえ明確に持ってればいろいろとできそうだと思ったからというのもある。
というか、そもそも魔法なんて理不尽な技術がありながらなんだってその程度の発想が出てこないのか逆に疑問だ。
「もう、良いです。ところで、その……シュトライトのお姫様との縁談はどうなったんですか?」
「ああ、あれか」
ノエルめ、自分から話振っておいてそれか。
俺もよくやるし人のこと言えないけども。
ってか、エミリーも何食わぬ顔で聞き耳を立てていやがる。
纏ってる魔力が興味津々だと雄弁に語ってるんだけども。
まあ、そんなことは教えなくても良いか。
「んー、誰にも言うなよ?」
「はい」
ノエル、気持ち良いくらいに即答だなおい?
信用はできないけど、まあ、言いふらしたところで別に困ることでもないかと納得することにする。
で、明らかに聞き耳を立てているエミリーの方に視線をやってみる。
「……ん」
自分が聞き耳を立てていることに気付かれていたとは思っていなかったのか、小さくエミリーが頷いた。
……まあ、良いか。
「アレな、要は他の縁談を蹴るための隠れ蓑にさせてくれって意味だったんだよ。表向き婚約したってのは触れ回るけど、三年後には婚約を解消するってことでとりあえず決着した」
「……婚約、解消なんてできるんですか?」
「できるできないじゃないだろ。するんだよ」
無駄に男らしく言い切ってみた。
が、ノエルは疑いの視線を送ってくるばかりである。
「……シュトライトの二姫といえば、美姫として有名ですけど……?」
ノエルが探るようにそんなことを言い始める。
うーん。美姫、ねぇ。
確かに二人とも見目麗しいと言って差し支えないんだろう。
と言ってもクレアを見慣れてる俺だとかからすると、まあ、美人だという範疇に納まる二人でしかないようにも思う。
うん、絶世の、だとか、傾国の、という言葉とは縁遠いだろう。
美女美少女に違いないとはいえ、それだけで心揺らぐようなことはない。
なんといっても、クレアと同じレベルの、絶世の美女と言っても過言ではないだろうサキュバスクイーンやら女神なんてものも見てしまっている俺からすれば特にそう思う。
「で、何が言いたい?」
「婚約を口実に言い寄ったり」
「待てよ! おいお前ノエル、お前は俺をどう思ってる訳だ?」
あまりにもあまりなその言い草に思わず物言いを付ける。
仮に俺がそんな野郎だったとすりゃアンリだとかノエルだとかととっくにねんごろだろうよ! えぇ!?
「し、師匠じゃなくて、相手が、ですよ?」
取り繕うように付け加えるノエル。
思わずじとっとした目で見つめてしまったのも仕方ないことだと思う。
「ドラゴンを倒すような人ですよ? それに、見た目や言動よりずっと紳士的ですし、王族から見ても優良物件だと思います」
「ほう……で?」
取って付けたようなフォロー、に、なってるんだろうかこれ。
というか、見た目だとか言動はもっと軽いヤツだと思われてるのは確かなようだ。
うん、ノエルの言いたいことはよく分かったよ。
お前、俺をそんな目で見てた訳ね。
「うぅ、何か誤解されてる気がします……」
「口は災いの元。『我慢できなくなったら私が相手します』くらい言えばタクトはちょろい」
「ちょっとエミリー!?」
お前もかよ!
いやまあそんなこと言われたら理性保てる気はしないんだけども……って、違う!!
「エミリーさん! そこまで言ってないです!!」
……ですよねー。
うん。俺、分かってた。
そうだよな、俺とノエルは単なる弟子と師匠ってだけでそれ以上でもそれ以下でもあるはずがない。
そうだよ俺、何期待してるんだろう。馬鹿じゃねーの?
なんてダウナーに入りそうになっているとノエルが慌てて付け足す。
「い、いえ! 師匠が嫌いだとかそういうことじゃなくてですね!?」
「あーいーよいーよ。あれだろ? 『まあ、悪い人じゃないよねー』で終わるパターンだろ? 分かってる分かってる。うん、俺分かってるから」
「ち、違います!!」
ノエルの弁明を聞き流しながら三角座りに移行する。
最終防御形態である。
打撃以外には案外高い防御力が期待できるかもしれない。
一定以上の相手ならただの的だけど。
「もう! 師匠、聞いてます?」
「きーてまーす」
膝に顔を埋めながらおざなりに返事する。
「全然聞いてません! もう……。それで、本当に婚約、されるんですか?」
「本当にかどうかは知らないけど、婚約発表みたいなのはする。この牧場ができたあとなー。まさか他国のお姫様を宿屋で匿う訳にもいかねーだろ」
でもなんか、もうどうでもいいかなとか思ってるけどね!
思ってもそんなこと絶対に言わないけど。
二人もの人間の人生預かる訳だからそれなりにしておかないとね。
……自分の人生もしっかりできてる気、しねーけど。
「それだと、お姫様がいらっしゃったら私達に使うような時間なんてなくなっちゃいます、よね?」
ノエルがめちゃめちゃ不安気な声でそんなことを言った。
あー、見かけは婚約者だもんなー。そうなっちゃうのか……な?
…………ん?
妙な違和感を感じてのろのろとノエルの方に視線を向ける。
「っ!?」
じっ、と、不安そうに、上目遣いで俺を見つめるノエルと目が合って思わずびくついてしまった。
「……いや、お前何言ってんの?」
「でも……」
「んな訳ねーだろ? 俺からすりゃあの二人匿うのもお前に魔法教えるのも似たようなもんだぞ? 途中で放り出す気なんてねぇよ?」
ほんと、この弟子は俺のことをどんな風に見てるんだろうか。
やっぱそんなに軽いヤツに見られてたりするんだろうか……するんだろうな。
そうでもなけりゃこんな質問してこないだろうし。
なんというか、溜息が出た。
「ってかお前、もしかしてそんなこと気にしてたのか?」
「そ、そんなことって……」
「弟子に取った以上、一人前になるまで放す気はないぞ? まあ、お前の方がもう良いって言うなら無理強いもしないけど」
「そんなこと言いません!」
「なら、一人前になるまで面倒見てやるよ」
言いながらノエルの頭に手を乗せる。
ついでに防御形態を解きながらノエルの頭を撫でた。
そんな時である。
きぃん、と、リイン・カーネルからの魔力干渉の音を聞いた。
「……すまん、通信だ」
ノエルの頭から手を戻し、リイン・カーネルを取り出す。
『『メルカーナの英雄』、タクト・アマリ殿。ニトルトリア連合王国国王ヨリ、面会ノ求メアリ』
「……切れたな」
なんというか、他所から飛んでくる通信ってこんな感じらしい。
投げっぱなしとかそういうレベルじゃない。
「ニトルトリア、ですか」
「ああ。次はどんな無理難題吹っかけられるのかねぇ?」
用があるならそっちから来やがれ、なんて言った日には……うん、とんでもないことになりそうだな。
大名どころか国王行列でもできそうな予感すらする。
それが冗談じゃ済まないんだから本当に冗談がキツい。
なんて愚痴を心の中で零しつつ、ひとまず溜息を吐いておいた。
「それじゃ、ちょっと行ってくるよ。二人とも、無理せず魔力の制御をメインでやるように」
「ん」
「はい……」
二人が頷くのを見届けて、とりあえず一っ走り行ってくることにする。
今回は……ああ、そういやニトルトリアまでの道どころか王宮の場所すら知らねーや。
誰か連れて行くか、もしくは現地で道聞きながら行くか……それとも、さっきからこっち覗いてるヤツら縛り上げて場所吐かせるか、か。
どれも悩ましいな。
「ノエル、エミリー。ニトルトリアの王宮の場所とか分かるか?」
「分かりません……すみません」
「ギルドマスターなら知ってるはず」
ふーむ。
んー、ニーナを連れて行くとなると、残留メンバーの指揮官はクローディアと薫のツートップになる訳か……。
まあ、アイツらなら無茶しないだろうしそれでも良いか。
「ああ、そうだな。ニーナ連れて行くか」
ついでにニーナならある程度俺と並走できそうだしな。
うん、そうしよう。
「さんきゅ。それじゃ、行ってくるよ」
二人に適当に手を振りながら扉に向かう。
……この前窓から飛び出したのがエミリアにバレて怒られたんだ。
流石にこの短期間で同じ失敗は繰り返したくない。
そんなことを考えながら歩く俺の背に、二人の声が届いた。
「あの、お気をつけて」
「お土産期待しておく」
苦笑しながら手を振っておく。
ノエル、気をつけるもなにも俺が危ないと思うような生き物なんてそうそう出ないって。
休憩小屋兼奴隷達の住居から出ると、いつも通りクローディアと薫が模擬戦をしていた。
都合よくニーナが休憩中のようだ。
「ニーナ。ニトルトリアの王宮がどこにあるかとか知ってるか?」
「知っとるもなにも、冒険者ギルドの第一支部はニトルトリアにあるからの。二つ名持ちの冒険者なら誰でも一度は行くことに……ああ、そういえばウチの『竜殺し』は召集にも応じなかったんじゃったか」
ん、ニーナお前それ初耳なんだけど?
「召集なんてかかってたのか?」
「ああ。十日前……丁度ワシらが王都に向けて馬車で揺られてた頃じゃの」
……これは、ある意味いつも通りのギルドマスターの怠慢ってヤツじゃないのか?
一発拳骨落としておくべきだろうか。
俺が右手をぐっと握ったと同時に距離を置くニーナ。
…………いやまあそれくらいの距離あってないようなもんなんだけどね?
なんて思いつつ、若干涙目で手をこちらに向けてくるニーナに毒気を抜かれた。
「王族の召集の方が優先じゃよ流石に! それに、普通シュトライトとここまでを日帰りで往復するヤツなんぞおらん!! 次の新月までに行けば十分なんじゃから、落ち着いた頃に教えてやろうと思っとったんじゃよ! ほ、ほんとじゃぞ?」
「……まあ、良いや。ちょっとニトルトリアの国王に呼ばれててな。そのついでに行けば良いだろ。って訳でニーナ、案内頼めるか?」
「ああ、いや、うーん、案内するのは構わんのじゃが……」
やけに歯切れ悪いなニーナ?
もしかしてニトルトリアに行き辛い事情だとかそういうのがあったりするんだろうか?
……ニーナの故郷だろうヴァルディアが行ったドワーフの集落はもっと南側にあるハズだ。
んー、さっき言ってた冒険者ギルドの第一支部で騒動でも起こした、とかだろうか?
あれ、でもなんで支部から召集なんてかかるんだ?
よく分からん。
「そういえば冒険者ギルドの本部ってどこにあるんだ?」
「……ああ、そういえば主はそういうヤツじゃったな。道すがら教えてやろう。その前に……酒、買ってきて良いか? 今の手持ちじゃと行きの途中で干からびてしまう」
「…………ああ、俺も買っておくか」
何か事情があるんだろうか、なんて考えて損した気分になった。
この能天気ロリババアにそんな面倒なものがあるはずもなかった。
気晴らしに久々の買い物にでも行ってからニトルトリアに向かうことにしよう。
そんなこんなで、結局酒樽用に新しい魔法の鞄まで買ってニトルトリアに向かうことになったのだった。
◇ ◇ ◇
ニトルトリアへの道すがら。
俺とニーナの二人だけだし、走った方が早いだろうと街道沿いにぶっ飛ばしてニトルトリア王都近郊まで来ていた。
なんというか、メルカーナの王都より近い。
多分、東京名古屋間くらいだろうか。
ペース配分さえ間違えなければニーナでも余裕で一日で走破できる距離だった。
にしても……マジピクニック気分だわ、ニーナと二人だと。
互いに援護のことなんて考えなくても良いし、大抵の魔物は逃げていくし。
たまに襲い掛かってきたところでそのまま轢き殺して行けば良いだけだしな。
一応倒した魔物の核と換金率が良さそうな部位は剥いで来てるけど、それにしたって俺の剣で一瞬でバラす訳だからほとんど時間のロスにならない。
そんな訳で、そろそろ日が落ちることだし近くの広場で野営することにしたんだ。
あと一時間も走ればニトルトリアなんだけど、なんというか折角のピクニック気分だしキャンプしようぜ! ってノリで野営することに決めた。
位置は大体覚えたし、帰りは転移魔法で一瞬だからな。
移動速度が速いというのも、旅の醍醐味を味わうという意味では考え物である。
閑話休題。
今は焚き火の前にプライムベアというらしい魔物の肉の串刺しをかざしながらニーナと二人して酒を煽ってるところだ。
「おお、そういえばタクトは冒険者ギルドの本部がどこにあるか知らんのじゃったな」
「あー、そういえばそうだな。で、どこにあるんだ?」
「どこにあると思う?」
人が悪そうな笑いを漏らしながらそんなことを聞いてくるニーナ。
酒取り上げてやろうかこの酒漬しロリババア。
つっても、わざわざそんなことを聞いてくるってんなら普通考え付かないような場所にあるんだろうな。
んー、空の上か、海の底か、ダンジョンの奥だとかだろうか。
もしかすると火山噴火に巻き込まれた、とかかもしれない。
もしそうならこれから心の中で冒険者ギルドのことをポンペイギルドと呼ぶことにしよう。
うん、意外性って意味だとやっぱダンジョンの奥にあるんじゃなかろうか。
冒険者になるために冒険者になってから登録しに行かないといけない、的な。
本末転倒な感じが実に気に入った。
「ダンジョンの奥とかか?」
「主、たまにとんでもなく馬鹿なこと言いよるの」
呆れたようなニーナの顔。
うん、自分でもないと思ってたよ。
「で、どこだよ?」
「あそこじゃ」
言いながら空を指差すニーナ。
あー。
なんというか、思ったより意外性がない。
うん、どう見積もってもちょっと行き来に不便だな、って程度だ。
「へぇ。案外普通だな」
「普通っ!? っくく! そうか! タクトにして見れば空の上なんてのは普通か!! あっははははは! こんな馬鹿ははじめて見たぞ!」
「うっせー。空の上くらいならその気になりゃ行けるヤツは行けるだろ」
ああでも、高度にもよるか。
大気圏の更に上だと厳しいかもしれん。
……んー。月まで、とかだと今の俺じゃ厳しいだろうな。
魔力がもつかどうかって意味で。
「ふう、ふー。タクト、主はワシを笑い死にさせるつもりか?」
「あー。ある意味理想的な死に方かもしれんな」
苦しそうだけど、案外悪くない死に方じゃなかろうか。
わりと冗談抜きでそんなことを考えてみる。
俺はできれば腹上死が良いな! 相手、いないけど!!
そんなことはどうでも良いか。
「にしても、空の上ねぇ。本当なのか?」
「さあの。本当に行ったことがあるヤツなんぞおらん。なんでも、月から下りてきた者が魔物退治のために作った自衛団が冒険者ギルドのはじまりらしいぞ」
ほー。
月から下りてきた、ねぇ。
どこかで聞いた話がアメリカンアレンジされたような話だ。
どの部分がどこかで聞いたのか、どの部分がアメリカンアレンジかは伏せるとして、だ。
「そりゃまた、えらく眉唾な話だなぁおい」
「じゃのう。こんな話を信じとるやつは一人もおらん。それどころか、最近の若い冒険者は知らん者も多いじゃろうな。聞くところによると、発足当時から『ギルド』を名乗っとったらしいぞ」
「……そうか」
ギルドの発足人、もしかして日本人じゃねぇだろうな?
なんとなくそんな気がする。
まあ、どうでも良いか。
「月に本部が、ねぇ。そのうち見てくるのも良いかもな」
「っくく。無茶言いよるの」
「無茶でもねーだろ。多分……ああ、いや。んー。そうだな、ドラゴン五十匹ぐらい倒せばそれくらいの魔力は用意できるんじゃないか?」
サキュバスクイーンだとか言いそうになった。
あのお姉様の魔力の量なら多分月と行き来くらいは普通にできると思う。
で、俺がそのレベルまで魔力の量を上げようと思ったら最低でも五十はドラゴンを倒さないと無理だろう。
「主、正気か?」
どうかね。
酒飲んでるし、最近はそんなに解毒しないようにしてる。
周りは酔ってるのに俺だけ素面ってのもツラいからだ。
もしかすると、ちょっと酔ってるのかもしれない。
「んー、ちょっと飲みすぎたかもな」
「それこそ冗談じゃろ、っと、焼けたぞ。食ってみろ」
「おー、さんきゅ」
早速プライムベアだとか言う魔物肉に食らいついてみる。
途端に、少し脂っこい肉汁がじゅわっと口の中に広がる。
その油に溶けている塩と胡椒が無性に酒を煽りたくさせる味わいだ。
ぐっと濃い塩味の下に、これでもかという肉の存在感。
歯ごたえはあるのに、程よく歯でちぎれていく絶妙な弾力が素晴らしい。
食感に感心して咀嚼する毎に、奥から奥から肉の味が溢れてくる。
ああ、これは美味い。
「……美味いな」
「じゃろ?」
そこからしばらく、俺もニーナも無言で肉を頬張っては酒を飲み下していく。
あー、程よく運動した後に食う肉ってのはなんでこんなにも美味いのか。
「ああ、沁みる」
「くくっ、沁みるか。確かに沁みるの」
思わず呟いた感想が気に入ったのか、ニーナは沁みる沁みると連呼しながら食い進める。
そうそう、こういうのだよ。
手放しで美味い物ってのはこうじゃないといけない。
肩肘張らずに、好きなだけ食って好きなだけ飲む。
シュトライトで食った飯も悪くはなかったけど、やっぱり俺にはこういう食い方の方が性に合ってるなぁ。
なんてことを考えながら、熊肉と夜空と、ついでにニーナの昔話を肴に夜更けまで酒を飲み続けた。




