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このろくでもない世界で  作者: Glass-holic
風の通り道
36/89

第28話 美少女と野獣

 食後、ソフィリアに誘われるがままに午後のティータイムと洒落込んでいる。


 ……あの後、結局薬入りの料理を三皿食わされた。

 そりゃそうだろう、カルフの皿に一服盛られていることを知りながら止めなかったんだ。

 自分の皿に一服盛られてるからって、どうやって止めりゃよかったのか。


 メインで俺とアンリの料理両方に薬を盛ろうとした時には、ちょっとばかり威圧を送って制止したが。


 とりあえず、薬効を強化する魔力だけ解除すればただの薬だ。

 その程度、有り余る魔力で簡単に中和できてしまう。

 まあ、薬を盛られてる料理を食わされるってのは精神的に辛くはあったが、そこは自業自得と思うことにしておいた。

 まさかそんな料理をアンリに食わせる訳にもいくまい。


 そんな食事中、料理に仕込まれた仕掛けを解除する度にソフィリアの目の輝きが強くなっていくことには当然気付いていた。

 同時に、俺の中で嫌な予感が猛烈な勢いで強くなっていくことも。

 毎度毎度手を変え品を変えて盛られる薬入り料理を食いながら、どうしたものかと思案しても解決策なんてのは見つかるはずもない。


 薬効を強化する魔力を解除したとしても、タイラントすらどうにかしてしまうような薬物を食って平然としていた俺はソフィリアの目にどう映ったものやら。

 どうやら新しいおもちゃが見つかったとでも思ったのか、薬が徐々に徐々に強くなっていっていることを解析しながら理解していた。

 最後の一皿に到っては、普通の冒険者程度なら死にかねないレベルの薬物……もはや毒物の類だったことを記しておこうと思う。

 つっても、前の世界の薬物と比べれば一皿目の薬物ですら既に一般的な人の致死量は大きく上回っていた訳だけど。


 閑話休題。


 どうやら俺は、厄介な相手に目を付けられたようだ。

 それも、二人も。

 まあ、片方は未だにぐーすか眠りこけている訳だけど。


 で、問題のもう一人を改めて眺めてみる。


 よく手入れされているだろう銀の髪は編み込まれたサイドアップだ。

 恐らく髪を解けば腰より少し長いくらいに髪を伸ばしているだろう。

 艶やかな銀髪は光を受けて、時折虹色に煌いている。

 白く細やかな首筋が、髪の隙間から垣間見える耳元が、歳不相応な色気を放っている。

 アメジストを思わせる紫の瞳は眠た気に細められ、元は鋭いだろう目元から棘を奪い去っている。

 思いの他、細やかながらも凛とした眉、高い鼻、色味は薄いが形の良い唇。

 幼いながらも、表情さえ普通にすれば驚く程に大人びた魅力を放つだろうことを予感させる。

 ……もっとも、なんというか覇気のない表情が歳相応の顔を作り上げているのだが。


 ふとアンリの方を盗み見る。

 ……うん、なんだろうね。

 どこが、とは言わないが、アンリと張り合えるくらいに育っていると思う。

 どこが、とは言わないが。


 ある意味ルーミィとは対極に位置する美少女だ、そんな感想に落ち着く。

 二人を並べれば、互いが互いの魅力を引き立てあうような予感がする。

 そんなことを考えながらも、なんとソフィリア手ずから淹れられた紅茶っぽいティーカップを受け取る。

 片や薬物入り、もう一方は普通の茶だ。

 当然のように普通の茶をアンリに渡す。


「……ありがとう」


 ソフィリアに、奥歯に物が挟まったような謝辞を告げる。

 というか、薬物入りの茶を受け取って素直に礼なんて言える訳がなかった。

 それも、これまでで一番強い毒が盛られていることくらい既に解析している。

 多分、この毒は気合を入れていないと俺でも危ない種類の毒だ。

 飲む前から血清魔法を体内で循環させる。


「ソフィリア、さすがに――」

「ソフィ」


 流石に文句を言おうと声を上げると、ソフィリアの短い声に遮られた。


「ん?」

「ソフィ、と呼ぶことを許す」

「……そりゃ、どうも」


 言葉こそ少ないが、ルーミィと似たようなことを言い始めるソフィリア、改めソフィ。

 これで『ソフィリア』なんて呼べば、混入される毒のランクがもう一つ上がることだろう。

 そうなってくると、流石に魔力の回復量より消費量の方が上回ってしまうことになる。

 そんなことになれば、今日はもう泊まるしかなくなってくるんじゃなかろうか。

 そんなこんなで、とりあえずこの小さな暴君の要求に従うことにする。


「ソフィ、流石にこうどれもこれも薬入れられると落ち着いて味わえないんだけど?」


 これで良いか?

 そんな感情を混ぜながら苦言を呈してみる。


「それ、薬じゃなくて毒」

「余計気分悪いわ! 効かないけど、次から普通の茶を出してくれると助かるんだが」


 開き直る皇女に思わず声量が大きくなってしまった。

 落ち着け、相手は十やそこらの女の子だぞと努めて声を抑える。


「うん。無駄遣いはもうやめることにする」

「ああ、頼むよ」


 仮にも客人に毒を飲ませてそれを無駄遣いと言い切る神経にある意味関心してしまった。

 もう、何も言うまい。

 とりあえず薬物改め毒物入りの茶を飲み干す。

 にしても、無味無臭の薬物毒物だけでも結構な種類があるもんだな、なんてことを考えながら、体中に循環させていた血清魔法が毒物を消し去る感覚を味わう。

 なんというか、むず痒い。

 解毒ってこんな感覚だったのか、なんて心中呟きながら、改めて淹れられた普通の茶をソフィから受け取る。


 ……良かった。

 無駄遣いをやめるという言葉が一番強い毒だけ試すことにするって意味じゃなくて本当に良かった。

 そんなことを思いながら、久々に口にする安全な(・・・)食品に胸を撫で下ろした。


 当然のように解析は止めない。

 もう一つ、油断したところで毒を盛ることにするという意味ではないかという疑いは晴れていないんだから。


「……毒入りって知っててよく飲めるわね」


 アンリの今更な突っ込みに思わず苦笑する。


「いやいや、相手の国で、しかも皇女から出された物を断るとか流石にできねーだろ?」

「恐れながら、お申し付け頂ければすぐに替わりを用意致しましたのに」


 後ろからそんな言葉が飛んできた。

 見れば、呆れ果てた顔の侍女さんがこちらをじっと見つめていた。

 今まで気を揉んでいたのはなんだったのか……どっと疲れた気がして、思わず盛大に溜息を吐いてしまっても仕方ないことだったと思う。



 ◇ ◇ ◇



 しばらくソフィの淹れた茶を楽しんでいると、カルフが目を覚ました。


「……俺は…………。そうか、食事中に眠ってしまったのか」


 目覚めると同時に、即座に記憶を手繰り寄せたカルフ。

 ただ、一服盛られただとかそういうところの記憶はないらしい。


「恥ずかしいところを見られてしまったな。それ程疲れていたとは……自身の体調にすら気付けないとは、精進が足りん証拠だ」


 いやお前妹に薬盛られただけだからね?

 そんな言葉は当然じっと見つめてくるソフィの目を前に言えるはずもなかった。


「まあ、気にすんなよ。昨日俺らが帰った後にもいろいろあったんだろ?」


 そんな言葉でお茶を濁しておくことにする。

 事実俺から見ても明らかにオーバーワークどころか眠る時間すらなかったんじゃないかとか疑っている訳だし。

 セキサ公爵の後始末だとか、具申陳情申し開きの処理に反抗勢力の取り押さえ、取り壊す家の後釜の確保だとかもろもろをたったの一日で済ませてしまっている。

 まあ、それと同じくらいに二、三日寝ない程度でそんな無様を晒すような可愛い生き物じゃないってのも確信してるけど。


 閑話休題。


 魔力の回復具合を見てみる。

 概ね八割程度まで魔力が回復していることを理解する。

 今回シュトライトまで出張っているのは俺とアンリだけだ。

 二人だけなら、なんならミゼルまで直接飛ぶってこともできる気がする。

 そろそろリイン・カーネルだかって通信用の魔道具を貰ってさっさと退散することにしようか。

 そんな結論を出して、カルフに声を掛ける。


「そろそろ魔力も回復してきたし、帰ろうと思う。通信用の魔道具ってもう準備できてるか?」

「そうか。少し待て」


 そう言いながら、カルフは手近にいた執事にリイン・カーネルの準備がどうなっているか確認している。

 そんなカルフを他所にソフィが話しかけてきた。


「もう帰るの?」

「ん? ああ、ここでの用事も終わったしな」


 用事自体はとっくに終わっていたんだが、肝心の帰るための魔力が残ってなかったんだ。

 その回復もそろそろ良いだろうという頃合である。

 ……ぶっちゃけ、ここよりエミネムのオッサンの屋敷の方が休まったような気がするのは言わないのが華ってやつだろうか。


「牧場、できたら見に行くから」

「ああ、いつでも来い。完成したらカルフに伝えるよ」


 そして存分に『もふもふ』してその物理的な毒素をちょっとでも抜くことをオススメしたい。

 今後シュトライト皇族の食卓に招かれるかもしれない人たちのために。

 そんなことを考えながら、とりあえず適当に別れの挨拶でも済ませておくことにした。


「って訳で、ソフィリア姫。元気でな」

「ソフィ」


 ソフィが自らの呼称を訂正した瞬間だった。

 突風にも似た圧力を感じて咄嗟に戦闘態勢を取る。

 無意識に側にいたソフィとアンリ、それにメイドさん数人を守る魔力の障壁を展開していた。


「……聞き違いか? タクト。ソフィは今何と言った?」

「……何言ってんだお前」


 圧力、いや、殺気が滲んだ威圧感の中心点にいるカルフへと目を向ける。

 咄嗟に剣へとやっていた手を一先ず離す。


「何故ソフィはお前にそう呼ぶことを許している?」

「知らん。本人に聞け」


 俺の言葉に従い、ソフィへと目を向けるカルフ。

 当のソフィはそ知らぬ顔でそっぽを向いた。

 ……障壁にかかる圧力が増した。

 おーい、なに豹変してんだこの野郎?


「俺以外にソフィと呼ぶ者はいないのだぞ……」


 そんなカルフの呟き。

 俺でなければ聞き逃していただろうその言葉をはっきりと聞き取り、思う。

 知らんがな、そんなもん。


「ソフィはな、少しばかり前まで『お兄様と結婚する』と俺の後を着いて回っていたのだ」


 だから、そんなことは知らないし聞きたくもねぇよ。

 そんな俺の心の内なんてものは知ったことじゃないとばかりに続けるカルフ。


「まさか貴様……ッ!!」


 何かに気付いた様子のカルフが目を見開く。

 これが漫画なら間違いなく効果線が大量に書き込まれるだろう気迫が見て取れるその所作は確実に無駄だと思う。

 そして向けられる、肉食獣だとかそんなものと比較にならない眼光。

 ああ、やっぱりお前って……なんて、今まで考えないようにしていたことを意識の上に引きずり上げるだけの殺気が篭っていた。


「お前に妹はやらんッ!! 『メルカーナの英雄』タクト・アマリよ! 俺と決闘しろッ!!」


 吼えるカルフ。

 多分世界的に見て準最強って次元に達しているだろう史上最強のシスコン野郎を前に、俺はどうしたものかと頬をかくことしかできずにいた。


 なんつーか、茶番なら是非俺がいないところでやって欲しい。

 そんな現実逃避をしながら。



 ◇ ◇ ◇



「今日ここでッ! 貴様を亡き者にしてくれるッ!!」


 吼えながらバルディッシュと呼ばれる斧のような武器を軽く振るうカルフを前に、どうしたものかと眉間に皺を寄せる。

 一先ず、相手を観察してみることにする。


 武器は……二メートル五十センチはあろうかという異形のバルディッシュだ。

 もう、この時点で正気の沙汰じゃない。

 確か前の世界でのバルディッシュといえば、長さは一メートルと五十センチ程度が相場だったはず。

 そんな柄に、六十センチ近い斧頭を装着した武器がバルディッシュだったと記憶している。

 その程度の長さでも、人を真っ二つにカチ割ったなんて逸話があるくらいに剣呑な武器だったのは気のせいだったと思いたい。


 それが、カルフが握ってるアレはなんだ?

 どう見てもカルフの身長よりも長い柄に、どうみても人が振り回せる重量じゃない斧頭が付いている。

 というか、どう見ても斧頭が一メートルの大台に乗っているように見える。

 それを軽々と振るうカルフは、なるほど様になる。


 ……あれ、当たったら俺でも洒落にならないことになるんじゃないのか?

 そんな嫌な予感がひしひしと強くなっていくのを感じる。

 つか、アレなら凍らせていないドラゴンの首すら落とせる気がする。

 仮にその目測が正しければ、カルフの攻撃力は軽く俺を上回っていることの査証に他ならない。


 あ、アレ当たったら俺でも真っ二つだわ。

 そんな結論に落ち着いた。

 俺自身防御よりも攻撃に重きを置いていて、自身の攻撃ですら防ぎきれるはずはないと断じている部分があるんだ。

 そんな俺に、俺の攻撃力を超えるだろう攻撃に耐える力なんてものが存在するはずはなかった。


 なんでこんなことになったのか。

 天を仰ぎたい心持と、元凶を睨み付けたい気持ちの二つに挟まれて、弱々しくソフィとアンリの二人へと視線を送る結果になった。

 どうせなんとかするだろうとでも思ってそうな気楽なアンリの顔。

 ああ、なんとかなると良いね!

 そんなことを思いながらもう一人の少女へと目を向ける。


 ……見た目はいつも通り興味なさ気に、しかしその実興奮に逸っているだろうソフィの目が俺を見つめていた。

 うん、表情は普段とそう変わらないのに目に眠気っぽいものがなくなってる。

 いかにも澄ました顔、のように見えるそれは実はそんなことはないってのが手に取るように分かる。


 読み取ったソフィの心境を言葉にしてみよう。

『兄様は一度痛い目を見て、そろそろ妹離れするべき』

 そんな実の兄に向ける熱い想いがあった。


 ……俺は、アレか。あの気炎を吐いているカルフに痛い目を見せないといけない訳か?

 ギラギラとした目を俺に向けてくるカルフへと視線を戻し、溜息より先に泣き言が口から漏れた。


「……帰りたい」


 そんな俺の声は辺りを埋め尽くすギャラリーの歓声に掻き消される。


『ワァァァアアア!!』


 多分言語化すればそれが一番近いだろう音の波が腹に響く。

 いやマジで冗談抜きに、本気で逃げ出したくなってくる。


 この舞台の発起人、カルフに恨みを込めた視線を送ると、勘違いしたカルフが口上を述べた。


『『メルカーナの英雄』、『竜殺し』よ! この『戦斧の獅子』が斧捌きを受けるが良いッ!!』


 言い終わると同時により高らかに響く割れんばかりの大歓声。

 あー、これ、俺も何か言った方が良いのか?

 妙な義務感に囚われて、とりあえず返礼することにする。


『『獅子』が『竜』にどう噛み付く? 自慢の斧を叩き折ってやるッ! かかって来いッ!!』


 あっれー?

 俺はなんでこんな煽るようなこと言っちゃってるんだろう?

 そんな俺の疑問など露とも知らないことだろう観客の歓声は高鳴るばかりだ。

 仕方ない、マジで斧を折って終わりにしよう。

 そんなことを考えながら、腰に佩いた剣を解き放つ。


 カルフは不敵にも獰猛な笑みを深くしながら俺を睨みつけている。


 歓声の合間、僅かに見つけた静寂が戦いの合図だった。


 俺とカルフ、互いが同時に距離を詰め始める。

 速度は俺が上、だろう。

 そこで負けたらこの戦い、本気で洒落にならない。

 分析しつつ速度を調節する。

 闘技場のど真ん中、一度目の接触はその場所が最適だろう。


 カルフの足が一際強く地を踏み抜いた。

 既に初動が始まっている横薙ぎの一撃を見て取る。

 距離は、あと二歩分。

 六メートルってところだろうか。

 カルフからすればあと一歩程度ってところか?

 そんな距離から大振りしてどうする。


 すこし落胆している自分に気付かないフリをしながら懐に入り込むことに決める。

 この勝負、カルフが斧を振り抜く前に宣言通り斧を叩き折って終わりだ。

 それだけ考えて一歩を踏み出し――、




 全身を覆う悪寒に、全神経を非常時のそれに塗り替えた。




 目の前に斧頭がある。

 は?

 いつ?

 どうやった?

 そんな疑問が頭を()ぎるよりも早く右手に持った剣は下からその斧頭を打ち上げている。

 身体を反らせ僅かにできた活路へと身体を滑り込ませる。


「ッ!! っは! 冗談キツいぜ!!」

「それはこちらの台詞だッ!!」


 剣を振り抜いた勢いで回転、カルフの頭を狙った回し蹴りはカルフの右腕に遮られていた。

 構わず蹴り抜き、反動で距離を置く。

 その空中、振り抜いたはずのバルディッシュは取って返して俺に迫ってきている。

 ああ、そう来るだろうさ。


 もう一合。

 先ほどとは打って替わって俺が上、カルフが下の斬撃同士が邂逅する。

 迸る爆風が観客を飲み込み駆け抜ける。


 その衝撃で今度こそカルフから距離を置いた俺は、とりあえず今の今まで侮っていたカルフの実力を自分と同等以上というところまで上方修正した。


「馬鹿力が。肩がイカれるっての」

「並みの戦士なら余波だけで細切れになっている。お前はどういう身体の造りをしているんだ?」


 そりゃこっちの台詞だっての!

 にしても、二度目の剣戟、その衝撃は相当に危なかった。

 本気で肩が抜けるかと思うような重み、確実にドラゴンの初動(・・・・・・・)よりも重い攻撃をコイツは放ってきた。

 直撃してないから正確なところは分からないが、下手しなくてもこの前のドラゴンよりカルフの方が強いんじゃないのか。

 そんな馬鹿げた評価すらしてしまいそうになる。


 頭を空っぽにして状況を整理する。

 一度目の衝突を終え、互いに奇襲が失敗した訳だ。

 僅かな均衡、互いに突破口を探る駆け引きの最中。

 ますます加熱する観客たち。

 歓声以外に何も聞こえるはずがない空間で、不思議と互いの声だけは拾えていることを疑問に感じつつも無視する。


 とりあえず、この戦いの勝利条件を確認することにしよう。

 一つ目、カルフの武器が壊れるまで打ち合う。

 馬鹿げてる。

 これは却下だ。

 あのバルディッシュより先に俺の身体が壊れるだろう。

 一度剣を合わせたから分かる。

 カルフは治療しながら戦える程甘い相手じゃない。


 二つ目、懐に入って武器を壊す。

 これも下策だ。

 完全に死角から蹴り抜いた奇襲をガードされてる。

 斧だけじゃなく、格闘も俺と同等程度には扱えることだろう。

 そうなりゃますます懐に入るのが有利に思えるが、そこは経験の差で容易に埋めてくるって結果しか見えない。

 その差を埋めるまでインファイトって手もなくはないのかもしれないが、正直あの怪力と殴りあうなんてのは真っ平ごめんである。


 三つ目、アウトレンジから魔法で削り続ける。

 安全策ではある。

 ただ、そんな分かりやすい前衛潰しに何の対策もしてないなんて甘いことは考えられずにいる。

 なんなら、放った魔法を打ち返すくらいに理不尽なことをしてきそうな雰囲気すらある。


 さて、どうしたものか。

 一通り考えて分かったことがある。

 手詰まりを感じて、何を思っているのか、何を感じているのか、今までになく高揚している自分自身に気付く。

 考えるのが馬鹿らしくなった。

 目の前には相も変わらず獰猛な笑みを浮かべる猛獣の姿。

 どうしようもなく馬鹿らしくなった。

 今、俺自身も似たような笑みを浮かべていることに気付いてしまったからだ。


 やりたいようにやろう。

 いつも通り、簡単だ。

 策もなく、考えもなく、とりあえずカルフに向かって走り始めている自分の脚に向けて野次を飛ばす。

 もっと速く動けるんだろ?

 何手加減してんだよ。

 カルフの斧と打ち合う腕を嘲る。

 もっと上手く受け流せるんだろ?

 何ビビってんだよ。


 他人事みたいに偉そうな講釈を垂れ流している自分自身に問う。

 もっと戦ってたいんだろ?

 何気付かないフリしてんだよ。


 目の前で、嬉々として斧を振るうカルフに思う。

 俺と戦いたかったんだろ?

 余計なことは全部忘れて、精々楽しもうぜ!


 自分の中で何かが切り替わる音ってヤツを聞いた。

 いや、聞き逃していたそれを理解した。

 他の誰でもない、この場で俺とカルフの二人が一番この戦いを楽しみにしてたんじゃねーか。

 そんなことに気付いて、楽しくてしょうがないこの心持を理解する。

 あー、いつの間にか俺もバトルジャンキー入ってる?

 どうでも良いやと結論を出して、十合目の打ち合いに意識を向けた。


 俺の中で、『剣翁』が、槍が、拳が、『毒刃』が一つの所に集まり始めていることに気付く。


 速度で撹乱する俺と、力と技術で追い詰めるカルフ。

 戦況は次第次第にその形へと落ち着いていく。


 カルフの一手に一手半の速度で俺が対応する。

 その一手を技術で二手に増やして俺の攻撃を潰すカルフ。

 攻防が膠着する度にカルフは力尽くで俺を跳ね除け、俺はそれに乗って距離を置く。


 もう何度繰り返したか、次々と手を変えて襲い掛かる俺をカルフは打ち払い仕切り直し。

 カルフの斧が俺に当たる前に飛び退き振出へ。


 まさに一進一退。

 拮抗する実力者同士の戦いに、観客はいつまでもいつまでも加熱を続ける。

 互いに直撃はなく、しかし互いに小さな傷でボロボロになりながら剣と斧を交える。

 無粋なことにこの剣は、そろそろ悲鳴を上げ始めている。

 それはカルフのバルディッシュも同じことだろう。


 悲しいかな、これじゃ決着が付きそうにない。

 だからだろうか。


雷兎(ライト)


 そろそろ、この戦いに決着をつけようなんて思ったのは。

 その空気を感じ取っただろうカルフも目の色を変える。


「行け」


 雷鳴を響かせながら暴れ狂う三つの電撃を伴い、カルフへと突撃する。

 今まで見せたことのない構えを取るカルフ。

 大きく腰を落とし、ただ眼前の()だけを射すくめる眼光に身震いする。

 いや、歓喜している。

 この瞬間、次の一撃で互いの『最高』を出し合うのだということに。

 カルフが、俺の誘いに乗ってきたってただそれだけのことに!


 三つの雷がカルフに殺到する、刹那。

 その影に隠れて近付いた俺を見切って、カルフは斧を振り抜いた。


 時間が凍りつく。


 俺の胸元、確実に致命傷を生み出す位置を両断せんと迫る斧頭を見切る。


 交錯は一瞬。


 ただの一瞬の内に、この戦いの全てが集約される。


 交差。


 互いに武器を振り抜いた体勢で、背を向け合い、語り合う。


 僅かな余韻。


「見事だ」


 カルフの一言。


 バルディッシュが、砕けた。


 半分融解した剣をカルフに掲げ、宣言する。


「この勝負、俺の勝ちだ」


 今日一番の、一際に大きい歓声が上がった。



 ◇ ◇ ◇



「とまあ、シュトライトの皇太子はめちゃめちゃ規格外なヤツだったよ」

「はぁ」


 気の抜けた声を返す薫を除き、その場で見ていたアンリ以外の全てのメンバーが絶句している。


「その、最後の一撃というのは結局どういう一撃だったんだ?」

「それは、俺のか? カルフのか?」


 気を取り直して、という具合に戦いの顛末を聞いてくるクローディアに、逆に問いかける。


「両方だ」


 ああそう、両方聞きたいの?

 クローディアは欲張りだなぁ。

 そんなことを思いながらとりあえずその『瞬間』を思い出すことにした。


「アレ、アンリも見えてなかったろ? どうせだからちゃんと聞いとくと良い」

「最後どころか、途中からは半分くらいしか目で追えなかったわよ」


 だろうね。

 何をどう間違えたのか途中から俺も全力で戦ってたし。

 ……うん、本当に、何かの間違いだと思いたい。

 俺は目の前でうずうずと目を輝かせているロリババアもといギルドマスター、ニーナとは違う人種なんだと思いたい。

 そんな想いを抱きながら、とりあえずクローディアの問いに答える。


「まず俺が二体の雷兎(ライト)を放った。目くらましだな」

「それは、なんとなく分かる」


 頷くクローディアと、その後ろに陣取っているニーナとリノアに目を向ける。

 ……ついでに、何故だか更にその後ろに控えているクレアとユミエル。

 その隣で戯れつつも俺の話に夢中だと目が語っているルーミィと、リコ、ネミア、イリスたちにも。


「三体目の雷兎(ライト)を使ってな、俺とカルフの間にスクリーンを作ったのさ。俺の姿を映したヤツだ。カルフはそのスクリーンに映った俺を切った。驚いたのは、先に出しておいた雷兎(ライト)二体もまとめて切ったってところだろうな」


 あの野郎、亜光速で動き回る雷兎(ライト)を切って見せたのだ。

 正直それを見て心臓が止まるかと思った。

 いやマジで。


「で、その斧に雷兎(ライト)を纏わせた剣を打ち合わせたのさ」


 何故そんな光景を俺が見て取ったのかって、同じ瞬間、同じ場所に向かって剣を振ってたからだ。

 瞬間的にプラズマ化させた剣で斧を破壊した。

 まあ、思ったよりも崩壊に時間がかかったけどそれはそれってところだろう。

 結果的に、カルフの斧は全壊、俺の剣は半壊、勝負は引き分けで、試合には勝ったってところだろう。


「強かったか?」


 そんなことを聞いてくるのはニーナである。

 とりあえず、頷いておく。


「強いなんてもんじゃなかったな。勝負し始めた時の俺があの一撃を受けてたら、間違いなく今頃死体でエミネム男爵領辺りをこっちに向かってくることになってた」


 癪だから言わないけど、今だって最初から勝負に行けば良くて五分ってところの賭けになるだろう。

 悪けりゃ三対七で俺が負ける。

 にしてもカルフめ。

 何が『俺より強い男をはじめて見た』だ。

 お前の方が強いじゃねーかなんて悪態は絶対に聞かせてやんねー。


 実際試合形式じゃなくて何でもアリの野外戦なら確実に俺の方が強いのは確かだしな。


「ってか、そうでもなけりゃ魔力の使いすぎで一泊するなんてことにはならん」


 結局それが結論である。

 あの後、互いに全てを出し切った俺とカルフは仲良くぶっ倒れた。

 で、夜もまたソフィに毒入りの飯を食わされそうになったってのが今回のシュトライト体験の全てである。


「つー訳で、戦利品だ。今日はパエリアでも作るか!」


 リイン・カーネルをパーティメンバーに投げ渡しつつ、とりあえず先に貰ってきた海産物入りの魔法の鞄ホールディング・バッグを机に置く。


「先輩、作り方知ってるんですか?」


 薫め、無粋なことを聞いてくれるじゃないか。


「薫は知ってるだろ? 任せた!!」


 溜息を吐く後輩を尻目に、さて今日はこの後どうしようかなんて考えながら窓の外を見てみる。

 相も変わらず木槌、金槌、大槌を打ち付ける音を聞きながら、そろそろおぼろげながら見えてきた、牧場の姿を夢想して。

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