第27話 小さな魔女に乾杯を
「はぁああぁぁああ……」
サラタナから聞かされた言葉に、思わず長い溜息が漏れた。
またか。
正直そんな感想しか湧いてこない。
つか、カルフの野郎正気か?
「なんで他国の人間に爵位どうこうの話が出てくるんだよ?」
正直サラタナに言っても仕方ないことではあるんだが、そんな言葉を口にせざるを得なかった。
「さぁ? ただまあ、殿下が錯乱するようなことなんてのは思いつかないし多分本気なんじゃないかねぇ」
サラタナの返答に、もう一度溜息を吐いて答えた。
確かにカルフに限って鬼の霍乱なんてこともあるまい。
アイツはそんなに生易しい生き物じゃない。
「……なら直接蹴りに行くことにするか」
「そうかい」
心底どうでも良さそうなサラタナの反応。
正直ここでサラタナにどうこう言われても困るし、ありがたいといえばありがたい反応だ。
多分、この件はサラタナの領分じゃないってことなんだろう。
そんなことより、だ。
「つか、シュトライトとどうやって連絡なんか取ったんだ?」
気になるのはそこだ。
エルドも結構な頻度で国王と連絡取り合ってるっぽいし、何かしらの道具があるんだろうけど実はそれを一度も見たことがなかったりする。
そんな便利アイテム、気にならない訳がなかった。
特にそういう道具が一般に普及していた世界から流れ着いた俺だとか薫からすれば必需品の一つでもある。
持ってた時には当たり前すぎてありがたみがわからなかったが、なくなってはじめて分かる文明の利器の威力。
こっちの世界じゃちょっとした用事を伝えるのにも直接合いに行くか、手紙でも出さなければならない。
つってもその程度なら今の俺には雷兎がいるしそこまで重要なことでもない。
まあ、雷兎を王都やらシュトライトまで飛ばすのは流石に無理なんだけども。
閑話休題。
あわよくばそういう道具を手に入れられないか、くらいには思っててもどこもおかしくはないと思うんだよ、うん。
流石にメールやらゲームアプリまでは望まないけども。
「これだねぇ。というかお兄さん、見たことなかったのかい?」
言いながらサラタナが懐から取り出したるはどこぞで見たことのある歪な半円のようなソレである。
「それ……そんなに遠くまで通信できるのか?」
エルドの屋敷で見たことがある、という記憶が正しければ、確かソナーみたいな感じで全方位に魔力を発信して相手を探すような感じの道具だったと思うんだけども。
ここからシュトライトまでとか、どれだけ魔力が必要なのかちょっと分からない。
「いやいや直接は無理だよ? 途中に中継点を置いて伝言を渡すのさ」
あれか、要するに伝言ゲームか。
「それ、途中で中身変わったりしないか? 大丈夫か?」
微妙に不安になってしまう。
「そういうのを避けるために簡単な符号でだけやりとりするようになってんのさ」
なるほど、ある意味面倒な仕組みだが合理的だとも思う。
その点、電波だとかの信号をそのままやり取りできる現代地球の技術という水準には遠く及ばないってところだろうか。
どっちにしても、どうだろうか。
多分パーティメンバー全員に持たせれば雷兎を使う頻度を減らせるには減らせると思う。
必要があるのかどうかは別として。
んー、それ以外にはメイアとアリシア、それにカルフ辺りと連絡取ろうと思ったら持ってた方が良いのか?
持ってた方が良いんだろうな。
よし、今度見かけたら買うことにしようか。
まあ、街では一度も見たことねーんだけども。
「それ、どこで買える?」
「買える訳ないだろうに。こういうのはお貴族様が流出量を制限してんの。下手に商人にでも渡してみなよ。通信量が跳ね上がって重要な情報のやり取りに障りが出ると思わないかい?」
あー、人が中継してるってことはそういう問題も当然あるって話か。
災害直後だと電話が通じないなんてことも前の世界でだってあったわけだし。
つっても、それに対する解ってのもちゃんと用意はされてたけど。
「回線分ければ良いんじゃねぇのか? 貴族用、商人用、ギルド用みたいな感じで」
「回線?」
「あー、まあ良いや。後でカルフに直接言う」
そんなことより、だ。
「アンリも連れて行った方が良いよな?」
俺への褒美どうこうが決まったということは、アンリへの保障も決まったと見て良いだろう。
奴隷契約どうこうの話も一応はしているし、わざわざ足を運ぶともなればアンリは俺とのセットで考えられるだろうし。
「そうだね。アンリとあたしも連れて行ってくれると助かる」
そうそう、ついでにサラタナも。
サラタナは伝言役に連れてきただけだったしな。
「もちろん、サラタナも連れてくよ。それじゃ、もう今から……アンリ?」
今から向かうか問いかけようとアンリの方を見ると、なにやら複雑そうな顔で考え込んでいた。
「……ええ、そうね」
俺に見られていることに気付いて、とりあえずという感じに答えるアンリ。
もしかしなくても、俺がシュトライトの貴族になるかもってことに思うところがあるんだろう。
さて、どうしたもんかな。
「アンリはどうしたい?」
「え?」
『え?』じゃないんだけどね。
思っても見なかった言葉に呆けていらっしゃる。
奇襲に成功せり、ってか。
「代官つーのかな? 代わりに統治やってくれるヤツ見繕って全部ソイツに丸投げするとか、なくもないかもしれんね」
どうせそういうのは素人も良いところだし、仮に爵位だとか領地だとか宛がわれて受け取ったとしても似たようなことになるのは目に見えてる。
もし、アンリが望むようなら……、
「……」
もしアンリが望むなら、多少の面倒くらい抱え込んでも良いんじゃないか、なんて思ってる。
らしくないな、なんて考えながら、静かに俺の目を見つめるアンリを見つめ返す。
しばらく考え込んだアンリが、溜息を吐いた。
「やめておいた方が良いんじゃない? ろくなことにならないだろうし」
ちょっと格好付けようとか思ってたのが見透かされたような気がする。
つか、だからって溜息はないんじゃないかアンリ?
「……そうかい。んじゃ、予定通り蹴りに行くか」
「そうしましょう」
なんつーか、なんとも締まらない。
そんなことを考えながら、ネストアに渡したペンダントを目指して転移した。
◇ ◇ ◇
「カルフ。俺は爵位なんぞいらん。つか、もしそれで受け取るようなら先にメルカーナの爵位貰ってる」
エミネムのオッサンの家でしばらく休んだ俺たちは、今度は雷兎を目印にしてシュトライトの宮廷に乗り込んでいた。
そして、カルフを前に褒美を突っぱねているところである。
つか、この世界の褒美ってのは爵位だとかそういうもんしかないんだろうか。
なんなら一年間毎月特産品贈ってくれるとかの方が嬉しいんだけども。
あ、これ要求してみようか。
「だろうな。タクトには不要だということは重々理解している。だが、これはネイシア家復興のための布石だということ程度はお前も感付いているのではないか?」
うん、気付かない訳ないわな。
めちゃめちゃ露骨過ぎる意味不明な流れでの叙爵話だし。
「それは理解して……まて、それって…………」
「どのような代償を払ってでもネイシアの娘を奴隷から解放する。そしてタクト、お前の妻として迎えさせる腹積もりだ」
…………話している間に気付いた今回の叙爵話の意味に間違いはなかったらしい。
いやいや。
「いやいやいやいや、それは俺とアンリの問題だろ!? お前何言ってんの!?」
ふと見ると、アンリは顔を真っ赤にして俯いている。
えーっと、いやアンリ、お前も何か言えよ!
「新たに家を興すようなものだ。それがシュトライト全体に影響を与えない訳がなかろう」
いやそりゃ聞けば聞くほどそうなんだけどさ!
そうじゃないだろ!?
「それで俺かアンリが首を横に振ったらどうすんだよ!?」
「ふむ……奴隷になった年頃の女がどのように見られるか、など分からぬ訳ではあるまい?」
「うがー! そりゃ、分かるけど! 分かるけど俺はそういうの一切やってねーから! 服のまま抱き合ったくらいだぞ!?」
「それを誰が信じる?」
あ、ダメだコレ詰んでる。
ってか、アンリがだんだん赤く小さくなっていくってのはこれ、いろいろきついんだけども。
「『英雄』ともあろうものがまさか女子供の一人や二人の面倒も見られんとは言わせんぞ」
現在進行形で女子供を四十人近く養ってます。
ってそれは関係ねぇだろ!?
「見れるけど、見れるけど!! アレだ、アンリにだって選ぶ権利ってのはあるだろ!?」
「奴隷にか?」
「だーからお前が奴隷から開放するんだろ!?」
「まあ、そうだが、そもそも『元奴隷』の子女を好き好んで娶ろうとする貴族などおらんのだ。ネイシアを復興させるためにはお前を貴族に仕立て上げるしかない。それとも何か? お前はその娘を好かんとでも言うのか」
「んな訳ねーだろ! それならそもそも助けてねーよ!」
って、あれ?
今俺何言った?
カルフがにたりと口を歪める。
「なら問題なかろう。その娘もお前のことを好いているようだぞ」
「えっ!?」
カルフの言葉に思わずアンリの顔を覗き込んでしまった。
真っ赤になりながら涙目で睨みつけてくる。
これ、え、嘘だろ?
カルフの方を見てみる。
にたにたと人の悪い顔をしながら頷いた。
いや、あ、え?
もう一度アンリの方を見てみる。
きゅっと俺の服の袖を掴んだ。
めちゃめちゃ目で合図してきてる。
曰く、『ちょっと一人になりたい』とのことだ。
え、それはそれでどうしろと?
とりあえずカルフの方を見てみる。
「そもそも他の未婚の男とは言葉を交わさず、一人の男の側に立つというのはシュトライトでは『この相手と婚約している』という意味だ」
「はぁ!? いやそれこそまさかだろ! 単に喋る機会がなかっただけだって!」
カルフは一体何を言っているのか。
ってか前は貴族の目があったし、相手は王族、ってか皇族だろ?
それにアンリの身分は奴隷だ。
単に話すってのが無礼だってことで喋らなかっただけなんじゃないのか?
「身分の上の者から声を掛けられれば、如何に奴隷であろうと返答程度は許されるものだ。その時その娘がどう返したか覚えていないか?」
あ、そうなんだ。
えーっとあの時は確か、黙ってお辞儀してたっけ?
あ……え、マジなのか?
いや待て、その前のセキサ公爵、だっけ? アイツぶちのめす前にちょっとだけ喋った……って、あの位置関係と声量じゃ俺以外に聞こえる訳ないよな…………。
まあ、カルフは普通に唇読んで受け答えしてたっぽいけど。
「つまりはそういうことだろう。身分の差がある以上婚約という訳ではなかろうが、少なくともお前に気があるということ程度はあの場にいた全ての貴族が気付いている」
どうしようか。
アンリじゃないが、俺もちょっと一人にして欲しくなってきた。
「うひぃっ!? あ、アンリ、どうした?」
急にわき腹を突かれて変な声が出てしまった。
見れば、アンリが手招きしている。
耳貸せってことか?
とりあえずアンリの方に耳を向けて少し屈む。
「何にやついてるのよ!」
「っ! い、いや別ににやついてなんかないぞ」
アンリの囁きと吐息が耳にかかってまた変な声が出そうになった。
アンリは睨みつける目を更に険しくして俺の耳を摘んだ。
「ちょ、待て待て、別に痛くはないけど落ち着け」
魔力の量が圧倒的に違いすぎるせいで特に苦痛は感じないものの、これ、公衆の面前でやることじゃないだろとアンリを落ち着かせようと試みる。
「見せ付けてくれる。それで、本当に爵位は要らぬと言うのか?」
あー、えー、どうしよう?
考えあぐねていると、また耳元でアンリが囁いた。
「どうでも良いから早く話終わらせてよ!」
「っぅ!! お、おう」
不意に耳に受けた吐息で出そうになった声を何とか飲み込んで返事をした。
今のは危なかった。
いやマジで。
「とりあえず、爵位は要らん。ネイシア家がセキサに陥れられただけだってのを広めてくれればそれで良い。……つっても、それじゃ褒美として軽すぎるとか言い出しそうだよな」
「その通りだな」
とりあえず、溜息を一つ。
アンリも、どうやら本当にシュトライト皇国に未練はないようだ。
というか、なんとか折り合いをつけたってのが正しいっぽいか?
あ、そういえば一つだけ懐かしそうにしてたものがあったっけか。
「じゃあさ、毎月海産物と特産品でも贈ってくれよ。一年間くらいで良いや」
その後は直接買いに来たら良いしな。
「お前の家が存続する限り続けても構わんぞ。それだけの功績は残している。その他に欲しい物はないか?」
他、他か。
これは、言ったらくれるようなもんなのか?
まあ、言うだけタダってやつだろう。
「それなら通信用の魔道具が欲しいな。カルフともそうだが、メルカーナの王都の方にも知り合いがいるし連絡手段があると助かる」
「良かろう、幾つ必要だ?」
おや、良いらしい。
しかも複数台くれるらしい。
それも二つ返事で。
正直メルカーナ王にも話せば普通にくれるような気はするけどそれはそれ、その時は思いつかなかったんだから仕方ない。
「なら予備を含めて十台くらいもらえると助かるかな」
「すぐに手配させよう。聞いたな? 最高級の紡がれる輪円を十台用意せよ」
「かしこまりました」
へぇ、あの魔道具、リイン・カーネルって名前なんだ。
まあ、名前なんてのはどうでも良いか。
「最高級ねぇ。いくらくらいするものなんだ?」
「正確な値は知らぬが、白金貨十枚といったところではないか?」
「……それ、十台って紅金貨一枚分くらいってことか? そこまで働いた記憶ねーんだけど」
「紅金貨を直接渡すなら百枚とくれてやっても良い功績だ」
あー、うん、何か俺が知ってるのと違う価値の基準があるんだろうな。
ああ、今回取り壊すことになった家でそれ以上の裏金が見つかったとかそういう話かもしれん。
「十枚やそこらでも持て余してるんだぞ……そんなにあって何に使うんだよ」
タイラント討伐で手に入れた紅金貨二百四十枚と少しは、まだ十枚と減ってない。
いやマジで、そこに百枚上乗せだとかそれこそ一生使いきれる気がしなくなってくる。
「ふむ……紅金貨百枚となれば、一つ分の領地を開墾できるかどうかというところか」
「ああ、要するに俺には一生縁がないってことは理解できたわ」
と言っても、今回俺が建てようとしてる牧場ってのはまともに作ればどれくらいの金が必要だったのかねぇ。
多分だけど、紅金貨五枚分くらいは必要だったんじゃなかろうか。
本来なら必要だっただろう防衛戦力と工夫の人件費、食費だとか考えれば多分この前買った奴隷の総額より値が張りそうだ。
いやほんと、優秀な奴隷を安く手に入れられたもんだ。
「話はこれで終いか。タクト、この後昼食でもどうだ?」
「あー、良いね。どうせしばらく休憩しねーと帰れねーし、ご馳走になるわ」
特に何も考えずにカルフの誘いに乗った。
話も終わったし、この後は特に気を張る必要もないだろう。
後はだらだらと魔力の回復を待って、ミゼルに帰るだけだ。
◇ ◇ ◇
「兄様、これは?」
なんだかやたらとゴスゴスしたロリっ娘に指差された。
コレって俺らのことか?
今度黒のマニキュアとか贈るぞコラ。
「ああ、ソフィ。紹介しよう、この男が『メルカーナの英雄』、タクト・アマリだ。この娘はネイシアの娘、アンリと言ったか?」
ん、なんかカルフの声が普通のデカさなんだけど、なんだこれ。
いつもの声量はどうした。
ってか心なしか喋り方も丸くなっているように思う。
なんだこれ、気持ち悪いぞ!
まあ、そんなことはどうでもいいか。
「紹介に預かった『天つ風』の天利拓斗だ。こっちは……俺の付き人をやってるアンリ。よろしくな」
流石に年端も行かない感じの令嬢に奴隷だ、という紹介はできなかった。
というか、実際奴隷と言ってもアンリにも牧場の連中にもそれらしい扱いなんてのはしたことがない、と思う。
多分、普通の使用人だとかそういう感覚の方が近いんじゃないだろうか。
そういう意味では、付き人って言葉もあながち間違っちゃいないと思う。
閑話休題。
俺の声に反応した、みたいな感じで一瞬視線を寄越したそのロリっ娘は、そのままふいと食卓の方に向き直った。
ちょっと感じ悪くない?
ねえ、教育とか大丈夫なの?
「彼女はソフィリア・ソプラ・ソラ=シュトライトと言う。俺の妹だ。すまんなタクト、彼女は少し気難しいのだ」
やっぱりカルフの様子がおかしい。
まさかシスコ……いや、みなまで言うまい。
とりあえずなかったことにして飯を食いに行こう。
「ああ、そういえば俺テーブルマナーだとかそういうのには疎いんだが大丈夫か?」
「構わん。内々の食事だ。それに、昼は俺とソフィしか食わん。気にすることもあるまい」
ああそう。
って、あの子も一緒に食うわけか。
それは、大丈夫なんだろうか?
まあ、カルフも気にするなって言ってるし大丈夫だろう。
「そうか。まあ、行くか」
そんなこんなで、とりあえず昼飯を頂くことにする。
……した、んだが。
あのソフィリアって子、今明らかにおかしなことをしたように見える。
あれは……どう見ても薬を盛っただろう。
しかも、なんというか妙な偽装付きで。
既にテーブルに配置されていた前菜っぽいマリネ的な料理に。
カルフは気付かずテーブルに向かう。
お前、弛緩しすぎだろどうしたんだ?
そんなことを思いながらも、とりあえずカルフに指し示された席に着く。
ソフィリアが薬を盛ったのは、カルフの席の料理だった。
一応、誰も気付かないように魔力を伸ばしてその薬を解析してみる。
……睡眠薬?
それもかなり強烈なヤツだ。
多分、タイラント辺りなら普通に寝るんじゃないかってレベルのやつ。
どう頑張っても俺だとかドラゴンだとかのあたりになると効果はないだろうけど。
どういうつもりだ、とソフィリアの方に目を向ける。
最初、見られて機嫌が悪そうにしてたソフィリアはどうやら俺の目に宿っているだろう疑心に気付いたらしく、歳相応な仕草で目を瞬かせた。
そして、その目を興味の色に染めて俺の方を注視してくる。
「御飲み物は如何なさいますか?」
「エールで。アンリは白ワインで良いか?」
俺の言葉にコクコクと頷くアンリ。
ああ、なんというか最後まで喋る気ないって話か?
カルフに座るように言われても俺の方チラチラ見てたしな。
まあ、それは良いか。
そんなことよりソフィリアとカルフである。
カルフは上機嫌にブランデーを頼み、ソフィリアは果実水を頼んだ。
やばい、上機嫌なカルフって字面がもう気持ち悪い。
なんだこれ。
いや、それよりもカルフの皿に盛られた薬のことだ。
下手人はソフィリア。
これ、言わないとまずいんだろうけど普通に言ってもまずい気がする。
どうしたもんか。
そうこう考えている内に全員分の飲み物が出揃った。
カルフが口を開く。
とりあえずカルフが前菜に手を付ける前に結論を出さなければならない。
「此度の騒動、一通りの決着は付いたと見て良いだろう。手間を掛けさせたな。普段食す物と変わらぬ華やかさに欠ける料理ではあるが、楽しんで行ってくれ」
ざっくりと手短な挨拶。
カルフが軽くグラスを掲げたのを見て、俺もそれに習う。
って、ソフィリアが我関せずとでも言いたそうに前菜に手を伸ばした。
ああ、だから乾杯だとかそういうのは言わなかった訳か?
どうでも良いか。
とりあえずエールを呷る。
……なんだろう、やたらとフルーティな感じがする。
普段飲むエールより苦味だとかキレだとかは数段落ちるが、これはどっちかって言うと女性受けしそうなエールだな。
なんて考えていると、カルフがグラスを置いた。
慌てて俺もグラスを置く。
「カルフちょっとま……った」
遅かった。
一口。
たったの一口である。
それも、まだ嚥下もしていない一口でカルフの身体が傾いた。
いやお前それ、俺が調べた時の薬より確実に強くなってんだろ!?
思わずソフィリアの方へと目を向ける。
「兄様、うるさいから」
俺の視線に気付いたソフィリアは上品な仕草で口元を拭い、答えた。
確かに普段のカルフはうるさいくらいに声量があるが……今はそこまででもなくないか?
思いつつ周囲に目を向ける。
……苦笑い。
またか、みたいな空気が流れていた。
これ、日常茶飯事なんですかねぇ……?
ってかカルフ、毎度お馴染みみたいな感じで薬盛られてんのにあれだけ無警戒ってのもどういうことだよ。
「そ、そうか」
いろいろと言いたいことはあるものの、それだけを搾り出すのが精一杯だった。
なんだこの家。
ってか、この皇族。
俺が知ってる皇族と違う。
「薬を入れたのに気付いたのに、止めなかったのはなんで?」
ソフィリアも何か言いたいことがあるらしい。
とりあえず、答えながら俺が言いたいこともまとめておこう。
「ん? ああ、何盛ったのか調べたら睡眠薬だったしな。そこまで大事にはならんだろうが、正直どう止めたもんか考えてた」
下手に止めてたらそれこそ大事になってたと思うし。
「調べた? どうやって?」
「毒見役とかがやってるだろ? 魔力で解析したんだよ」
そんな俺の言葉にソフィリアが口を尖らせる。
「この薬、毒見役に気付かれたことない」
「……ああ、そういや、ソフィリア、だっけ? いろいろ偽装してたもんなぁ」
確かにあれは、それなりに鍛えた前衛か斥候系の専門職じゃないと見破れない類の偽装だった。
そういう意味では後衛職、というか後方支援役だろう毒見役にそんなもん見破れってのが無茶って話だろう。
で、自慢の偽装を見破られていたってのを知ったソフィリアは目を見開いている訳だ。
「アレくらいじゃ『風来剣翁』だとか『虚影毒刃』には隠せないだろうな」
当然と言えば当然だ。
前衛と斥候の世界最高峰にその程度が見破れないはずはない。
はずは、ないんだけども。
「つか、俺が調べた時より明らかに薬が強くなってんだけどそれはどうやったんだよ」
そう、それなのだ。
俺が調べた結果通りなら恐らく食事中にゆっくりと効果が出てきて、メインが出てくるかどうか、という頃に耐え切れずに意識が落ちる程度の即効性の薬品のはずだ。
それが、一口口に含んだだけで意識がなくなるってのはどういうことなんだよ。
「秘密」
ソフィリアは俺の疑問に不敵な笑みを浮かべながら答えた。
……まあ、自分の手の内をわざわざ明かすなんてことは普通しないか。
俺の場合引き出しが多すぎて、しかもこれからもまだまだ増えそうだから対処なんてしようがないだろって意味で教えてる部分もある。
「そうかい」
とりあえず、ヘルシェルの技能と知識を全部当たってみる。
……それらしいものはない。
そりゃそうか、即効性の睡眠薬の即効性を強化するだとか……ん?
ちょっと待てよ、もしかして薬効の部分的な強化、とかか?
アッシュの知識を探ってみる。
……うん、あるにはある。
複数の薬物を使って相乗効果を生み出すやり方、それと、魔力を使って薬効の指向性を任意に強化する方法。
…………って、ことは、あの偽装に使ってた魔力は偽装のためだけの魔力じゃなかったってことか?
そっちの魔力は調べてなかったな……。
どうせ偽装のための魔力だろって高括ってたし。
完全に出し抜かれた訳だ。
多分、ルーミィと同じくらいの子供に。
「っくく! お前、やるなぁ!」
思わず吹き出してしまうくらいに綺麗にしてやられた。
ああ、完敗だわこりゃ。
そもそも十やそこらで、並みの斥候職を遥かに上回る手管と一流の薬師に並ぶ技能を持ってるだとか思わないっての。
突然笑い出した俺に、ソフィリアは目を丸くする。
次いで、ソフィリアもにやりと笑った。
「まだまだこんなものじゃない」
「っぷは、ははは! そうかい!」
ソフィリアの言葉に遂に耐え切れずに笑い出してしまった。
うん、確かにしばらくしたらこんなもんじゃなくなるだろうな。
もしかすると、それこそアッシュだとかヘルシェルだとかに部分的にではあるが並べるくらいにはなるかもしれん。
もう本当に、素直に認めるしかないだろうこの才覚は。
なんと言っても、確実に見破るだろうカルフの目を盗んでことを運ぶなんて抜け目ないことまでやってのけてるんだから。
あれだけ気が抜けていたとしても、間違いなくカルフは超一流の前衛だ。
それに、歳も倍くらいは離れてるだろう。
そんな相手をまんまと手玉に取った訳だ。
笑わずにはいられない。
いや、笑うしかないってやつか。
これは、シュトライトって国を敵に回すってのはできれば考えない方が良さそうだ、なんてある意味当然なことにことここに至ってはじめて気付いたんだから。
甘く見てたつもりはなんだけどな。
まさか、俺の中の連中に並べそうなヤツが二人もいるとは思わなかったよ。
「ふぅ。うん、乾杯でもしとくか。この素晴らしい出会いに、なんてな」
「うん。乾杯」
……一応、俺とアンリの食事に薬を盛られてないかは常に見ておくことにしようか。
目と、魔力での解析で。
考えすぎだとは思うけど、油断してると俺でも見逃すかもしれないくらいにコイツはヤバいヤツだ。
とてもそうとは見えない可愛らしくも上品な仕草で果実水を飲む少女を見ながらそんなことを考える。
「名前、なんだっけ?」
グラスを置いたソフィリアがそんなことを聞いてきた。
「……聞いてなかったのかよ。まあ、良いけど。俺は天利拓斗。メルカーナでしがない冒険者なんてのをやってる」
「冗談でしょ。『メルカーナの英雄』、『竜殺し』なんて二つ名持っておいてそれ? しがない冒険者が牧場なんて考えないわよ」
今まで黙っていたアンリから突っ込みが入った。
完全に油断してたわ。
今日は喋らない日じゃなかったのか?
ああ、カルフが意識失ってるから喋るの解禁したって話か?
今までの俺とソフィリアの会話じゃ入る隙がなかっただけか。
「牧場?」
「ああ、『プル牧場』を作ってるところだ。月が下弦になる頃には完成する予定だな」
あと十五日程度でできる計算である。
本当かどうかは知らんが。
ただまあ、ケディにしてもユミエルにしてもめちゃめちゃ自信満々だったし多分本当にできるんだろう。
知らんが。
「『プル』……できたら見に行って良い?」
「あー、外出て良いかどうかは知らんが、来れそうなら好きに来れば良いだろ」
別に俺が止める理由なんてのは一つも……ああ、二つあるか。
つってもそれは俺が側で見てりゃ良いって話になるだろう。
余計な薬とか使わせないようにするのと、魔物だとかと出くわさないようにするってのの二つ。
魔物より本人の方が危険だって感じる辺り、十歳そこらの女の子に感じる印象じゃねぇなぁ、なんてことを考えながら慎重に解析した料理を口に運んだ。




