幕間 その女、性悪につき
ああ、また退屈になった。
そんなことばかり考えていた頃の自分を思い出して、込み上がる笑みを殺すのに苦心する。
法則、概念、理、そういったものを増やしに増やして作り上げた一つ目の世界。
誰も彼もが挙って好き勝手に手を加えて収拾が付かなくなったあの世界を作るのは、本当に楽しかった。
それでも、楽しい時間というのはいつか終わってしまう。終わらせなければいけない。
あのまま続けても、いつかは飽きて全てを台無しにしてしまうだろうから。
この私がそう確信するのだ、それが間違うはずはない。私はそういう神なのだから。
そして、あの世界への手出しに制限を付けることにした。少なくとも、何かを付け加えることができないようにした。
そうなると次はどうするのか。皆考えることは同じだ。
あの世界を元に、自分の世界を作ってしまえばいい。
そうして作った世界は、けれど私の退屈を紛らわせてはくれなかった。
当然だ。一人で作る以上、自分の想定外のことなど起きるはずがない。
全てが予定調和。予測に対して少しも私の予想を超えることのない世界。
それを見て、酷く虚しくなってしまった。
つまらない。
倦みだけが時間と共に大きくなっていくのを感じた。
あるのは緩やかな絶望。失望と言った方が正しいだろうけれど、それは紛れもなく絶望の形をしていた。
そして目を向ける。
私の作った世界とはまるで違う、元にしたその世界へ。
同じ物理法則で成り立っているはずなのに、その先が全く読めないその世界へ。
いっそ、私のこの世界を壊してずっとあの世界を眺めていようか。比喩でもなんでもなく、本気でそんなことを考えながら。
ふと悪戯心が生まれるのを感じる。
現在あの世界で一番変化の激しい星、その地上に君臨するのは恐竜という生物。これを根絶やしにしてみればどうだろう?
他の神々からは、まず間違いなく非難されるだろう。けれど、今私たちが掲げている制限でそれを止めることはできない。
言ってみれば、ルールの穴なのだ。どうせ、私がやらなくとも他の誰かがやるだろう。
なら、私がやって何が悪いのか。
ただ、あの世界に生まれた生物という存在を根絶やしにするのは面白くない。それだけは避けよう。
そうして選んだ手段は、気候の急激な変化だった。方法は隕石である。
しかしこの方法では、私の世界が爬虫類だらけになってしまう。そんなことを考えながら、丁度良い大きさの隕石を地上に向けて放つ。
結果として見れば、暇潰しとしては大成功だったと言えるだろう。
大質量により蹂躙される生物たち、そして訪れる氷河期と、その中を必死に生き残ろうとする彼らを愛おしく思った神々も多いに違いない。
でもなければ、未だにその過去の様子を覗き見るあの神々の姿はないのだから。
しかし、予想通りと言うべきか私は多数の非難を受け、ああいった大規模な変革や生物の乱獲は承認を要することになった。
その裏側の思考をあえて読むのであれば、あんな面白そうなことに自分が噛んでいないのが悔しいという者が大多数だろう。
私もあの世界を作るのに意欲的に参加していたのだから、その思いが分からないはずがなかった。同時に、多くの神々があの映像から多大なインスピレーションを得たことだろうということも。
やることができた。
私の一存で奪った多数の命を私の世界へと放つ作業だ。
ただ、そのまま放つというのも芸がない。ここは一つ、彼らの要求を飲みながら世に放つことにしようと思う。
氷河期に突入した星の様子を眺めながら、恐竜たちの言葉に耳を傾ける。
空を飛ぶものを捕食するために翼が欲しい、凍えないように体を温められるようになりたい、捕食されないように強くなりたい、長く生きたい。
様々な要求を一つの形で纏め上げていく。
しかし、問題が発生した。
あの世界の物理法則を元にする限り、どうしても空を飛ぶ、体を温めるということができないのだ。
重量や熱効率に無理が出る。
その無理を道理に変えるために、私の世界に新しいエネルギーを付け加えることにした。
元の世界と違う法則、それは私の世界にどんな変化をもたらすだろう? その未来に胸を躍らせながら、たまにはらしくないこともしてみるものだと機嫌を良くする。
そうして、私の世界に魔力とドラゴンが生まれた。
楽しみができた。
魔力とドラゴン、それらを作った私はそれはもう味を占めた。
飽きを感じたら、死んだ者から次の生の望みを聞くようになった。
ただし、私の世界では絶対強者になってしまったドラゴンがその要望の中心になってしまっている現実があるのだが。
まあ、そこは仕方がないだろう。
おかげで水棲生物、洞穴生物、植物の新たな種が数多く誕生することになった。
同時にドラゴンとしての生を求める者が多く、頭を抱えることになる。
食料、種の数、寿命、あまりにドラゴンが多くなりすぎては問題しか起こらない。
苦肉の策として、全ての種にドラゴンを倒せるようになる可能性を持たせることにした。
当然そんな者が生まれることなどほとんどないような条件で、ではあるのだが。
種の誕生とその観察がひと段落した頃、私が隕石を落とした星では新たな覇者が生まれていた。
哺乳類である。
その中でも、人という種は素晴らしい。本能では伝えきれない知識を、言葉で残し始めたのだ。
他の動物のように一つの群れで完結するそれではなく、群れから群れへとその知識を波及させ、纏め、高めていく。
あまつさえ、その言葉を文字として残して知識の劣化を防ぐ手段まで取りはじめているではないか。
震えた。
そう、歓喜という感情を初めて抱いた。
それまで私たち神以外に使うことのできなかった文字を、拙くも人という生物は活用し始めているのだ。
その生物の誕生に、気付けば世界を作ることに腐心していた神の全てが熱中していることに気付く。
誰からともなく、その全ての神々は集った。
あの生物は素晴らしい。
だが、まだ数が少なすぎる。現時点での確保は下作だ。
幸い、彼らには文字に発展するまでの言語がある。
増えるための知識を授けよう。
そう結論が出る。反論などあるはずもなかった。
そして、その場の誰もがこう思っただろうと確信できる。『早くあの生物を自分の世界にも作ろう』と。
私が作った概念が原因で死んだ人は、とりあえずそのまま私の世界へと放り込んだ。
そして、人を作る。
手っ取り早く増える人を作った。結果は無残なもので、ゴブリンやオークという種が誕生した。
私の世界で死んだ人に次の生での望みを聞いた。結果はてんでばらばらで、一つの種ではまかないきれないものだった。
水の中で生きたいというもの、木の声を聞きたいというもの、強い肉体が欲しいというもの、強い魔力が欲しいというもの、その程度ならば理解できる。
だが、弱い肉体や短い生、生き物を殺さず腹を満たすことができる肉体に、植物のように静かに過ごすことができる生と、その意図や嗜好が理解できないものたちもいた。
結局はそれぞれを特徴とした別種を個々に創造することになってしまった。
創る度に多様化していく人という種に没頭する。
人創りもひと段落したとき、あの星では人が物語りを作り始めていた。
他の神が自分の世界の様子を見せたりしたのだろうと理解する。
これだけ多種多様な人々が暮らす私の世界を見た時、あの星の人は一体何を思うだろう?
思うが早いか早速そのイメージをあの星の人へと飛ばす。
夢や、閃き、果ては聞き間違いや誤解まで使って親和性の高そうな作家へと私の世界の人のことを教えていく。
結果的に、私の世界と親和性の高い人を探し出すという副産物を得た。もちろん、私の世界やそれに似た世界の人を題材にした物語という娯楽を生み出すことに成功した成果に添えて。
ファンタジーと銘打たれた作品群が市民権を得るにつれ、私の世界へと生まれ変わることになった人々の反応は二分されていった。
一つは期待、もう一つは恐怖である。
前者は熾烈な生涯を、後者は穏やかな生活を求めるものが多い。
その頃から生まれ変わる者に接触することが徐々に減っていった。
彼らはどちらも、概ねしようとすることが同じなのだ。
そのおかげで、これは、と思うような者にだけ接触するようになっていく。
終いには、自分の手で殺した者以外に会うことがほとんどなくなる程に。
「ふふ、ふふふふふ」
そんなことを考えていると、思わず口から笑いが漏れた。
止められない。尤も止めるつもりもないのだけれど。
ふらふらと覚束無い足取りで扉を出て行った彼とのやり取りは、これ以上ないくらいに思い通りになった。
彼はどれくらい踊ってくれるだろう?
私がわざわざ接触する人物など、もはや二種類しかいないのだ。
深い知識を持つ者、予測不能な無軌道さのある者、この二つだ。
前者は文化や技術の発展を期待して、後者は私自身の娯楽として。
言うまでもないが、彼は後者である。
臆病な癖に、妙なところで思い切りを発揮する。
好奇心を以って、蜂の巣を直視せずにつつくような性分。
見たくない部分を盲目的に無視しながら興味や欲求を優先する感性。
その癖に、どこかで一線を引いて飛び込むに飛び込めない臆病さ。
更には、飛び込みが不十分な胆力のなさ。
理解の埒外な程に強い引力を持ちながら、ずれた着眼点が引き起こす空回りで生まれる異常に強い斥力を持っているような矛盾。
引力、という言葉に例えはない。
実際に彼を殺した隕石を投げた時、あの星に届きさえすれば彼を殺すだろうという確信があった。
彼はそんな引きを持っているのだ。
そして斥力は、その周囲にどう影響するのか。それが読めなかった。
と言っても、今回は私の勝ちだ。
彼の悪友、あの子は彼にとってのストッパーでしかない。
あの子は、私の世界に今は要らない。
そう、今は――。
「よろしかったので?」
一人悦に入る私に、珍しくマスターの方から話しかけてきた。
何が、とは聞かない。その答えは一つしかないのだから。
あの規模、世界最強と呼べる程度の加護を彼に、タクトに与えてしまって良かったのかと聞きたかったのだろう。
だからこそ、私は逆に問い返す。
「貴方こそ」
マスターは磨いていたグラスをグラスラックへと吊るす。
答えるつもりはないのだろう。何故、彼に酒など飲ませたのか。
「マスター、ワン・モア・フォー・ザ・ロードを」
「かしこまりました」
マスターは酒の神だ。
そこに嘘はないが、嘘がないだけでしかない。
出会い、語らい、その程度ならまだ良い。けれど、それだけでもない。
マスターは酒を媒体にして加護を与える。
何のつもりで彼に加護を与えたのか、その真意を読み解こうとするのは無粋というものだろう。
だからこそ、問いには酒で答える。
ブランデー、カルーア、牛乳、それにいつの間にか取り分けられた卵白、それがシェイカーに注がれる。
氷を入れて、いつものように手馴れた様子でシェイカーを振るマスターに目をやりながら、思う。
よろしくない訳がない。
彼に期待しているのは、波紋だ。
世界が停滞して淀まないように。
退屈だけは、ダメなのだ。
倦みは神すら殺してしまう。
目覚めることのない眠りへ、深い無意識の海の底へと私を引きずり込むだろうと確信できてしまう。
だからこそ、混乱でも何でも良いから退屈にならないように手を尽くす。
そして、彼はただの投石ではない。
勝手に動き、踊り、流され、その波が消える前にはまた動き出すだろう。
なら、その力を大きくしてやれば良い。それこそ、世界で一番大きくとも困ることなど一つもない。
それでより強く引き付け、より強く空回りしてくれるなら問題になるはずがない。
「お待たせしました」
もし、別の人生があったなら。
酷い皮肉だと理解している。
私が抱いている悪意、それを自覚していない訳がない。その私から送る二つ目の人生に、このカクテルのようなまろやかさなんてあるはずはないのだから。




