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台風上陸

『ケーキとぼくのキス、どっちがすき?』

なんてアイドルの声もかき消す轟音が窓の外から聞こえてくるけど、誰も居ない私の周囲はそれと反対に静まり返っていた、そんな夜のオフィス。予想された台風の進路は突然大きく進路を変え、人々の予定を大きく変えることになった。

「お疲れーっす……って、横山まだ居んのかよ。もう帰れねえんじゃねえの?」

 そこへバケツの水を被ったのかと言いたくなる位に濡れ鼠となった同期がやって来る。高瀬よ、床が濡れるからそこでストップだ。

「てかあんたこそ今頃何しに来たの」

「いや、俺は出先で嵌っちって帰れるかわかんなかったから、もうここで泊まることにしてた。課長に許可もらったし。んで、お前は」

「うちは夕方には電車が止まったんで会社待機の係りやることにした。ついでに仕事」

 ちなみに私の使っている路線は雨にも負けて風にも負けて雪にも負ける、すぐ不通になる路線ということで有名である。ちっとも誇れないが。

「でさ、悪いけどその濡れた服と髪なんとかして。てかこっち来んな」

 少しも悪いと思ってないのが丸出しの上、邪険にする私の様子にも全く気にしない。というかあいつと私の会話はいつもこんなもんだ。キャッキャドキドキのオフィスラブからはかけ離れてる、つまり男女として終わってる。

「えー。んじゃ悪いけど、この鍵でそこのロッカー開けて服とってくんね?」

 ほいっという掛け声と共に鍵を投げて寄越した。受け止め損ねて鍵が机に転がると、鈍くせえと悪態をつかれる。投げ返してやろうか、失礼な。でも濡れたら面倒なことになるから我慢しないと。くぅ。

 自分の席から営業一課の陣地へ移動して高瀬のロッカーを開ける。背広一式……はいらないよね。ズボンだけでいいのかな。

「高瀬ー、どれ出せばいいの」

「とりあえず喪服の下だけありゃいいや。コンビニで色々買ってきたし」

 そう言って高瀬はみっちり詰まったコンビニの袋を掲げる。私はズボンを取り出して、かかっていた空のハンガーも一本手に取った。

「お、ハンガーとか気が利く、流石流石。ついでに給湯室まで一緒に来てくんない?」

 高瀬のほんっと助かるわーなんて白々しい科白を聞きながら、人気の無い会社の中を二人歩いていく。給湯室のドアクローザに濡れた上着をかけたハンガーを引っ掛けると、高瀬はヤンキー座りになってコンビニの袋をガサゴソと漁った。中から買ったものが出るわ出るわ、ワイシャツ、シャツ、靴下、スリッパ、タオル、もいっちょタオル、(これは見たくなかった)男性用下着、旅行用シャンプーセット……ん、シャンプーぅぅう?

「あんた、まさか」

「ん、ここのお湯で頭洗うわ。もうぐっしょぐしょで気持ち悪いし」

 そう言うが早いか、高瀬はワイシャツの釦を外し始めた。無駄に行動が早いな。ワイシャツを脱いで中に着ているシャツも脱いで靴と靴下もぽいぽいっと脱ぐと、流しのお湯を出して頭を洗っていく。ベルトに手をかけたら速攻グーで殴ってやると構えていたが、どうやら杞憂に終わったようだ。手早く洗い終えて、買ってきたタオルでグワシグワシと豪快に頭を拭いていく。粗方吹き終わると今度はそのタオルを濯いで体を拭き始めた。思わずボーっとその様子を眺めてしまっていたが、高瀬が上半身を拭きながらこっちをチラリと見ると嫌らしく笑った。

「なに、俺の裸そんなに見たいって?」

 仕方ねえなあ、と今度こそ本当にズボンを脱ごうとしたので、慌ててドアの後ろに身を寄せる。何だよーなんて声とガサゴソしてる音と気配。ヤバイ。ヤバイヤバイ。なんかヤバイ、気がする。今まで見たこと無い箇所を目撃してしまった。ワイシャツの袖なんかめくってもせいぜい肘までだから、上半身とはいえいつもは見えない個人的な部分っぽいところ、そんなところを目にしてしまった。二の腕が意外と太かったこととか、綺麗に浮き上がった鎖骨とか、筋肉に薄っすらと乗った脂肪が描くなめらかなフォルムなんかが頭をグルグルグルグル回って思わずぎゅうっとぎゅうううっと振り絞る――手に持ってたズボンを。違う意味でヤバイ! 急いで、しかし静かにズボンを上下に伸ばしてみた。多分大丈夫、ばれない……だろう(希望的観測)。焦ったおかげで頭のピンクモードが幸いにも吹っ飛んでいった。

「横山ー、ズボンちょーだい」

 高瀬の手がドアの向こうでひらひらと振られている。押し付けるように渡してから少しして、ペタペタとスリッパの音をさせて半袖シャツとズボン姿の高瀬が姿を出した。

「あー、マジ感謝。サンキュー横山愛してる」

「安っ」

 立て板に水の流れる感謝に思わず突っ込んでしまう。ていうか全然感謝の気持ちが見えませんよ、オニイサン。

「腹減ったなあ。そういやお前はメシ食ったん?」

「んーん。買い置きしてたカップ麺食べようかと思ってたところ」

「なら一緒に食おうぜ。お前の食う分くらい余裕で分けれる量あるぞ」

 高瀬はもう一つあったコンビニの袋から弁当を2つ出し、給湯室に置いてある電子レンジに入れて温め始めた。それにしてもえらい量買ってきたな、とまだまだ食料が入って膨らんでいる袋の中を何とはなしに見てみる。と、チラっと黒と金色をした何かが視界を掠めた。

「――――っ!!」

 こ、これはっ、もしかして噂の初恋ショコラ! うっそ、初めて実物をこの目で見た! ……ってあれ、この辺に初恋ショコラの売ってるコンビニチェーンあったっけ。

「おーい、何呆けてんだよ。さっさと食おうぜ」

 温め終わったらしく、高瀬が私の頭をつんつんと突っつく。男の力は指でも侮りがたし、地味に痛い。秘孔を突かれてる気分だ。はっと現実に戻り、高瀬と一緒に休憩室へ足を向ける。何のお弁当だろう、好きなものだといいな。ていうか私がいなかったら2つとも食べるつもりだったんだろうか。太るぞ。



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