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第六話

茶会から一週間がたった。


 帰宅後、いつもどおり夫の書斎に茶を持っていく。私はこのタイミングを狙って、実家に帰ることを言い出すつもりであった。私から夫に、願いを口にすることが普段ほとんど無い為、心蔵はどきどきし、緊張から手にはうっすら汗をかいていた。


 「失礼します。」


私は書斎に入った。夫は仕事関連の書類なのか、紙の束に目を通していた。私は茶を置くと、夫に話しかける。


 「あの・・・アルベール様・・・」

 

 「何だ?」


夫は書類から目を離さず、答えた。私は小さく深呼吸し、意を決して話し出す。


 「この間、母から手紙で、少し調子が悪いと書いてありまして・・・。茶会も終わったことですし、実家の母の様子を見に行きたいのですが・・・」


 「義母上が?どうしたんだ?」


 「多分、たいしたことはないと思うのですが・・・。でも、しばらく帰っていませんし・・・心配なので・・・」


 「・・・」


 「お願いです。日帰りで、必ずその日のうちに帰りますから・・・。朝早く行って、夜は多少遅くなるかもしれませんが、なるべく早く帰りますので・・・」


夫はここで初めて、私に視線を向けた。


 「わかった。いいだろう。・・・俺は仕事があるから同行できん。義父上と義母上に、よろしく伝えてくれ。」


私はあっさり許可が出たことに多少拍子抜けした。しかし、夫の気が変わらないうちに、急いで返答する。


 「はい。わかりました。ありがとうございます。」

私はうれしくなって、明日の朝早く家を出ることを伝え、部屋を出ようとした。すると、夫が私を呼び止める。


 「オリエ。」


 「はい?・・・・えっ・・・?」


 普通に返事をして、気が付く。夫は、結婚して初めて、私の名前を呼んだのだ。結婚してから今日まで、いつもはお前、とか、これ、とか、まともに名前を呼んでくれたことは、皆無である。どうしたのだろう、と振り向こうとするより早く、夫の長い腕が後ろから私の腰に絡みつき、引き寄せられた。


 夫の息遣いが首筋に触れ、心臓が跳ね上がる。びくりとした私を面白がっているのか、髪をまとめているため、無防備にむきだしになったうなじに、彼は唇を押し付けた。そして、少し乾燥した夫の薄い唇が、肌に触れるか触れないかというくらいのかすかな触れ方で、上から下にうなじを撫でるようになぞってくる。熱い息をうなじに感じるたびに、私の鼓動は加速し、ぞくぞくとした感覚が私を襲った。最後に彼は、熱い舌でうなじを舐め上げ、耳元で私に問いかけた。


 「お前・・・誰かから何か、もらわなかったか?」


 「・・・・何を・・・」


 「何かもらわなかったかと・・・聞いている。答えろ。」


夫は再度私に問いかけると、首筋に顔をうずめた。小さな痛みをうなじに感じる。夫が首筋に吸い付いているのだ。私は恥ずかしくて身をよじりながら必死に答えた。


 「・・・や・・・やめてください・・・お茶なら、もらいました・・・」


 「茶だけか?・・・誰からだ?」


夫は、唇をうなじに押し付けたまま会話する。彼の唇の動きをうなじで感じてしまい、私から発したとは思えない、小さな声を上げてしまう。


 「・・・女性・・・あっ・・・バルバラ・・・ディーツ・・・という方からです・・・」


 「バルバラ・・・」


 すると夫は目を細め、唇を離した。そして腰に回していた腕を離し、やっと私を解放してくれた。私は慌てて彼から離れ、首筋を押さえる。顔は真っ赤になって、血が上っているのがわかった。なぜ、彼はこんなことを聞くのだろうか?バルバラとも、なにか関係があるのだろうか?しかも、こんなことを・・・茶会の最中のキスといい、今といい、彼は最近、新手の嫌がらせを私にしているように思えてならない。男性経験の無い私にとっては、たちの悪いやり方だとも思う。

 夫はそれっきり私に背を向け、ソファに腰を下ろし、また書類に目を通し始めた。そして、首筋をおさえたまま突っ立っている私に言った。


 「なんだ、物足りないのか?残念ながら俺は忙しい。気が向いたら、また触れてやる。」

 

 「な・・・なんでこんな・・・」


 さすがに、私も夫の勝手な言い分に抗議しようとした。しかし、夫はこちらを振り向きもせず、興味を失ったかのような態度に私は悔しくなって、書斎を飛び出した。


 

 オリエが逃げるように書斎を去った後、アルベールは溜息をついて、書類から目を離した。窓からみえる景色を遠目に眺め、舌打ちをしてつぶやく。

 


 「バルバラ・・・」



 次の日の朝早く、実家への差し入れをもって私は家を出た。馬車は手配してあったため、すでに玄関前に待機していた。私はすぐにそれに乗り込み、出発した。あれから、夫とは顔を合わせていない。今日は、夫より私の方が早く家を出るので、彼には書置きを残し、朝食を用意しておいた。


 実家は、エダルの中心部より郊外にある。周囲には田園風景が広がる、のどかな場所だ。田舎と言ってもいいかもしれない。今の家からは、馬車で3時間は揺られないとたどりつかないので、日帰りなら、朝早くに家を出ないといけなかった。

 

 私は、車中で久しぶりの実家への帰省に、胸を躍らせていた。実家に帰ったら、両親と話したいことがたくさんある。今回は、急な帰省で少々驚かせるかもしれないが、両親は喜んでくれるに違いない。それから、結婚前に交流の合った人達、そして実家の生業としていた縫製工場が近くにあるため、そこの従業員たちとも私は面識があり、仲も良かったので、そこの従業員など・・・久しぶりに会って、話をしたい人もたくさんいる。結婚して実家を離れそんなに月日がたっていないのに、もう何年も、皆と会っていない気がしていた。彼らを、とても懐かしく思う。私は軽い興奮状態だったのか、あれこれ楽しい想像をしているうちに、いつの間にか外の風景は変わっていた。見慣れた田園風景が広がる。実家に帰ってきたのだった。


 懐かしい我が家。決して大きくは無いが、こじんまりとして居心地のいい家だ。なじみの使用人が毎日きちんと隅々まで掃除し、こまめに手入れをしているためだろう。私は、勝手知ったる我が家へ足を踏み入れた。


 「ただいま帰りました。」


 すると、すぐに恰幅の良い中年女性が出てきた。家に残る、たった一人の乳母兼メイドであるリンだ。彼女は驚いた顔で私を見つめていたが、すぐに抱きつかんばかりの勢いで、私の前までやってきた。

 

 「オ・・・オリエ様!!」

 

 「リン、久しぶりね・・・元気だった?驚かせてごめんなさい。」


そう言って、私からリンに抱きつく。リンにはそのように、幼いころから、いつも甘えていた。抱きつくと彼女からはパンの匂いがするのだが、やっぱりこの時も、パンのいい香りがして、実家に帰ってきたのだな、と感じさせてくれたのだった。

 

 「まあまあまあ・・・・!!もう、びっくりですよ。一言言ってくださったら、準備して、お待ちしていましたのに・・・お嬢様こそ、少しお痩せになられたのでは?クレイトン卿は、優しくしてくださいますか??ああ、それよりも旦那様たちをお呼びしないと!!」


リンはひし、と私を抱きしめて、次々と言葉を並べていたが、思い出したように、大声で奥にいるであろう両親へ呼びかける。私はそのリンの慌てぶりに、こっそり苦笑いした。

 

 「だ、旦那様、奥様!!お嬢様が、オリエ様が、お帰りになりましたよ!!」


リンの大声に、何事か、と出てきた両親は、私の姿を玄関先で認め、驚いて駆け寄ってくる。私は笑顔で両親に抱きついた。


 「久しぶりね、お父様、お母様!」

 

 「オリエ・・・?ああ、どうしたの、急に?!久しぶりじゃないの!!」

 

 「お帰り。オリエ。」


父母は少々面くらいながらも、すぐに笑顔で抱きしめてくれた。


 「体調は?お母様、具合がよくなかったって・・・」


母は少しやつれたようにも見えたが、朗らかに笑った。


 「ただの風邪よ。薬飲んで休んだらよくなったわ。・・・心配させたわねえ。さ、早く荷物を預けてこちらに来なさい。疲れたでしょう?リン、お茶の準備をして頂戴。」

 

 「はい、奥様。」


リンは、私から上着とバスケットを受け取って、食堂へ入っていった。父母と共に奥の居間に入る。いつもの一人がけ椅子に父、その横の長椅子に母と私が座る。私達家族が一緒にすごす時の定位置だ。しばらくすると、リンがワゴンにお茶と、ほかほかの焼きたてパン、取れたてのみずみずしい木苺を乗せて入ってきた。リンがパンを切り分け、お茶を注いでくれる。両親達に促されるまま、パンを一口齧った。温かい、小麦の香ばしい香りが、口いっぱいに広がる。お茶を一口含みほっと一息ついた。やはり、生まれ育った実家で、両親や気の置けない者と接すると、心底安心する。リンは、差し入れの入ったバスケットを置いて行き、気を利かせてすぐに退室した。私達は、食事をしながら、互いの近況報告や、その他様々な事を話した。両親は、今回突然、私が実家に戻ったことを、特に心配しているようだった。結婚生活がうまくいってないのではないか、と考えたようである。私は今現在、いろいろとつらいことはあるが、詳細は両親には伏せておくことにした。これ以上、両親に心労をかけたくはない。私は、夫からの伝言を伝え、見舞いがてら帰省したのだということを強調する。両親は、安心して胸をなでおろしたようであった。

 私は、そういえば、と昨日の茶会でもらったお茶をバスケットから取り出し、母に渡す。


 「これ、少しだけど、お母様に飲んでもらおうと思って。なんでも、珍しいお茶みたいなの。」


母はうれしそうに受け取った。

 

 「まあ、そうなの。あら、いい香りね・・・どことなく、甘くて、気分もふんわりするみたい。でも、あなたは飲んだの?珍しくていいお茶なら、あなたも飲みたくはない?今、淹れてあげるから、一緒に楽しみましょう。」

 

 「お腹いっぱいだから、今はいいわ・・・。たくさんお茶も戴いたし。それは、お母様へのプレゼントよ。」

 

 「そう?ありがとう。それじゃ、後でゆっくりいただくわね。あなた、一緒に飲みましょうよ。」


そう話を振る母に、父は苦笑して答える。


 「お前、私が、香りの強い茶はだめなのを知っているだろう?」


 「あら、あなたったら。香りの強いお酒は好んで飲んでらっしゃるのに、お茶といえば、普通の紅茶しかお好きでないんですものね。」


 「あのなあ・・・」


他愛のない話は尽きることなく、こうして、久しぶりの楽しい団欒の時間は、あっという間に過ぎていく。

 私は時計を見た。まだまだ実家に居たいところであるが、まだ寄っていきたい場所や、会いたい人もいる。ここで、これ以上長居をすると、帰りが予定より大幅に遅くなる。そして、このまま・・・帰りたくなくなってしまうだろう。そして、次いつ来れるかもわからないので、できることなら、今の内に会える人には会っておきたい。父母にはそう伝え、重い腰を上げた。

 

 「また来るわ。私、早めに戻らないと。・・・そうだ、」


と、私は家の外まで送ってくれる父母に、振り返って言った。


 「ドレス、ありがとう。」


それを聞いた父母は、なんともいえない、複雑そうな顔をしていた。父は私に向かってぽつり、とつぶやいた。


 「・・・オリエ、本当にすまない。つらい思いを、しているんではないかと・・・私にもっと才覚があれば。」


母も、横から心配そうに付け加える。


 「本当につらかったら、いつでも、戻ってきて。私達の名前を、理由に出してもいいわ。あなたは耐えてしまうのだろうから・・・心が壊れないように・・・無理はしないで。お願いだから。」


私はこれを聞いて、胸を突かれるような気持ちであった。そして、精一杯、虚勢を張ってこう答える。


 「・・・大丈夫よ。クレイトン家の援助のおかげで、家計が助かっているならありがたいことよね。私も、アルベール様に優しくしていただいてるのよ・・・。」

 

 自分で言った言葉は、少々白々しくあたりに響いた。しかし、今、両親にしてあげられる私の最大の親孝行は、二人にこれ以上心配事を増やさないようにし、自分が幸せであるということを演じることである。

 私は泣きそうになるのをぐっとこらえた。そして、父母と抱き合う。そうして、私は思い切り笑顔で実家を後にした。両親に、泣き顔なんて絶対見せてはいけない、そう心の中で何度も唱えながら。



 両親は、馬車が見えなくなるまで、ずっと家の外で見送ってくれていた。両親の姿がみえなくなった途端、心の中の誓いはどこへやら、意志の弱い私の目には、涙が浮かんだ。これからまた人に会うのに、泣き腫らした目で会うわけにもいかない。私は唇をかんで、必死で嗚咽をこらえた。

なぜ、こんなに悲しいのだろう。寂しいのだろう・・・。会おうと思えば、会えない距離ではないのに。いろいろあって、精神的に不安定になっている為かもしれないのだが。


 馬車をしばらく走らせていると、ある小さな集落が見えて来た。村の中心には、赤茶けたツタの絡まる、古いレンガ造りの建物があり、それが実家の経営していた縫製工場である。縫製工場は、現在閉鎖しており、村もさびれているが、人の行き来は馬車内からも見て取れる。やがて、馬車は村の一角で止まった。

 

 私は、両手で頬を軽く押さえ、深呼吸して気持ちを切り替えるよう努めながら、馬車を降りた。

その村は小さい村であるが、腕利きのお針子がおり、そこの縫製工場が細々と可動していた頃は、それなりに潤っていたものだ。私も縫い物は好きだったので、時折手伝いに行ったりしていた。お針子達は、私と近い年齢の少女達が多く、仲も良かった。どちらかといえば、貴族の娘達より彼女達と過ごした時間の方が長いはずである。


 現在、縫製工場は閉鎖している。父が業績不振で、クレイトン家、正確にはアルベールに経営権を譲ったからだ。アルベールは自分の経営している会社に、父から買った縫製技術を取り入れ、利益を生み出し、父に一部を融通していた。父は自分でも言っていたが、経営の才は無かった。だから、ここで働いていた従業員の生活ことを考えると、夫に助けを求めるのも、いた仕方のない決断だったのかもしれない。父は払えるだけの金を従業員に支払い、泣く泣く自主退職を促していた。雇用の斡旋をしてやりたかったが、父には使える人脈は、貴族社会からは成金呼ばわりされ、排斥されがちな為、皆無に等しかった。あの頃働いていた者達、友人達は、どうしただろう・・・。


 私は、閉鎖された工場の扉の前に立った。入り口は鍵がかかり、さびついている。壁にもびっしり、ツタが絡まっている。ここで結婚する前は、娘達の明るい笑い声や糸のつむぐ音が聞こえ、にぎやかでのんびりした田舎町ならではの時間が流れていた。私も、よく暇が出来てはここに娘達とのおしゃべりに来ていたものだ。今は周囲に人影もなく、あたりは静まり返っている。冷たい風が頬を撫でていった。


 「あの・・・?もしかして・・・オリエ様??」


 物思いに沈んでいると、背後から声をかけられた。振りむくと、茶色の髪をまとめ、大きなお腹を抱えた女性がいる。私は、彼女に見覚えがあった。仲の良かった友人の一人、ミリーである。


 「ミリー!!」


 「やっぱり!さっき珍しく、村の入り口に馬車が止まっていたから、誰だろう?って思っていたのだけれど。お久しぶりですね。いつこちらには帰っていらしたんです?結婚されたんですよね?」


 私は懐かしくて、彼女のそばに駆け寄り、そっと抱きしめた。彼女達には結婚した時、彼女達に挨拶もできないまま、あわただしく実家を出たのだ。その時のことを謝り、今朝実家に帰省したことを告げた。彼女は笑顔で手を振りつつ、言った。


 「とんでもない、責めてなんかいませんよ。ただ、最後挨拶も出来なかったし、おめでとうございます、とも言えなかったのが、心残りだったんですよ。・・・そうだ、こんなところではなんですから、ちょっと寄っていかれませんか?汚いところで申し訳ないんですけど、昔の仲間も何人か、近くに所帯構えているんですよ。呼んで来ますから、ね?」


私は、昔の仲間にも会うつもりでいたので、素直に彼女の好意に甘えることにした。そして、ミリーと共に、彼女の家へ向かった。彼女の家は、工場からそう遠くない場所にあった。木造の小さな一軒屋に、農夫の夫と共に住んでいるそうだ。現在お腹の子供は七ヶ月であるという。私の結婚後、彼女も妊娠三ヶ月と判明し、現在の夫と一緒になったそうである。

 

 彼女は私にお茶を出し、近所にいるという昔のお針子仲間達に声をかけに出て行った。しばらくすると、2人の見覚えのある娘達が、ミリーに連れられて現れた。ジェシーとオルガだ。彼女たちとも、私は仲が良かったのだ。私は二人とも再会の喜びを分かち合った。二人も今は結婚しているが、子供はいないという。


 ミリーは二人にもお茶を出し、皆でテーブルについて、久しぶりのおしゃべりに花を咲かせた。こんなに楽しいのは、結婚後初めてである。そして話題は、近況報告から、仲間達のことに移っていった。お針子仲間の半分は、ミリーたちのように結婚し、中には子供がいる者もいるそうだ。残りは、エダル中心部へ出稼ぎ、あるいは引越していった者もいるそうである。皆、それぞれの人生を歩いているようだ。それから、話の中心は主に、彼女達の自分の夫についての不満やら、愚痴になっていった。そこで、当然私にも興味が向けられる。しかし、そこで聞いた言葉は、意外なものだった。


 「そういえば、オリエ様は名門のお家の奥様なんですよねー。」


とオルガが頬杖をついてうらやましそうに言うと、ミリーが肘で彼女のわき腹をつつく。

 

 「失礼でしょ!」

 

 「いいのよ。」と、私は笑った。


本当のことは話せないので、あいまいに笑ってかわしておく。

 

 「いいなー。かっこよくて、大貴族で、そんな旦那様なら、私なんでもしちゃう。オリエ様、大事にされてんですねー。」


するとジェシーが、こう言った。


 「私、用事があってオリエ様の所へ行ったとき、びっくりしましたもの。あの大貴族のお一人が、わざわざ、こちらにいらしてるなんて。」


 私には、その話が初耳だった。彼と結婚前に会ったのは、クレイトン家のあるエダル中心部がほとんどで、彼は結婚後も、私の知る限り、この実家の周辺には来た事がないはずだ。どういうことだろう?私の疑念を他所に、三人は話を続ける。


 「リンさんの話だと、オリエ様をわざわざ欲しいと、お忍びで、こちらに来ていたらしいものね。」


 「馬を走らせてお一人で・・・なんて、素敵よね。」


 「リンさんも、内密にねって言う割には、すぐ話しちゃうんだもの。おしゃべりだから。」


あの夫が、わざわざ私を欲しいと?結婚後から冷たくなったり、公然と愛人と仲むつまじくしていたり、そんな行為に悩まされてきた私には、にわかには信じ難い話だ。


 「オリエ様、とても愛されているのですね。本当にうらやましいわ。」


私は戸惑いながらも答えた。

 

 「さあ・・・私のどこがよかったのかしらね・・・。」

 

 「でも、危なかった工場を助けてくれて、結果的に従業員の私達にも、働き口を用意してくれたり、なんだか誤解してました。貴族様だから、下っ端はどうでもいい、って感じなのかと思っていたから。クレイトン様は親切な方ですね。そんな方だから、オリエ様を見初めたんですよ。」


 「そうですよ。オリエ様は自信をもっと持つべきです。」


私から見る夫は、傲慢で鼻持ちならない貴族特有の側面を多く感じてしまうが、他人の素直な物の見方には純粋に驚いた。あの夫は、本当にそこまで考えていたのだろうか。ただ、私もそこまで夫が手を回しているとは知らなかった。工場を買収し、こちらに援助するだけだと思っていたからだ。


 その後も話は尽きることなかった。取り留めのない話が続き、気が付くと帰宅の時間が迫っている。私は三人に暇を告げ、席を立った。馬車の待たせてある、村の入り口まで、3人は見送ってくれた。三人と再会を約束し、私は馬車に乗り込んだ。そうして、三人が見えなくなるまで手を振って、村を後にしたのだった。


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