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第二話

 夫が夜分遅く帰宅した。私は自室のすみにあるソファで本を読んで、夫の帰宅を待っていた。いくら冷たい夫でも夫には変わりなく、妻として迎えるのが私の習慣になっていたからだ。夫はいつものように玄関先に出てきた私を一瞥し、通りすぎようとした。が、今夜はめずらしいことに途中で立ち止まり、肩越しに私を見てこう告げた。


 「おい、明後日宮廷で夜会が開かれる。お前も来るんだ。いいな。」


 結婚してからはじめての夜会だ。でも、なぜ私を連れて行く気になったのだろうか?怪訝な表情をしていた私に彼は「王と王妃が、お前を見たいそうだ。いいか、余計なことはするな。俺の面目はつぶしてくれるなよ。」と言って、今度こそ本当に自室へ入っていった。


 夜会はほとんど出席したことはない。私は、成金で貴族世界に無理矢理入ったあるまじき下品な一族の人間として評されていた。もちろん両親もである。伝統ある、保守的貴族社会には受け入れてもらえなかったのだ。だから、公の集会に招待もされなければ、されても一種の陰湿な娯楽の対象にすぎず、苦痛な時間だけが流れていた。また、父が事業に失敗してからは没落した貴族として蔑まれていたため、余計に華やかな世界とは縁がなくなった。家計は火の車で、成金上がりの両親は金の工面に必死であり、残った私も生計のたしにと、こっそり町へ働きにいったり、賃金が払えず、昔からいる乳母以外のメイドも執事も、皆解雇していたため家事を切り盛りしたりしていた。


 王家の人々が私を見たいのは、気まぐれと興味本位に過ぎず、友好的な感じは一切ないのだろうと思う。実は私とアルベールは結婚しているが、結婚式は挙げていない。この国の法律で定められている、結婚証書を役所に提出し、その後王家の民事担当官に報告をする、という形式的な手続きしかしていないのだ。たぶん、普段から他人に妻である私のことを知られたくないアルベールは、王と王妃に直接それを報告したのだろう。彼は王や王妃に謁見できるほどの地位におり、それだけ近しいはずだから。まあ、彼は宮廷でも有名人だし、それはなんら不思議はない。彼の報告で、王と王妃は彼の伴侶を知りたくなっただけであろう。


 そこまで考えて、私ははっとした。夜会に着ていく服がないのだ。私の家のものは、ほとんどが競売にかけられ、売れるものはほとんどを売りにだしていた。ドレス類もその一つである。私は夫の元に嫁いでくるとき、普段着と外出するときの上質であるが、型が古く地味なドレスを数着しか持ってきていなかった(というか、もってこれなかったのだが)。王家の夜会にふさわしい、豪奢なドレスなど一着もない。私は途方に暮れて思案した。夫にドレスを買ってくださいなどとは、口が裂けても言えない。彼に言ったところで、渋い顔をして辛辣な事を言われて終わりであろう。彼は、私が話しかけようとすると不機嫌になるからだ。彼の機嫌を損ねるのは得策ではない。私は溜息をついた。仕方ない、外出用のドレスの中でも、なるべく新しそうなものを着ていくしかなさそうだった。





 その頃、アルベールは仕事を終え、いつもの場所で妻以外の女と床を共にしていた。いや正確には、投資の状況などを説明するのに女から呼び出され、流れのままに、といったところだろうか?

仕事の話は、ベッドの上でもできるものだ。

あれは結婚前から冴えない女だった、と、ふとアルベールは情事後のけだるい頭で考えていた。

舞踏会でも、集会でも。壁の花どころか存在感さえ薄い。ついでに言うと、特徴はなく、とりたてて頭脳明晰でもなく、むしろ外見は平凡以下であると思う。それなのに政略結婚といえども、なぜ、よりによってあの女なのか。彼には王族ゆかりの姫から、貴族の令嬢などよりどりみどりだったのに。


 「アル、もう。ぼんやりしてどうしたの?」


二本目の煙草に火を灯した所で、情事の相手である女が、裸の胸を押し付けるようにすりよってきた。仕事先の仮面舞踏会に出席したときにたまたま一曲相手しただけだが、彼女から迫ってきて始まった関係。彼女はとある有名貴族の令嬢であった。彼は仕事と体だけなら、と条件をつけて一夜を共にした。


それからというもの、ほぼ毎週末、王宮の仕事を終えてから、彼女が馬車で迎えに来ることが多くなった。彼女をうまく利用し、多額の金を経営する会社に投資させている身としては、いい金づるである。金儲けでき、彼女の豊満な肉体も楽しむことが出来る。だが、彼にとっては、それだけではない。彼女自身を色々な面で知る為の、いい機会だったのだ。彼女は令嬢らしくしとやかで、美しい肢体を持ち、さらに処女だった。彼がここまで教え込んだようなものだ。しかし、同時に彼女は世間知らずの娘でもあった。完全にのぼせ上がっているのだ。だから、うまいことをいえばすぐになびいてきた。


 「なんでもない。」


 彼は煙草を灰皿に押し付け、彼女をだしぬけにベッドへ組み敷いた。


 「あっ・・・またなの?もう・・・・。」


 しかし、最近、どんなに彼女や他の女を抱いていても、ぬぐいきれない光景とそれに伴うある感情。恐らくその感情は、最近のものではないことは、自分でも理解していた。出会った頃から、いや、当人が預かり知らぬ所で、彼が目にした時から心に巣食う不可解な感情・・・。彼は何故か、この感情に名前をつけず、また認めたくもなく、放置していた。この感情を認めれば、自分自身が許せないような気がしていた。男のつまらないプライドなのだろうか?

だが、事あるごとに脳裏に浮かぶのは、埃っぽいあの角部屋の、セピア色の光景。そしてーーーーー。

 彼はその不可解な気持ちを振り切るために、彼女を明け方まで何度も抱いた。



 


 夜会前日の午後、私は町へ買い物に出かけた。今日の夕食の材料を買おうといつもの食材店へよった帰り道、私はふと立ち止まった。服飾店の窓越しに、レースの美しいドレスが飾ってある。女性なら一度は着てみたい、と思わせる上質な布地に、清楚なスタイルのドレスであった。


 しばらくドレスに見入っていたが、ふとわれに返り、窓に映る自分の顔を見つめた。どこにでもある平凡な顔、ブラウンの瞳に髪、貧弱な身体。そして同時に夫の言葉も思い出す。

 『女のできそこない』

 夫が言いたいことはわかる。容姿だけでなく、とくに雰囲気、内面的なものも揶揄しているのであろう。私は人見知りで、辛気臭いと男性から言われることも多くあった。だから、なるべく社交的でいようと、明るくなろうと努力した。しかし、かえってその反動で周りを気にするあまり、臆病さに拍車がかかったのも事実である。

 

 私は溜息をついた。だめだ、どちらにしろ私には似合わない。それから金銭的にも余裕はない。そのドレスをはじめ、ショーウィンドーの商品はみな素敵だったが、自分の懐でまかなえる金額ではなかった。名残惜しかったが、しかたなくその場を離れ家路へと急いだ。


 家につくと、食材入りのバスケットをテーブルにおいた。外は乾燥していたため、喉がかわいたので、茶の準備をする。湯を沸かす間、しばらく戸棚の整理をしていると、玄関のベルが鳴った。誰だろうと、ドアをあけると、配達員が大きめの箱を抱えて立っている。

 「おとどけものです。サインを。」

伝票にサインすると、私は箱を受け取った。表面の送り主をみると、私の実家からだ。箱をあけると、薄いブルーのイブニングドレスがはいっているではないか・・・。添えられた手紙をよむと、母の字でこう書かれていた。


 『愛する娘へ

 

 元気でやっていますか?あなたがそちらへいってから、もう何年もたったような気がして寂しく思います。体には気をつけるのよ。それから、今度王宮夜会があると思いますが、私たちにも招待状が届きました。もちろん、あなたとアルベール殿も招待されていると思います。出席するのでしょう?でも、着ていくドレスがないだろうと思って、これを贈ります。私たちはいつでも、あなたのことをおもっていますよ。』


 私はその手紙を読んで、ちょっと涙ぐんだ。今回父母は不参加だとも書かれていたが、どうやら両親のところへも、王族から夜会への招待状が届いたらしい。多分、興味対象の一族の顔もみたいと思ったからだろう。父母は、夫が王宮で仕事をしているのを知っている為、当然、妻の私も夜会に招待され、出席するだろうと考えたようだ。そして、着ていくドレスに困っているのにも思い至ったらしい。私があまりドレスを多くは持参していないことや、夫との仲をうすうすは知っているのもあって贈ってくれたに違いない。両親に心配をかけたくないため、何も言わないようにしているのだが・・・。


 父母の好意をありがたく思いつつ、ドレスを広げた。薄いブルーの、派手さはないが品のいい型でドレープがさらさらと波打っており、夜会にも着ていけそうなドレスだった。着てみると、サイズもぴったり合っている。しばらく姿見をみつめていたが、私はふと心配になった。このドレス、かなりいい値段なのでは・・・両親もお金がないのを知っているので、家のことが心配になる。そして、その夜すぐ両親へのお礼と、近況報告の手紙をしたためたのだった。


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